第10話 聖杖職人という名の経理担当
執務室を出た私はアルルを引っ張ってギルド建物の裏にある中庭に出ていた。
「ちょっとアメリア、どこまで行くつもりよ。トイレに行くんじゃなかったの?」
言われて気がついた私はアルルの手を離すと声を張り上げた。
「あーびっくりした! まさかクリフがあんな水も滴るいい男に育つとは思わなかったわ。しかも…あ、愛しているとか、誰のものかわからせるとか! 心臓が止まるかと思ったわよ!」
「何よ、そんな生娘みたいな…って文字通り生娘だった。丁度いいからヤッてもらいなさい。というか天啓ですって。神様も案外気が利いているじゃない」
「やれる訳ないでしょ! 私は十二歳なのよ!」
ハァハァ…まったく。そんなことよりも、重要なことがあったわ。
「とにかく、あのままじゃいけないわ。過去に囚われず前向きに生きてほしいのよ」
「そんなの簡単じゃない。さっさと名乗り出なさい。自分がミリアだって」
「名乗ってどうするのよ、十六歳も差があるのよ。それに、こんな平凡な容姿の私より相応しい子がいるでしょ」
しかしアルルは鋭い目をして私に問いかけた。
「じゃあ、もしクリフがあんたを庇って死んで、何の力も身分もない平凡な男に生まれ変わったら、好意を無くすの?」
「そんな訳ないでしょ! あ…」
反射的に答えてから口を抑えたが、アルルはニヤリとして告げた。
「答えは出たようね。そうよ、クリフは例えあんたがゴブリンに生まれ変わったとしても、涙を流して抱きしめるでしょうよ。大体、言うほど平凡でもないでしょ」
そう言ってアルルは幻影の魔法を私にかけて水鏡を出現させる。そこには、髪と目の色が前世と同じ色に変わり、かつての聖女の正装をした私がいた。
「気がついてなかったの? 色が違うだけで見た目はそっくりじゃない。あと三年もすればクリフやオービスでも気がつくわよ。そうなったら誤魔化せないわ」
「…で、でも心の準備が」
ゴニョゴニョと言い出した私に肩をすくめてアルルは答えた。
「あー、ハイハイ。もう勝手にやってちょうだい。後悔しないうちに、私とオービスのようにさっさと覚悟を決めるのね」
そう言ってギルド建物に戻ろうと踵を返したアルルに後ろから疑問をぶつける。
「アルルはどうしてオービスと結婚できたのよ。エリシエールちゃんの歳を考えたら、私が死んですぐよね。そんなすぐに結ばれる雰囲気じゃなかったでしょう」
「…あんたのせいよ。最硬を誇った聖女ミリアでも死ぬのよ。ましてや寿命が違うのだし、いつ亡くなるかわからないと思ったら、もう止まらなかった。私も、そしてオービスもね」
振り返ったアルルは、これ以上ないほど幸せそうな顔をしていた。
「ミリアには感謝しているわ。エリシエールも授かって今は幸せで一杯よ。相談には乗るから頑張るのね、アメリアちゃん」
アルルがパチンと指を鳴らすと、先ほどの幻影の魔法は溶けていた。水鏡には戸惑う表情を浮かべたいつもの私が居た。
「はあ、アルルも立派な大人の女性になってしまったのね」
「そりゃ娘が生まれれば誰でもそうなるわ。自分で笑ってしまうくらいよ」
そうして笑い合いながらギルドの建物に戻る私たちは、空白の時間を埋めるように今までの出来事を話しながら互いの親交を深めたのだった。
◇
次の日の朝、朝の鍛錬に庭に出たクリフを確認すると、私はオービスに詰め寄っていた。
「ちょっと! なんでクリフと一緒の部屋なのよ!」
「なんでって、護衛だよ。これ以上ない強力な護衛だろう」
それは昨日の帰りに聞いたから知っている。問題は別のところにあった。
「百歩譲って護衛だとして、同じベッドに寝る必要はないでしょう!」
「散々野営で寝食を共にした仲じゃないか。大体、十二歳でどうなるものでもないだろう。逆に何かあったら責任を取ってもらえ」
そう言ってウインクをしながら親指を立て、無責任な事を言うオービスに私は感情を爆発させる。
「野営とベッドじゃ全然違うわよ!」
おかげで昨日はなかなか寝付けず今日は寝不足だった。しかし、それを聞いていたエリシエールちゃんは頬を膨らませてこう言った。
「アメリアちゃんばかりずるい! エリシエールもクリフさんと一緒に寝る!」
「エリシエールは駄目だ。クリフでも娘はやらん! パパと一緒に寝よう」
