冒険者ギルドの聖杖職人

第6話 クレイドルの街への旅路

「ところでオービスはもう結婚したの?」

「ああ、今は留守にしているがな」


 辺境の街クレイドルの冒険者ギルドに向けて馬車で移動中に、話すこともない私は仲間の今の状況を聞くことにしたんだけど、なんだか歯切れが悪い。


「留守?ところで誰と結婚したの? 私の知ってる人?」

「…アルルだ」

「はあ!? それって、アルシェール・エスペラント・ラ・ユグドラシルの事であってる?」


 黙って頷くオービスに唖然とする私。喧嘩するほど仲が良いとは言うけれど、毎日のように口喧嘩していた二人がまさかくっつくとは思っていなかった。第一、アルルはあれでエルフ一族の長の娘なのだ。人間と結婚なんて一族内部で相当な反発があったに違いない。


「はあ、長生きはするもんだわ。一度死んでるけど。おめでとう、オービス」

「ははは、ありがとよ。あいつもお前が生きていると知ったらすっ飛んで帰ってくるだろう」

「となるとクリフはどうしたの?」


 勇者であるクリフォード・フォン・ハイデルベルクは、真っ直ぐな気性の美男子だったし、今頃は貴族の当主として幸せに暮らしているに違いない。


「あいつは、今も独り身だ。お前が忘れられなくてな」

「はあ? そんな素振り一度も見せなかったじゃないの」

「嘘だろミリア、あんだけアプローチされて気がついてなかったのかよ!」


 今こそ明かされる衝撃の真実。斥候のヴィードが気を利かせて周囲に敵がいない時は二人きりになるように取り計らっていただの、宿屋に泊まる時も部屋の割り振りに気を遣っただの出るわ出るわ。通りで二人きりになる機会が多いと思った。というか、


「なんでそこまでお膳立てされておいて、なにも手を出してこなかったのよ! ガバッと来なさいよ! ガバッとォ!」


 思わず声を上げてしまった。オービスもそれに関してはまったく同意だと声を張り上げる。


「それはまったくその通りだ。何度、その言葉を俺とアルルとヴィードで言い合ったことか! よく考えてみればクリフの野郎が悪い! あのヘタレ勇者め!」

「まあ、私のことは忘れて貴族のお嬢様と一緒になって欲しいわ。十六歳から十二年経過したと考えると今は二十八歳かしら。魔王を封印した勇者なんだから、まだまだいけるはずよ」

「お前はそれでいいのか? ミリアよ」


 私は両手を広げて小さな体をアピールして困ったような表情をして告げる。


「私は見ての通り普通の街娘、十二歳のアメリアよ。もう金髪碧眼の聖女ミリアじゃないの。悪いけどみんなには黙っておいてくれるかしら」

「…わかったよ、アメリア」


 と、そんなことを言い合っているうちに、前に魔狼の群れが現れた。


「ひぃ、ふぅ、みぃ…十数頭といったところかしら。面倒だから片付けちゃっていい?」

「なんだと? 大丈夫なのかよ、そのなりで」

「まあ、見てなさいって…セイクリッド・フレイム!」


 ボシュウゥ!


 精霊樹の聖杖で八倍に増幅された私の全力のセイクリッド・フレイムにより、前方一体が聖なる炎に包まれたかと思うと、チリも残さず魔狼は消滅していた。魔石まで吹き飛んでしまったのは勿体無い気もするけど、どちらにせよ私には無用の長物だから気にしないわ。


「はい、終わり。行きましょう」

「おいおい、全盛期とまったく遜色ねぇじゃねえか。どうなってんだ」

「どうって…事故で記憶を取り戻したら聖女の力も復活してしまったようなの」


 少なくとも十歳の洗礼式は何事もなく通過しているのだ。それまでは本当になんの力もない街娘だったと、川岸に打ち上げられて記憶を取り戻すまでのこれまでの経緯をオービスに話して聞かせた。


「こりゃあ、気をつけるのは闇ギルドの連中だけじゃねぇな。教会に知られたら一発で聖女認定、下手すりゃ最年少女教皇ハイプリエステス一直線だ」

「やめて。今度はお菓子を作ったり旅行したりと、ささやかな人生を送るつもりよ。そんな堅苦しいものは願い下げだわ」


 とは言うものの、その計画は大きく軌道修正せざるを得ないところまできている。もう聖杖職人としての腕は隠せないから、聖杖を作りつつも平穏無事な生活を送る為にはどうしたらいいか、身の振り方を考えなくてはいけない。

