第13話 王都への旅の準備

 明くる日の朝、窓から差し込む日差しに目を開けた私は、眼前のクリフに両腕で抱き竦められていることに気が付き、思わず普通の女の子のような悲鳴を上げた。

 そんな私に気がついたのか、クリフはゆっくりと目を開けて柔らかく微笑む。


「おはよう、アメリア。君の可愛い声で目が覚めたよ」

「ッ――!!!」


 私は腕を振りほどいて驚いた猫のようにベッドから飛び降り急いで外に出ようとドアを開けると、そこにはベッドの様子を投影した水鏡を前に大笑いするアルルの姿があった。


「なによ、この水鏡は! さては覗いていたわね!?」


 私がキッと睨みつけると、アルルは心底意外だという風な顔をして涼しげに答えた。


「人聞きが悪いこと言わないで。昨日は辛そうだったから大丈夫かと思って様子を見ていただけよ」


 そう…なのかしら? しかしアルルが口をヒクヒクさせていることに気がついた私は、それが真実であろうとなかろうと、面白がっていることに違いないと判断して嫌味を言う。


「そうですか。アルシェール様はお優しいことですね、もう大丈夫ですから覗かないで下さい!」


 しかしアルルは涼しげな顔をしてこう切り返す。


「ごめんなさい、もうしないわ。そうよね、今以上の状況になっていたらお互い気不味いものね」


 私はカッと顔を赤くしてアルルから目をらす。駄目だわ、このエルフ! 元から二百歳以上だけど精神年齢が上がり過ぎている! 落ち着け、落ち着け私! 今日はたまたまクリフの寝相ねぞうが悪かっただけよ!


「ふぅ…そういえば王都で着る服を買わないといけません。いい店があれば教えてください。できれば財布に優しいところで」


 なんとか気を落ち着かせて強引に話題を転換すると、アルルも引き際と思ったのかそれに乗ってきた。


「お金の心配なんてしなくていいわよ、私やオットーが出すから。ちょうどいいから、私やエリシエールと一緒に可愛い服を仕立てに行きましょうよ」


 オーダーメードとは贅沢な話ね。十二年ほど生きてきた中で、出来合いの服しか着たことないわ。

 この世界にきて初めてと言っていいオシャレに思いを馳せた私は、先ほどの事は忘れて機嫌良く頷いたのだった。


 ◇


 オットーに断りを入れてギルドを休んだ私は、クリフとアルル、それからエリシエールちゃんと共にクレイドルの街から少し離れた辺境の中核都市アルカンシェールまで足を運んだ。クリフとアルルにより顔パスで門を通り抜けると、都市の中心近い一等地にある服飾店を訪れた。

 呼び鈴を鳴らすと奥から品の良いお姉さんが応対に出てきて、アルルの顔を見るなり笑顔を見せる。どうやらアルルはここの常連らしい。


「これはアルシェール様、今日はどのようなご用件で…ってクリフォード様!」


 しかし、私達の背後に立つクリフを見ると急に緊張し出した。


「私はシェリーといいます、かの有名な勇者クリフォード様にお会いできて光栄です!」

「私は彼女たちの護衛だから気にしないでほしい」


 顔を見ただけでわかるなんて、クリフも随分と有名人になったのね。それにしても口調をあらためたクリフを見るのは久しぶりだけど、まったく違和感ないわ。元々は物腰が柔らかい貴族のお坊ちゃんなのよね。オービスが同じ真似をしたら吹き出してしまうところよ。


