第8話 クレイドルの冒険者ギルド
しばらくして落ち着いたアルルは、矢継ぎ早に質問を浴びせてきた。
別人の少女の格好をしているのは何故なのか、どうして聖女の力が使えるのか、どういう経緯でここに来たのか、そして、最後に何故生まれ変わった事を真っ先に知らせてくれなかったのか。
「そう一度に聞かれると困るんだけど、要するに私は魔杖職人ポール・ローレンスの娘アメリア・ローレンスとして、新しく生まれ変わったのよ」
そう言って、これまでの経緯をアルルに話して聞かせた。
「ふーん、聖女のあんたが魔杖職人だなんて不毛な努力をしていたのね」
魔法使いの杖は魔力がなければ話にならない。しかし聖女が聖女たる所以は神力百パーセントの混じり気なしの法力だ。それにより通常の人間の法術が一としたら百の力に匹敵する効果を発揮する代わりに魔力はゼロ。そんな私が魔法使いの杖を作ろうなど、土台無理な話だった。
「そうして埋もれていれば、創造神様に願った通りの人生を送れたはずだったんだけどね。こうして記憶を取り戻したら聖女の力も戻ってしまって、試しに聖杖を作ったらバカ売れして、ギルドに匿われないと誘拐されかねないところまで来てしまったわけよ」
私は精霊樹の聖杖を取り出してアルルに差し出すと肩をすくめてみせた。
「どおりでエルフの森に侵入して精霊樹を伐採しようとする輩が後を立たないと思ったら、あんたのせいだったのね。まったく、エルフの里の幻惑結界の強化に駆り出されて大変だったんだから」
「そんなことしていたの。それじゃあ冒険者が聖杖の材料を調達するのは絶望的ね。私、ギルドに詰める必要あるのかしら」
東国の神木という手もあるけど遠く離れ過ぎているし、普通の木を使って作ることはお父様に禁止されている。多分、今以上に騒ぎになってしまうのだろう。
「少しなら市場に出回っているから、たまには出番があるだろう」
「そんなに需要があるものなの? 魔王を封印したら魔物の活動はおさまったはずじゃない」
私の言葉にオービスとアルルは互いに顔を見合わせると、意を決したように言う。
「ここだけの話だが、魔王軍の四天王が復活した可能性がある」
「復活って、チリも残さず消滅させたじゃない」
「新たな四天王か、あるいはあんたみたいに転生したかもしれない。どちらにせよ、魔王の封印を解こうと動くはず」
折角、平穏無事な人生を望んだのに、魔王が復活してしまったらそんなことも言えなくなる。そのためには、潰すしかないわね。その四天王とやらを!
「でも、新たな勇者は出てきてないんでしょう?」
「何を言っているの、まだクリフは現役じゃない」
「オービスはギルマスをして楽隠居しているのに頑張るわねぇ。若手とパーティでも組んでいるのかしら」
そう言って口に人差し指を当てて考えを巡らせている私に、二人は呆れたように言う。
「あいつが、お前以外を回復役に据えるわけないだろ。俺らとヴィードが抜けた後はソロで活動している」
「ええ! それじゃあいつ死んでもおかしくないじゃない! いえ、クリフなら大丈夫なのかな?」
魔王が封印されているなら魔物も以前の半分の力しか出せないはず。腕が鈍っていないのならクリフの敵ではないだろう。そう一人で納得した私だったが、アルルは首を傾げて心底不思議そうな表情をして疑問を漏らす。
「聖杖職人なんてしてないで、あんたがついてやればいいじゃない。あいつが知ったら泣いて喜ぶわよ」
ついでにくっ付けと、相変わらず無茶振りをするアルルに私は念押しをする。
「あのねぇ、私はもうミリアじゃないのよ。十二歳のアメリアなの。こんな小さななりで、くっつきようがないでしょ。本当はあなたたちにも名乗り出る気はなかったんだから、クリフには黙っておいてよね」
「あきれた、本当に黙っている気なの? 大丈夫よ、こんな私だって、オットーを受け止められたんだから」
