第7話 魔法使いとの再会
次の日の朝、豪華な客室でゆっくりと睡眠を貪った私は顔を洗って着替えた後、昨日マーリンさんに案内された食堂に向かう。久々のベッドで眠気の残る目を擦りながら歩いていると、前方から見覚えのある女の子が歩いてくるのが見えた。
「おはようございます、エリシエールさん」
「…おはよう?」
そのまま通り過ぎようとした私だったけど、何か違和感を感じて振り向く。よく見たらアルルじゃないの、朝から寝ぼけていたわ。まったくエルフというのは本当に歳を取らないのね。留守って聞いていたけど、帰ってきたのかしら。まあ、ここはサラッと流して後でオービスに聞くとしよう。
「あ、申し訳ございません。おはようございます、アルシェール奥様」
そう言ってまずはご飯だと、再度食堂に向かおうとした私の肩をガシィ! と掴む手があった。
「待ちなさい。どうして私の本名を知っているの?」
あれ? 何かおかしなことだったかな。とりあえずオービスに聞いたことにしよう。
「えっと、旦那様から伺いました。ギルドで杖職人として雇われることになったアメリア・ローレンスです。よろしくお願いします」
「オットーが愛称以外で紹介するなんて珍しい。それで? その大量に引き連れた精霊たちはどういうことなの?」
うっ、当たり前だけど聖女の力が戻ったらエルフにはそう見えるわね。でも嫌われているわけではないのだし、ここはすっとぼけてやり過ごそう。
「私には精霊は見えないのでどういうことかさっぱり…」
「ユグドラシルの名を冠する私を前にして、精霊たちがこちらに靡く素振りすら見せないなんて珍しい。そんな真似ができたのは亡くなった聖女だけよ」
「そうなのですか、それは光栄です。またの機会に聖女様のことを伺いたいですね」
それでは失礼しますと、ボロが出ないうちに踵を返す私。アルルはあれで二百歳越えなのだし、目をつけられたらすぐにバレてしまいそうな気がするわ。
◇
足早に去っていく少女を見送るアルルは、拭いきれない違和感に首を傾げていた。エルフの私を見てもまったく珍しがらない上に、エリシエールとそれほど離れていない年齢であの受け答え。どこからどう見てもおかしい。精霊達が付いていなければ魔族が化けているのかと疑うところだ。
もっとも、その精霊すらもおかしい。どこの世界に六属性の大精霊を引き連れて歩く人間がいるというのか。それでいて魔力の気配は皆無と言って差し支えない。そんな条件に当てはまるのは聖女以外にあり得ないが、あの子は洗礼式を終えている年齢だ。聖女が見出されたという話は聞いていないが目の前の事象との整合性が取れない。
「私がいない間に妙な子を連れ込んで。面白くなってきたじゃないの」
そう言ってペロリと唇を舐めるアルルは、獲物を狩る狩人のような目をしていた。
◇
朝食を済ませた私は、オービスと共にクレイドルの冒険者ギルドに向かう馬車の上にいた。
「今朝アルルに会ったんだけど、用事は済んだの?」
「ああ。何やらエルフの里から呼び出しを受けたようで帰郷していたんだ」
「そうなんだ。エリシエールちゃん、喜んでいるでしょうね」
一瞬見間違うほどそっくりな母子を思い浮かべ、その正反対な性格に思わずクスリと笑ってしまう。見た目はアルル、性格は長く接するオービスに影響を受けたというところかしら。
「そうだな。あんな家だし友達も少ない。悪いが相手をしてやってくれ」
「わかったわ。暇な時はお菓子作りでもして遊んでいるわ」
「おいおい、火傷させないでくれよ」
「過保護ね。私が何者か忘れたの?
そんなことを話しているうちに、いつかみた冒険者ギルドの建物が見えてきた。ずいぶんと懐かしく感じるものだ。あれはそう、オービスと初めて会った時のことだ。
「まさか、ここでアルルに絡んできてぶっ飛ばされたオービスがギルドマスターになるなんて思ってもみなかったわ」
「そんな昔のことを今更蒸し返すな。あの頃は若かったんだ」
「そういえばアルルも丸くなっていたわね。私と初めて会ったとき壁ドンして、ちょっとそこの大精霊私に寄越しなさいよ! とか無理難題を吹っ掛けてきた我儘エルフとは思えない、落ち着いた奥様振りだったわ」
「そうだろう! 俺の教育の賜物だな!」
そう言ってアッハッハと互いに腹を抱えて笑う私とオービスの頭上から、聞き覚えのある声が降ってきた。
「黙って聞いていれば、ずいぶん面白そうな話をしてるじゃない」
ピタリと動きを止めた私とオービスが頭上を仰ぐと、魔法使いの杖に腰掛けて空を飛ぶアルルの姿があった。
私とオービスは姿勢を正して前方を向くと、見なかったことにして先ほどの会話を無理やり軌道修正する。
「旦那様の奥方様はとても素晴らしい方で、朝方ご挨拶した時にはとても良くしていただきました。おほほ…」
「オホンッ! …そうだろう。あれは昔から貞淑な妻で、俺には過ぎた嫁だ」
オービスも私の芝居に乗って咳払いをしつつ厳粛な態度をとるが、少々、遅かったようだ。
「なにド下手くそな芝居してんのよ! 喰らいなさい! サンダー・ボルト!」
「ちょっ! セイクリッド・シールド!」
バリバリバリバリッ!
環一発で間に合った聖盾がアルルの電撃をすんでのところで防ぐ。まったく、冗談が通じないところは変わっていないわね。
「アルル、十二歳の子供にサンダー・ボルトはやり過ぎなんじゃない?」
「あんたがサンダー・ボルトの十発や百発でどうこうなるタマですか…ミリア」
そう言って目に涙を溜めたアルルは座席に飛び降りてくると、私に抱きついて嗚咽を漏らすのだった。
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