転生聖女は聖杖職人

夜想庭園

辺境の聖杖職人

第1話 聖女の目覚め

 薄暗い闇の中、川岸に打ち上げられていた私は天啓のように前世の記憶を取り戻していた。


「思い出した…」


 あれはそう、前々世で病気で亡くなった私が別世界の神様に拾いあげられ、異世界転生できると聞いて調子に乗っていた頃の話だ。

 私は創造神フィリアスティン様にお願いして金髪碧眼の聖女として転生させてもらい、勇者パーティの一員として魔王との闘いに挑んだ。若さゆえの過ちだろう。ワクワクドキドキの冒険がしたいなどと、今から考えれば痛いお願いをしたものだ。

 その結果、激闘の末に魔王を封印することに成功するが、私は神力を使い果たして仲間に看取られながら聖女として短い生を全うしたのだった。

 しかしその短い生を全うした私は、気が付くと何もない空間に移り、いつか見た創造神様の目の前に立たされていた。


「よくやった、ミリアよ。褒美としてもう一度転生させてやろう。なにか望みはあるか?」


 どうやら、また魂の状態で神様にお会いしているらしいと状況を理解した私は、それならば三度目の人生に望むことはこれしかないと願い出た。


「次は普通の女の子として平穏無事な人生を送りたいです」


 現実はゲームの世界とは違うのだ。傷つけば痛いし、一緒に旅をする仲間を失えば悲しい。そんな当たり前のことを前々世では知らなかったのだ。

 そんな私の内心も含めて全てを洞察した創造神様はこう仰った。


「好きに生きるがよい」


 その直後光に包まれた私は、前回と異なり完全に記憶を無くした状態で転生し、魔法使いの杖の職人の家に末娘として生まれた。

 しばらくは幸せな日々を過ごしていたが、成長して魔力を持たないこと判明すると不遇な日々を送ることになった。魔木に魔力を通すことができなければ、魔法使いの杖を作ることはできない。代々魔杖職人として魔法使いの杖を作ってきたローレンス家では前代未聞のことだった。


「アメリア、お前は魔杖職人にはなれない。無理せず、普通の娘と同じ暮らしをするがいい」


 記憶を取り戻した今なら父親のポールの言葉は気遣っての言葉だったとわかるが、若干十二歳の私には兄や姉が当たり前のようにできることが自分にはできないと告げられることはショックだったのだろう。涙を流して飛び出して、前も良く見ずに走っていたら川にドボンで以降の記憶はない。

 私は川岸で倒れたまま全身を見回す。どうやら腰に差していた魔木のおかげで川底に沈まず命拾いしたらしい。身を起こそうとすると全身に痛みが走った。


「はあ。全身打撲に骨にヒビが入っているってところね…パーフェクト・ヒール」


 全身が神力の光を放ったかと思うと回復魔法一発で全快してしまう。


「どうやら、記憶は消えていても神力は以前と変わりないようね」


 いや、まだ十二歳という年齢を考えれば若干強いかもしれない。私は普通の女の子になれたのではなかったのかしら。まあ、魔力が使えず父親から普通の娘と同じ暮らしをしていいとお墨付きをもらえたことだし希望は完全に満たされていたと言えるけど、だからと言って何も期待されないというのは辛いものがある。


「そうだわ! 魔杖が作れないなら、聖杖を作ればいいじゃない!」


 私は立ち上がって腰に差していた魔木を手に取り見つめる。


「聖女体質の私に魔力の通り道を作ることはできないけど、代わりに神力の通り道を作ってみたらどうかしら?」


 理論上は神力が増幅されて法術が使いやすくなる気がする。原理的には、前世で使っていた神器の癒しの杖と同じだからだ。

 さっそく私は試しに魔力の代わりに神力を使い、ポールの教え通りに魔木に神力の通り道を設けてみる。


「神力浸透、魔素排除、神力回路形成、固定化…」


 出来上がった杖を構えて改めて神力を通してみると、外界への神力放出がスッと楽になるのが感じられた。癒しの杖に似た懐かしい感触に試みが成功したことを悟った私は、試しに法術を撃ってみる。


「セイクリッド・フレイム」


 ボヒュ!


 あたりが昼間のような光に包まれたかと思うと、前方の川の水が一時的に全て蒸発し、上流からの水が流れて元の静けさを取り戻す。


「神器には遠く及ばないけど…うまくいったみたい。アルルが魔法使いの杖無しでフレア・ランスを撃ったくらいの威力は余裕で出ているわ」


 前世の勇者パーティでの仲間、女エルフ魔法使いの魔法を思い出しながら驚きの声を上げる。練習用の魔木でこれなら、きちんとした材料を使えばもっと威力が出るかもしれない。もっとも、アンデッドや魔族相手でもない限りは魔法使いに任せて回復に使った方が効率はいいでしょうけど。

 そんなことを考えながら、ホーリー・ライトを杖の先端に灯しつつ、川の上流に向かって歩き出し家路を急いだ。


「こんな暗くなるまで川岸にいたんじゃ、きっと心配しているはずだわ」


 ◇


 私の予想は正しかった。家に帰ると、どこに行っていたのかと母親のイザベラに頬をぶたれ、続けて心配させてと抱擁を受ける。


「お母様、心配かけてごめんなさい」


 と、涙を流した自分に驚いていた。肉体に精神が引っ張られているのかもしれない。

 ぼんやりとしながら赤く腫れた頬を回復魔法で治療しながら考察を巡らせていると、手に持った聖杖の輝きにお父様が気が付いたようだ。


「おい、アメリア。その杖はどうしたんだ?」

「えっと…神力を通しやすくして聖杖にしたものです」


 そう言ってホーリー・ライトを先端に灯して見せる。


「なにぃ! というか法術が使えるのか!?」


 あ、しまった! でも見せてしまったものは仕方ない。私は軽くうなずいて少しだけ使えると過少申告した。

 その後、魔杖と同じように増幅効果を持つ聖杖という新しい杖の誕生に喜んだお父様は、今すぐにエルダートレントを使って杖を作るように言ったが、こんな夜遅くにとんでもないとお母様に雷を落とされ、その日は汚れた体を拭いてすぐに眠りについたのだった。

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