そう言ってケラケラと笑うアルルに母は強しを感じながら、私はかつて創造神様の天啓により見出した貴族の御坊ちゃまだった十四歳の少年の面影を思い出す。十七歳の全盛期の私の杖術にボコボコにされながら剣術を学んだ少年は、わずか二年で見違えるほどに成長し、見事に魔王を封印する最後の一太刀を加えた。
もう、あの頃のように戦わずとも問題ない身分のはずなのに、未だにソロで活動しているとはどういうことなのか。その時の私は知る由もなかった。
◇
クレイドルの冒険者ギルドにやってきた私は、建物の中をキョロキョロと見回しながらオービスとアルルの二人に連れられる形で職員が待機する部屋にやってきた。
「今日から冒険者ギルドで聖杖職人として働くことになったアメリア・ローレンスだ。まだ幼いが腕は確かだ。困っていたら助けてやってくれ」
そう言ってオービスが私の方を見て顎で挨拶を促す。
「ご紹介に与りましたアメリア・ローレンスです。よろしくお願いします」
そう言ってペコリと頭を下げる私に、ギルド職員は一様に困惑の表情を浮かべた。そのうちの一人、受付嬢の服装をしたお姉さんが遠慮がちに手をあげる。
「なんだ、ベッキー。言いたいことがあるなら言え」
「あの、聖杖とはなんですか?」
「それは実演した方が早いな。アメリア、頼んだ」
私は精霊樹の聖杖を持たずにホーリー・ライトを唱え、次に持った状態で同じ法術を見せて明るさや光球の大きさの違い、それから消費する神力量を説明するとベッキーさんは驚きの声を上げた。
「すごいじゃないですか! その聖杖があれば、十回ヒールを唱えられるプリーストは八十回も回復魔法を使えることになりますよ!」
そんな夢のような聖杖の出現に半信半疑の職員たちだったが、噂を聞いていた職員もいたらしく職員の間で情報共有がはかられると、騒ついていた室内は次第に落ち着きを取り戻していく。
「精霊樹や神木が材料に必要なんだが、もうカストロール王国の国内では買い付けできない状態でな。これからは、冒険者が持ち込みに対してアメリアが加工を請け負う形で供給することになったので、フリークエストの張り紙や値段設定など、各々検討するように。解散!」
その後、ギルドマスターの執務室に連れられた私はアルルと共にソファに座る。そこで私はふと思いついたことを口にする。
「言い忘れていたけど、魔木や普通の木を使っても聖杖は作れるわよ。ただ、増幅率は二、三倍程度しか出ないし、お父様からは止められていたわ」
そう言って私はエルダートレントのような魔木でも、神力で魔素を完全に除去する処理をすれば聖杖として機能させることができることを話して聞かせた。
「それはお前の親父さんが正しいな。そんなことが知れたら今日にでも教会行きだ」
「なんでよ。低い効果しか出ないんだから、むしろ目立たないはずじゃない」
しかし横で聞いていたアルルは、空中で魔法を使って沸かしたお湯で紅茶を淹れつつ呆れた声でのたまう。
「あんたねぇ。エルダートレントみたいな魔木から魔素を完全に取り除くなんて頭がおかしな芸当は、常人には無理な話よ。魔獣を聖獣に変えている様なものじゃない。四天王の手で魔素に侵された四聖獣を元に戻せたのは、どこぞの聖女ただ一人だったことを忘れたの」
「私からすれば、アルルのその便利な魔法の方がよっぽどおかしいと思うんだけどね。その力があれば魅惑のお菓子がいくらでも作れるのに」
そんな他愛ない会話は、ノックとともに訪れた予期せぬ人物により中断されることになる。
「ギルドマスター、クリフォード様が訪ねて来られましたので、こちらにお連れ致しました」
そうしてギルド職員に続いて現れたのは、精悍な顔立ちした青年…勇者クリフだった。
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