第4話 精霊樹の聖杖

 あれから数日後、お父様が用意した精霊樹を材料にしてお兄様の前で聖杖を量産していた。


「神力浸透、魔素排除、神力回路形成、固定化…って、嘘みたいに神力の通りが良いわ!」


 エルダートレントへの神力浸透が木を叩いて繊維質にしてから水に浸すようなものだとすると、精霊樹はスポンジに水を含ませるくらい簡単だった。魔素もほとんど含まれていないことから除去も簡単で、神力の通り道として形成した神力回路がとても馴染んだ。

 試しにホーリー・ライトを灯してみると、杖なしと比較して直径にして二倍、体積にして八倍くらいの光球が形成された。この杖でセイクリッド・フレイムを放ったらドラゴンゾンビでも一撃で吹き飛ぶんじゃないかしら。

 ただ、エルダートレントの杖と比較して硬さが足りなかったので、大地母神の祝福を付与して硬度を上げようと提案する。そうすれば殴り杖としても使えるわ!


「いや、聖職者が持つ杖に殴り要素はいらないんじゃないか?」

「お兄様。たとえ攻撃に参加せずとも、攻撃を受けて折れるようでは戦線を維持できません」


 生命線である回復役が狙い打たれて突然八分の一に能力ダウンするようでは、パーティはひどく脆弱になってしまう。だから神器の癒しの杖はオリハルコン製で不壊属性までついていた。大地母神の祝福で防御を極限まで上げた聖女は、勇者という最強の矛を守る最硬の盾となるのだ。


「はい、試作の一本ができました。増幅効果は八倍でブレスで硬度を強化しています。一本は研究用に私が持っておきますね」

「ありがとう、アメリア。これで辺境の魔物討伐もはかどるだろう」

「そんなに大変なんですか? 魔王が封印されて大人しくなったはずでは?」


 魔王がいなければ魔物や魔族は能力半減だし、凶暴性も抑えられているはずだ。


「それはそうなんだが、まだ人材面で回復しきっていないんだ。平たく言えば、かつて魔王が猛威を奮う前より未熟なものが多い」


 そっか。すぐに転生して十二年、かつて子供だった者が大人になってそれほど経過していないと考えれば、鍛え抜かれた騎士や熟練の戦士たちの代わりになれるほど育っていないのね。

 私は目を瞑ってかつて街を魔物たちから命懸けで守った者たちを思い浮かべる。


「街は俺たちに任せて、お前たちは魔王を倒してくれ!」


 数で押してくる魔王軍に対し、街を犠牲にして勇者パーティを魔王の喉元に突きつける方策しか取れなかった。私は結局生きて帰ることはできなかったけど、彼らの奮戦に応えることができたと思いたい。

 そうしてかつての聖女は名も知れぬ街の勇者たちの冥福を祈りながら、彼らが命懸けで守った子孫たちの無事を祈るように、残りの聖杖に大地母神の祝福を付与していくのだった。


 ◇


 アメリアが作った百本の精霊樹の聖杖を辺境の拠点クレイドルのプリーストたちに配布したロナウドは、その破格の性能に問い詰められることになる。


「ロナウドさん、今なんておっしゃいました?」

「ですから、この聖杖は魔法使いの杖と同じく増幅効果があり、法術を八倍ほどに増幅させると言ったんです」


 何を言っているのかと、プリーストたちは一様に呆れる。女神が下賜したとされる癒しの杖ではないのだ。そんな物があれば過去にあれほど苦労はしない。


「まあまあ、物は試し。使ってみようじゃないですか」


 そう言ったのはハイ・プリーストのアナスタシアだった。アメリアと同様、一番の初級法術であるホーリー・ライトを唱えると、常の数倍の明るさで煌々と輝くその聖光に彼女は度肝を抜かれて声を上げた。


「凄い! 信じられないほどの増幅率ですよ! しかも…とても暖かい」


 当然だった。この精霊樹の聖杖は聖女による大地母神の祝福という破格のブレスがかかっているのだ。本来であれば王侯貴族の宝物庫に納められいて然るべき逸品なのだ。それが百本! アナスタシアの声に、半信半疑だったプリーストたちは我も我もと聖杖を手にしてホーリー・ライトを唱えては、その破格の性能に驚嘆するのだった。


「はっはっは、満足いただけたようで何よりです。それで値段なんですが、なにぶん精霊樹を使っていることもありまして一本金貨二十枚ほどに…」

「はあ? 桁が一つか二つ違うのでは?」

「え? あれ?」


 いくら百本もあるからと言って、八倍の増幅効果を誇る聖杖が金貨百枚を下ることはあるまい。一本だけだったらオークションにかければ確実に万単位はいくはずだ。なにしろ、増幅効果のある杖は神器以外にないのだから。

 そう考えるアナスタシアたちと、妹の初めての作品という認識のロナウドの認識とは天と地ほどの差があった。

 結局、初めての職人のデビュー作のバーゲンセールということで一本金貨百枚、合計金貨一万枚で辺境の拠点クレイドルに聖杖が配備されることとなった。後にプリースト部隊を預かるアナスタシアはこう語ることになる。


「名だたるアメリア様の聖杖が一本たった金貨百枚で百本も手に入れられるなど、私は幸運極まりない星の下に生まれたに違いありません」


 以後、鉄壁の異名を取ることになるクレイドルのプリースト部隊は、アメリアの聖杖を手に限りのない回復と強固なブレスにより、数々の困難な戦線を維持してみせたという。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る