なんという親バカだろう。十二歳だから問題ないと言いつつ、舌の根も乾かないうちに私より年下のエリシエールちゃんに駄目出しをするオービスに呆れていると、鍛錬を終えたクリフが軽い足取りで戻ってきた。
「おう、クリフ。今日はずいぶん調子良さそうじゃないか」
「ああ。今朝起きたら腰痛や関節痛が全て消えていた」
そう言って腕を振り回したり腰を捻ったりして首を傾げるクリフ。
そりゃそうよ。昨日、パーフェクト・ヒールをかけておいたからね。限界まで鍛錬しているというから寝ているクリフをサーチしたら、あまりの故障の多さにビックリしたわ。
「クリ…フォード様は体を酷使し過ぎです。鍛錬も程々にしてください」
「そうか、アメリアちゃんが直してくれたんだね、ありがとう。あと俺のことはエリシエールちゃんみたいにクリフと呼んでくれ」
「はい、クリフ…さん」
完全に子供扱いでヨシヨシと頭を撫でられて顔を赤くする私に、我慢できないという風情でアルルが笑い出す。
「プッ…フフフ、アハハ! もう無理! 朝からこれ以上笑わせないで! 何か起きるのは当分先の話になりそうね、アメリアちゃん」
もはや気にするのが馬鹿らしくなった私は、開き直ることにした。
「もういいわ、今日からはゆっくり眠れそうよ。それよりギルドに行くわよ」
「行ってもそう簡単に杖の作成依頼は来ないと思うから、俺の事務を手伝ってくれや。経費のチェックだけでいい」
「なによ、相変わらず計算は苦手なの? 四則演算は教えてあげたでしょう」
「まあな。どうせ暇なんだからいいだろ」
仕方ないと頷いた私だったけど、クリフは首を傾げて言う。
「教えたってどういうことだい? 確かオービスはミリアに計算を習ったと思うが…」
う…やってしまった。けど、まだ修正できるわ。
「そうなんですか。昔のことで忘れてしまったようですね!」
「ははは、そうだな! いい復習になった!」
「…三十点」
ボソリとアルルが芝居の点数を呟いたけど聞こえないフリをしてオービスと共に馬車に向かうのだった。
◇
ギルドに到着した私は、カウンターに立つ二人の女性に挨拶をする。
「おはようございます、ベッキーさん。それと…」
「カミラよ。よろしくね、アメリアちゃん」
「よろしくお願いします、カミラさん」
取り継ぎの機会もあるだろうし、しっかり覚えなきゃね。そう思った私だったけど、二人の目は私を通り過ぎて後ろに向いているのがわかった。
「「おはようございます、クリフォード様!」」
「ああ、おはよう。ギルドの往復やギルドの警備が及ばない場所でアメリアちゃんの護衛につくことになった。今後、頻繁に顔を出すと思うからよろしく」
「本当ですか! キャー! これは大ニュースだわ!」
はしゃぐベッキーさんとカミラさんに、後ろから控え目に声が聞こえる。
「あー、俺もいるんだが?」
「あ、オットーさん。居たんですか。おはようございます」
「…おはよう。俺はギルマスのはずなのに、なんだか物凄い待遇の差を感じているぞ」
「仕方ないでしょ。ほら、早く執務室に行くわよ」
クエストを物色し出したクリフに別れを告げて昨日も訪れた執務に入ると、山積みにされた書類のそばに事務方と思しき女性が立っていた。
「お待ちしておりました。溜まりに溜まった仕事、今日こそは片付けてもらいますよ」
「おお、セシリア。それは多すぎないか?」
「これでも最小限に絞ったつもりです。帳尻が合っていることを確認したらサインをお願いしますね!」
そう言ってセシリア女史は部屋を退室していった。置かれた書類を数枚手に取って確認すると、ギルドの経費精算の書類だった。もっと大雑把に管理しているものと思っていたけど、案外ギルド運営というのも大変なのね。しかし帳簿も見当たらないし、どれもフリーフォーマットみたいだけど、どうしているのかしら。まさか、個別承認?
そんなことを考えていたところ、オービスから声がかけられた。
「よし、アメリア。数字の確認は任せた! 問題ない書類を俺に寄越してくれ!」
「ええ! これを全部?」
なんということでしょう。聖杖職人として雇われたと思っていたら、いつの間にか経理担当にされていたわ!
その後、これでは
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます