第5話 かつての仲間との再会
精霊樹を使った聖杖は非常に高い効果を及ぼすことがわかったが、一つだけ致命的な問題があった。
「そんなにたくさん仕入れられませんよ! エルフの森林が消えてなくなります!」
そう、エルフは木を大切にする種族で、必要だからと精霊樹を伐採して回ることなどできないので、仕入れにも数に限りがあるのだ。そんな中で百本分を仕入れたポールは頑張った方だが、いかんせん、クレイドルのプリースト部隊が見せた活躍により、需要が供給を完全に上回ってしまった。
今ではアメリアの聖杖は幻の一品として市場に出たら金貨にして万単位で取引されるものとなり、本人も誘拐されるリスクが高いと自由に外に出られない日々が続いている。
「まさかこんなことになるなんて思わなかったわ」
魔法使いが使う杖が作れない出来損ないから一躍有名人になってしまった私は、市場に行ってお菓子の材料を買うこともできなくなってしまった。
だったら需要を抑えるために、エルダートレントとか普通の木でも良いのではと言ってみたけど、どういうわけかお父様は精霊樹以外の木で聖杖を作らせてくれないし開店休業状態だ。
そんな状況が続いたある日のことだった、クレイドルのギルドマスターのオットーさんが直談判に来たのは。
「お嬢さんをください」
「ふざけんな! 娘はまだ十二歳だぞ!」
のっけから誤解を招く言葉でお父様はキレ気味で対応したけど、よく聞くと材料を冒険者が用立てするので、ギルドで聖杖として加工して用意した冒険者に破格で売ってくれないかという相談だった。
「口下手ですまんな。どうせ開店休業状態なんだろ? ウチなら警備も万全だぜ?」
「そういうことなら考えんでもない。ちょっとイザベラに相談してくるから待ってくれ」
お父様はそう言って客室から出て行く。残された私は紅茶を飲みつつホッと息をつく。
「まったく、人騒がせなギルマスさんだわ。まるでオービスみたい」
思わずそうこぼした私の言葉に、クレイドルのギルドマスターさんは意外そうに反応した。
「なんだ、嬢ちゃん。俺の昔のあだ名を知っていたのか」
「…まさか、オットー・ビスマルク、さん?」
「おうよ! 魔王を封印した勇者パーティの一人、狂戦士オットーとは俺のことだ!」
「嘘でしょ! 口を開けばアルルと喧嘩していたあのオービスがこんな人懐こいおじさんになるなんて!?」
思わず叫んだ私は自分の口を片手で押さえたが流石にヒントが多すぎた。だけど大丈夫、ここから黙っていれば万事問題なしよ!
「アメリアちゃんよ。お前まさか…食いしん坊ミリアか」
「違うでしょ! みんなのアイドル、ミリアちゃんでしょ! …ハッ!」
今度は両手で口を押さえてソッポを向いたがもう遅かった。私は恐る恐るオービスの方を見ると、彼は滂沱の涙を流していた。
「なによ、らしくないわね。調子狂うじゃない」
「だってよ、俺らに最後の神力で回復呪文をかけて自分は死んでいったお前がまさかこんな小さな子供になっているなんて。てか、なんであの時、自分に回復呪文をかけなかったんだよ」
「…死んだあんたらを看取って自分だけ生きていくなんてゴメンよ」
私の回復魔法は自分か他者か、どちらか一方にしかかけられない。魔王が最後の力を振り絞って放った範囲攻撃にパーティが壊滅状態に陥った私は二者択一を迫られ、迷いなく後者を選び、生き残った仲間により魔王は封印された。
あの時の私は、もう仲間が死んでいくのは耐えられなかったのだ。
「別にいいじゃない! 魔王は封印できたし、私はこうして創造神様に転生させてもらったんだから、全員生きてるってことで万々歳でしょう? これからは、普通の女の子として生きていくつもりよ!」
しんみりした空気を払うように、努めて明るく振る舞うことにしたが、オービスは呆れた顔をしてツッコミを入れる。
「普通だぁ? ミリア、いや、アメリアちゃんよ。気がついていないようだから言ってやる。お前さん、そこら中の貴族に目をつけられて大変なことになってるぞ」
オービスによるとルーデンス伯爵の囲いが甘いうちに、さっさと誘拐してしまおうと闇ギルドに金貨十万枚の懸賞金がかけられているらしく、もはや一介の魔杖職人の家で匿っておくことなどできない状況にあるという。
「困ったわね。落ちこぼれ扱いは辛いとちょっとした聖杖を作っただけなのに」
「なにがちょっとしただ。あれが一万本あったら、大陸が統一されちまうわ」
「流石にそんな使い方はして欲しくないわね。辺境の平和を守る名も無き勇者たちを守るために作ったのよ」
魔王がいなくなったら人間同士で争うなど救えない…そう続けようとした私の言葉は、部屋に戻ってきたお父様に遮られることになった。
「オットーさん。正直、うちでは匿えないところまで来てしまっている。実はルーデンス伯爵のところに預けようと考えていたんだが、魔王と戦った貴方なら娘を任せられる。どうか、娘を守って欲しい」
そう言ってお父様はオービスに深々と頭を下げた。対するオービスは生真面目な顔を作ってこう返した。
「任せてくれ、お嬢さんは俺の命に替えても守ってみせる…今度は、俺の番だ」
嫌だわ、オービスは本気でそう思ってる。あの時は、別にあなたの為に回復したんじゃないんだからね。私の気持ちの問題よ。
でもまあ、そうそう命の危険に晒されることもないでしょう。オービス相手なら力を隠す必要もないのだし、オービスとパーティを組んで全盛期と同等の法術で対処できない敵など普通に考えて存在しない。
こうして私はしばらくの間、名目上はクレイドルの冒険者ギルドの聖杖職人として雇われることになった。
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