「そうですか? よろしければ一着でも御用立てできれば一生の思い出になりますのに」


 そう言って眉を寄せるシェリーさんに、顎に手を当てて少し思案したかと思うと、私の肩に手を置いて言う。


「なら、この子とペアで礼服とドレスを仕立ててもらおうか。釣りは要らない」


 ジャララ…


 カウンターに無造作に置かれたのは、なんと白金貨十枚だった。


「ええー! そこまでかかりませんよ!」


 驚くシェリーさんに、アルルが諭すように口を開いた。


「もらっておきなさいよ。十年以上SランクやAランクの魔獣討伐に明け暮れてろくに使いやしないのだから、クリフにとっては安い買い物よ」

「か、かしこまりました! 当店の全力をもってクリフォード様と、そちらのお嬢様の服を仕立ててご覧にいれます!」


 白金貨って金貨何枚分だったかしら。銅貨百枚で銀貨一枚、銀貨百枚で金貨一枚、つまり白金貨十枚は…金貨千枚!? ミスリルの魔法糸で編んだ法衣でも作る気じゃあるまいし、ドレスってそんなにするものなの!

 聖杖の売り上げの頃からだんだん金銭感覚がぶっ壊れてきていたけど、そんな贅沢なものを着たら元に戻れなくなりそうだわ。


「ママ! 私もドレス欲しい!」

「エリシエールは家に戻ればオットーが買ってきたドレスが山ほど…って、まあいいわ。シェリー。この子にもお願いね」

「かしこまりました! では採寸させていただきますので、こちらにいらしてください」


 採寸を終えたあと、見本を元にして好みのデザインを決めて行く。


「アメリアちゃんは普段着が足りないから、王都で着る服とは別に既製品でいいから何着か見繕ってもらいなさい。どうせオットーとの訓練で服を駄目にするでしょう?」

「う…確かに。ありがとうございます」


 やはりこの世界の普通の服で四十キロフルマラソンは無理があるかしら。今から考えれば聖女の服は丈夫に出来ていたのね。いくらか知らないけど。


 ◇


 デザイン決めや普段着の服を選んでいるうちに気がつけば昼食の時間が近づいていた。今日はとりあえずこの辺でということで、ある程度出来上がったらまた来ることになった。


「一生分の服を買った気がするわ」

「大袈裟ね。でも、似合っているじゃない」


 普通の白いブラウスに青いスカートだけど、今まで着ていた服の布地とは質が違うことが肌触りでわかる。


「アメリアちゃん可愛い!」

「ありがと。エリシエールちゃんもね!」

「あら、それは間接的に私も褒めているのかしら」

「外見だけは…そうですね」


 中身がアレだけど、エルフのアルルは人間目線で見れば普通に美少女に見える。とても一児の母とは思えないほどに。それにしても、


「本当に便利ですね、アルシェール様のその魔法」


 ふわふわと空中に浮く洋服が詰め込まれた大箱に感心してしまう。どうして法術は生活に役立つものが少ないのかしら。神風で浮かせたら遥か彼方まで吹き飛んでしまうわ。


「少し高いけど、マジックバックを買えば魔法が使えなくても大丈夫よ」


 マジックバックなんて貴族の持ち物じゃないの。そういえば私が使っていたマジックバックはどこに行ってしまったのかしら。鍛錬用のミスリル棒とか残っていたら欲しいわ。主武装である癒しの杖は召喚できると思うけど、誰か別の人が所有していたり今まさに戦闘で使用中だったりしたら問題があるから、呼び出したらまずいわよね。

 そう考えていると、アルルが何かを思い出したかのように言う。


「あ、そういえば渡すのを忘れていたわね。帰ったら渡すわ…あなたの昔の持ち物」


 最後の言葉は私だけに聞こえるように小声で話してシルフに届けさせたみたいだけど、どうやら私の昔の持ち物はオットーとアルルの家で保管していたらしい。


「てっきり…彼が持っているのかと思っていたわ」


 私が亡くなった後の話を聞いた限りでは、クリフが形見として持っていてもおかしくないかと思ったので少し意外だった。


「彼の家には、一番大きいアレが飾ってあるわよ」

「アレって何よ」

「行けばわかるわ」


 少し気になったけど、エリシエールちゃんの空腹を訴える声にその場では何のことか聞くことができず、私は王都のクリフの実家を訪れた時に、それを知ることになるのだった。

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