 そうして尽きることのない悩みに頭を抱えながら、一路、クレイドルへ向かうのだった。


 ◇


 西に向かうこと三日間、長い旅を終えた私たちはようやくクレイドルの街に到着した。魔王封印の報奨金に加えてギルドマスターとして比較的裕福な生活を送っているというオービスは、私に自宅の客間をあてがってくれるという。


「そんなに広いの? オービスとアルルの家」

「ああ。笑っちまうほど広いぞ」


 そう言って向かいに見えてくるのは、見間違えでなければ貴族のような広い庭の奥に、大きな邸宅が建っているのが遠目に見える。中庭には噴水があり、薔薇の庭園が両脇に広がると言う、昔のオービスからすれば似合わないことこの上ないお屋敷だった。


「ちょっ! あっはっは! 笑っちゃうわ! あの狂戦士とうたわれたオービスが、薔薇の庭園に噴水って…あっはっは! 笑い殺すつもりなの!」


 そう言ってヒーヒー言いながら笑う私に軽くチョップを加えるオービス。


「笑いすぎだ! 言っとくが、あれは全てアルルの監修だ!」

「そりゃそうでしょうけど、この規模なら執事もメイドもいるんでしょう? 旦那様、お食事が出来ました、とかオービスが呼ばれる姿なんて想像できないわ」


 まあ、でも慣れた。十二年という月日は、彼を落ち着いたナイスミドルに変えるに十分な時間ということなのだろう。


「ふう、ごめんなさい。もう大丈夫よ。オービスは立派な大人になったってわかったわ」

「そうだな。色々とあった…その最たるものがあれだ」


 こちらに向かって駆けてくる女の子は…アルル? いや、そんなわけない。私とほぼ同じか一、二歳ほど年下の女の子だろうか。


「まさか、オービスとアルルの子供?」

「ああ、エリシエールだ」

「そうなんだ。すごいね」


 馬車を止めたオービスがエリシエールちゃんを抱き抱える。


「パパ! お帰りなさい!」

「おお、ただいま。いい子にしていたか? エリシエール!」

「うん! パパ、こっちの女の子はだれ?」

「ああ、こいつはアメリア。ギルド職員だが今日から家に住むことになる。仲良くするんだぞ」


 私はオービスの紹介が終わるのを待って、笑顔を浮かべてエリシエールちゃんに挨拶をする。


「こんにちわ。私はアメリア・ローレンスよ、仲良くしてね」

「私はエリシエール! よろしくね、アメリアちゃん!」


 なんてことかしら。あの口の悪いアルルと乱暴者のオービスの子がここまで礼儀正しく真っ直ぐな性根を持ち合わせているとは。本当に二人の遺伝子を受け継いでいるのかと疑いたくなるけど、アルルそっくりな見た目が雄弁に真実を語ってくる。

 そんなことを考えていると、屋敷からメイドがやってきた。


「これは旦那様、おかえりなさいませ。お嬢様、いきなり走り出してはいけませんよ」

「ごめんなさい、マーリン。パパが帰ってきて嬉しかったの」


 くぅ! オービスがデレデレするのも納得ね。というか、私だって一、二歳しか違わないのだから、傍目から見れば同じくらい可愛いはず…と、思いたい。まあ、そんなことはともかく、挨拶よね。


「こんにちわ、マーリンさん。今日からお世話になります、アメリア・ローレンスです。クレイドルのギルドで聖杖職人として雇われることになりました。どうぞよろしくお願いします」


 私はそう言って軽く会釈をした。


「私はオットー様のお屋敷でメイド長をしておりますマーリンと申します。アメリア様の事は旦那様より伺っています。お部屋までご案内しますので、どうぞこちらにおいでください」


 メイド長がいい人そうで何よりだわ。これなら思ったよりも快適な生活が送れそうね。

 そう思った私だったが、その予想は二日目にして脆くも崩れ去ることになるのとは、この時は予想だにしなかったのである。

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