第12話 王家からの召喚状

 調子に乗って全盛期と同じ調子でぶっ続けで模擬戦をしたせいで、二人ともひどい筋肉痛に襲われることになった。


「おい、アメリア。リジェネレーションをかけてくれ…」

「一日に何度もかけたら体に…悪いわよ」


 夕方になり、オービスと共にギルドマスターの執務室から馬車に向かおうと足を踏み出すと、足が攣ってギシギシと痛みが走った。ヒールで回復してしまえば話は早いが、それでは筋肉がつかないので鍛錬をした意味がなくなる。ここは我慢して自然回復を待つのがベストだろう。

 そう考えてぎこちない歩みを続けていると、前からクリフがやってくるのが見えた。


「大丈夫かい、アメリア。ずいぶん辛そうだけど」

「ちょっとオットーさんに訓練をしてもらって筋肉痛がひどいだけです」

「それは大変だ。俺が馬車まで運んであげるよ」

「え? あ、ありがとうございます」


 背中に背負ってくれるのかと思って頷くと、クリフは予想外の行動に出た。


「あ、あの…この体勢はいったい」


 まさかのお姫様抱っこである。普段よりもグッと近くにある端正な顔にどぎまぎしながら問うと、当たり前のことを聞かれたかのようにクリフは答える。


「こうしないと可愛いアメリアの顔が見られないじゃないか」

「かっ! …コホン。その、クリフさんもクエストで疲れているでしょうし、重くありませんか?」

「いや全く疲れていないし、アメリアは羽のように軽いよ」


 確かにクリフの足取りは軽いけど、ただでさえ目立つクリフの風貌に周囲の視線が集まるのを感じる。以前、子供扱いと開き直ったけど、さすがに気恥ずかしい思いで一杯だった。


 ◇


 そんな状態で受付の前まで来ると、カミラさんが興味深そうにして尋ねてくる。


「あら、アメリアちゃん。クリフォード様に抱き抱えられてどうしたの?」

「あはは、ちょっとオットーさんとの訓練で足が攣ってしまって…」

「まあ、それは大変。私も明日から訓練しなくちゃ!」


 どうして大変だと訓練しないといけないのか。ロジックが混乱をきたしていたけど、ギルドの受付終了間際の喧騒に包まれ足早にその場を去ることになった。


 ◇


 オービスの邸宅に戻ると、いつものようにアルルとエリシエールちゃんが迎えに出てきた。しばらくして馬車からクリフに抱き抱えられながら降りた私を見てアルルは驚いた表情を見せる。


「どうしたの? アメリアちゃん。怪我…なんて残るわけがないわよね」

「ちょっと、オー…じゃなくて、オットーさんと訓練をし過ぎただけです」


 続けて肩や腕を揉みながら降りてきたオービスを見て事情を察したのか、


「ふーん、じゃあ私が魔法で運んであげようか? クリフも疲れ…」

「いや、まったく疲れていない。この通り元気一杯だ」


 アルルの提案を遮って再びお姫様抱っこの体制を取ったクリフは、そのままクルクルとダンスのステップを踏みはじめた。


「ちょっ、クリフさん! もう大丈夫です! 降ろしてください!」

「いいや、痩せ我慢は良くない。このまま部屋まで送り届けよう」


 そう言ってジタバタする私に構わず屋敷に向かうクリフを見て、アルルは何かに気がついたような素振りを見せたかと思うと、オービスを宙に浮かせてエリシエールちゃんと共にゆっくりと後を追うのだった。


 ◇


「あなた一体何をしてきたの? アメリアの正体がミリアだってクリフにバレてるじゃない。肝心のアメリアはそれに気がついていないみたいだけど」


 あれほど浮かれたクリフはミリアが亡くなってから見たことがない。鈍感なアメリアはともかく、アルルの目には一目瞭然だった。


「本当か!? クリフがクエストに行っている間に、修練場でアメリアと模擬戦を数時間ほどしただけだぞ?」

「数時間って、まさか全開でやったんじゃないでしょうね」

「アメリアが三種のバフに創造神の無敵盾イージスシールドまで展開して聖八双の構えを見せたんだ。互いにどこまでやれるか確かめるには全開以外あり得ないだろ!」


 そう言って昔のように好戦的な表情を見せるオットーに、二人とも相変わらず脳筋だと呆れたが、それなら推測は簡単だった。十中八九、クリフは二人の模擬戦を見ていたのだ。二年間ミリアに付きっ切りで鍛えられたクリフが、幼いとはいえ生き写しの容姿で繰り出される聖女の戦技を見せられて気がつかないはずがない。


