第3話 街角の聖女
そんな一幕も知らず、私は魔王が封印された後の平和な世界を満喫していた。
「こんにちわー! エイミーちゃんいますか!」
「おお、待っておくれよ。エイミー! アメリアちゃんが遊びにきたよ!」
伯爵家御用達の鍛治師アンガスの末娘のエイミーは同い年で良い遊び友達だ。キャシーおばさんに呼ばれてポニーテールをしたエイミーが快活な笑みを浮かべてこちらに走ってくる。
「アメリア! 昨日は遅くまで帰ってこないってポールおじさんが血相変えて来たけど、どうしたの?」
「ごめんなさい、ちょっと川に落ちて下流に流されただけだから大したことないわ」
「ええ! それは大したことあるよ! 大丈夫なの?」
エイミーはそう言って私の手や足を見回すが、特に外傷がないと見るやホッと息をついた。回復魔法でかすり傷一つ残っていないのだから、今見ても何ともないのは当たり前だった。
「大丈夫だよ、何ともないでしょう。それより遊びに行こうよ!」
「ごめん! 今日はケイ
「は?剣の稽古ですって?」
私は驚いて思わずキャシーおばさんの方を向いてしまったが、キャシーおばさんはやれやれと肩をすくめて答えた。
「誰に似たんだか、うちの子はお転婆で困るよ。まあケイなら怪我はさせないだろうさ」
ケインさん、略してケイ
私は店の奥でエイミーのお姉さんであるブリジットさんと談笑しているケインさんの姿を見て納得する。
「なるほど、ブリジットさんは美人だから仕方ないですね!」
「何でブリジット
キョトンとしたエイミーに何でもないと笑いかけると、これ以上子供が増えるとお邪魔だろうと店を後にすることにした。
「ケインさんは良い物件ってことよ。今日は退散するわ、またね!」
「ははは、気を利かせて悪いね。エイミーもアメリアちゃんを見習いな!」
「な、なんでよ! あ、またね、アメリア!」
私は手を振りながらエイミーの家を後にし、市場の散策に出かける。前世は戦ってばかりで気にならなかったけど、今度は食べ物も改善していかないといけない。でも先立つものが必要だし、戦わない代わりに食肉が手に入りにくくなる。今後、どこで折り合いをつけるか考えなくてはいけないけど、ちょっとイノシシを狩るくらいなら私にもできそうな気がするし、十二歳になったからには冒険者登録をしておくのも一つの手かもしれない。
そんな取り止めもないことを考えながら市場から離れた路地を歩いていると、いつの間にかガラの悪い子供たちに囲まれていた。うちにしてもエイミーの家にしても、伯爵家御用達であることから街の区画でも比較的治安の良い場所に位置していることから出歩いていても問題にならないけど、市場の周辺だとそうも行かない。どうやら気を抜き過ぎていたようだ。
「おい! 痛い目に遭いたくなかったら金を出せ!」
私はエルダートレントの聖杖を構えてバフを盛る。
「大地母神の守り、風神の守護、戦乙女の祝福…さあ、かかって来なさい」
これで少年が使うようなナイフや初級魔法は通らない。ヴァルキリー・ブレスはやり過ぎかもしれないけど、そんなに鍛えていないし、ちょっと攻撃力が三倍になったからといって問題はないでしょう。後衛と言えども一般人に遅れをとるようでは勇者パーティの一員はつとまらないわ。
「ロイ。こいつなんだかヤバくないか?」
「八人がかりで何言ってんだ。それにチェルシーが病気なんだ。やるぞ!」
一斉にかかって来た少年たちだったが…かすりもせず十秒で片がついた。子供相手にバフまで使って大人気なかったわね。それより、
「ロイとか言ったっけ?さっき病気にかかってる子がいるとか言ってたでしょ。案内しなさい」
「ゴフッ! なんなんだよ、お前! そんな格好して詐欺もいいところだッ!」
「詐欺って人聞きが悪いわね。白いブラウスにスカート、ごく一般的な可愛い街娘ルックじゃないの。ほら、立ちなさい」
そう言って、聖杖を当てて軽くヒールをかけると、少年は打撲が治ったことが分かったのか驚いた声を出す。
「お前、法術が使えるのか!」
「そうよ、わかったらさっさと案内しなさい」
事態を察した少年は路地裏で寝ている少女の元に私を案内した。そこには息を荒くした少女が地面に敷かれた布の上で寝そべっていた。
「病魔検知…はあ、疫病にかかってるじゃない」
「どうなんだ! 助けられるのか?」
「放置しておけば三日以内にご臨終よ。だけど…パーフェクト・キュア・ディジーズ、からのパーフェクト・ヒール」
少女の体が光に包まれたかと思うと先ほどまで荒い息をして苦悶の表情を浮かべていたのが嘘のように、今は穏やかな眠りについている。
そう、聖女に治せない病気は無い。病気を治した後に完全回復をかけたことで、少女は体力も含めて全快していた。襲われておきながら助けてあげるなどお人好しもいいところだけど、見捨てるにしては幼過ぎたわ。
やがて目を覚ましたチェルシーは不思議そうにロイを見ると首を傾げた。
「あれ?お兄ちゃん。変な顔してどうしたの」
「チェルシー。体の調子は戻ったのか?」
「なんともないよ!」
やれやれ、飛んだ道草を食ってしまったと無言でその場を去る私に、後ろから少年の声が聞こえた。
「ありがとう! あんた、名前は!」
「アメリア・ローレンス。次にちょっかい出してきたら容赦しないわよ」
そう言って笑いかけ、深々と頭を下げる少年を尻目に私は家路についた。
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