「でも、それならどうして黙っているのかしら。もっとも、その方が面白そうだけど」


 ダンスのようなステップを踏むクリフに文字通り心身共に振り回されながら声を上げるアメリアは、控えめに言っても面白すぎる。おそらく今夜からクリフの抱き枕として眠ることになるのだろう。本人には悪いけど、明日のアメリアの反応を想像すると込み上げてくる笑いを抑えられなかった。

 しかし、今はそれよりも優先すべきことがあった。


「そんなことより、これが届いていたわよ」


 そう言って差し出された書状には、見覚えのある封蝋に召喚状と記載されていた。


「カストロール王家からの召喚状? 呼び出しを受けるようなことがあったか?」

「聖刻杖を作ったのは、やり過ぎだったみたいね」


 個人の才覚によって保有の差の大小はあるとしても、個人によって波長の異なる神力を応用した個人認証の仕組みは有用性が高過ぎた。あれがあれば、例えばこの召喚状の封蝋やサインの筆跡のように偽造が可能なものを、不可能なものに変えることができる。

 魔王封印の英雄がギルドマスターを務めるとはいえ、そのようなものを作れる杖職人を辺境のギルドが囲っているのは難しくなってきたようだ。


「王都となると、今度はクリフの家に後見についてもらうしかないな」

「それはそうだけど、私達も王都に行くことになったわよ。あなたに男爵位をくれるって」

「はあ? 俺もお前も十二年前に賞金と屋敷だけで十分だと断っただろう」

「察しが悪いわね。そのかわりアメリアを寄越せという話でしょ。形としてはあなたの部下なのだから」


 こうして、アメリアの知らぬ間に新たな面倒ごとが起きようとしていた。


 ◇


 その日の夕食の後、オービスに届いた王家からの召喚状の内容が私やクリフに説明された。


「ギルド運営の都合もあるからすぐにというわけではないが、三ヶ月以内に来いという話だな」

「まさか聖杖じゃなくて聖刻杖で呼び出されるなんて思ってもいなかった」


 業務効率化のために印鑑代わりに作っただけだったけど、考えてみればこの世界には電子署名などないのだから、偽造不可能というのは大変なことだったのかもしれない。金貨や銀貨や銅貨しか流通していない世界で概念すらないけど、いきなり偽造不可能な紙幣の発行だって可能だ。思っていたより使い勝手の良い発明だったのね。


「もちろん、それもあるだろう。王家だって辺境に耳目を持たないわけじゃない。というわけでクリフ、王都の実家に戻ってアメリアの後見をしてくれないか。帰ったら侯爵家を継げと親父さんがうるさ…」

「わかった。すべて俺に任せてくれ。侯爵家でもなんでも継いでやろうじゃないか」


 オービスが続けて説得の文句を口にする前に被せ気味にクリフが答えた。

 でも、私のためにクリフの自由が奪われるのは気が引ける。別に取って食われるわけではないし、ここは私が自分から長い物に巻かれれば済む話だわ。


「あの、私なんかのためにクリフさんが無理をしなくても…」

「まったく無理ではないよ、アメリア。君を守るために必要なものなら家でも何でも利用してやるさ」


 そう言って、私の両手を握って真っ直ぐな瞳を向けてくるクリフに、開いた口が塞がらずパクパクとさせたが、そんな私を尻目にアルルは話をまとめてしまう。


「良かったわね、アメリア。クリフの実家はここよりもずっと広いから快適よ! じゃあ、引き継ぎが終わって衣類を用意したらひと月後に出発ということにしましょう」

「…はい、わかりました」


 そうして食後の話し合いがお開きとなった後、日中の鍛錬の疲れもあり早めに就寝した私は次の日の朝に絶叫することになるのだが、この時の私は知る由もなかった。

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