第32話 禊
一夜は、自分の生みの親とも言うべき、黒衣の悪霊をセイウンを使い、清めさせていたのだ。
ついでに、転生されたと思われる美琴の魂が、本物かどうかも確認する為に、わざわざミヤコをその場に呼び寄せて、力を使わせたのだ。
自らの邪気を隠す事など簡単に出来たが、そうせず垂れ流し続けたのは、黒衣の悪霊が一夜を狙い、分散された魂が、一箇所に集まって来るのを待っていたのだ。
「土地を買ったと言っていた依頼主の男性…あの方は、私の前に二度と現れる事はありませんでした。あれも一夜殿が? 」
「蟲を使って人間を操る位は造作も無い事です」
ミコは産まれる前から信じられない程の霊力を持っていた。
それがミヤコに力を与え、結果、悪霊を滅ぼすことが出来た。
一夜は、ミコの傍に居たいが為に、自分の過去の汚点を消し去りたかった。
しかし、結局消し去ってくれたのは、ミコの霊力だった。
やはり、ミコの傍にいれば、一夜が本当に美しい存在に近づいて行くような気がしている。
そんな一夜が、ミコのために出来る事はーー、
「この神社の伝承や、二代目の巫女、他にも何か知っている事があれば教えてもらえますか? 」
ミコは夜空を眺める。
いつも隣に居るはずの一夜は、今日は何故かおらず、二葉はミコの部屋の外に居る。
一夜が、自分の居ない時に部屋に入るなと言っていたからだ。
眠れないのは、一夜が隣に居ないからなのか、それとも…。
ミコの感覚は、美琴と会って以来、研ぎ澄まされていた。
遠くから、ミコに向けられた敵意をハッキリと感じ取っていた。
ミコは、普段着る事の無い、白い着物に袖を通し、神社の一角に造られた、小さな打たせ滝に向かう。
髪を軽く結い、夜の冷たい水の中に入ると、頭から滝に打たれながら禊を行う。
(私はこのまま一夜を拒否し続けるのだろうか…)
そのままミコは、自分の潜在意識の中に入っていく。
美琴は言った。
一夜とミコなら、拒絶の結界をなんとか出来るかもしれないと。
ミコよりも、霊力と術の扱いにも長けていたはずの美琴は、なぜそう言ったのだろう?
そもそも拒絶の結界は何の為にあるのだろうか?
巫女を守るため。
何から?
敵から?
それもあるのだろう。
美琴は、どうして清らかな心を持ち続けられたのだろうか?
結界が、周りの嫌な感情に影響を受けないように、心を守っていた?
嫌な感情を持たないように、外界との接触を避けるように…?
美琴が、拒絶の結界を初めて生み出した時、人間への恨みや憎しみが生まれようとしていた。
しかし、結界を発した後も、美琴は清らかな心で、人間たちの為に祈り続けていた。
では何故、結界は敵意の無い、一夜まで拒絶するのか?
一夜の邪気や、憎しみ、それを拒絶しているのだろうか?
美琴と一夜は、愛し合っていた。
愛があれば、嫉妬が生まれ、愛すれば愛するほど、裏切られた時に憎しみを生み出す。
そうなる前に結界は拒絶しているのだろうか?
最初は、一夜の敵意に反応して拒絶していたのだろう。
しかし、敵意がなくなった後は、巫女の心に陰を落とさぬように、一夜からの愛を拒絶していたのだろうか?
美琴は、自らの意志で一夜を拒絶し続けていた?
巫女の清らかさを保つために?
美琴は、全ての人々の為に祈り続ける為に、一夜を拒絶し続けていた?
ずっと、迷っていたのかもしれない。
どちらかを選ばなければいけなかったのだろうか?
両方を選ぶことは、巫女には出来ないのだろうか?
『お前なら上手くやれると思うておる。拒絶の結界も、お前と一夜なら何とかなるかも知れぬ』
美琴は、一夜を受け入れる方法もあると、分かっていたのかもしれない。
では、私は何故、一夜を拒絶したのだろう?
私は…?
「ミコ様! 」
水から出てきたミコに、タオルを持ってきた一夜が声を掛ける。
「何をやっていたのですが? 風邪を引きますよ! 二葉は何をしていたんですか? 」
しまった。
また二葉が怒られてしまう。
「黙って窓から出て来ちゃった」
タオルで体を包みながら、一夜の顔をじっと見る。
「ミコ様? どうかなさいましたか? 」
(私は…? )
「いや、何でもない」
遠くにあった敵意は、近づいて来ていた。
「一夜」
「はい。分かっています」
「二葉! 」
二葉は、呼ばれて、慌てて外に出てくる。
「ミ、ミコ様、いつの間に外に…何故、びしょ濡れなのですか? 」
一夜は、白けた目で二葉を見る。
しかし、最近の二葉はその冷たい目にも怯まなくなってきた。
「私の事は大丈夫。それよりも、敵が近づいて来ている。準備はいい? 」
「はい! 」
二葉の元気のいい返事に、ミコは頷く。
「おやおや、わざわざお迎えをしてくれるとはのう?」
「いや、礼には及ば無いよ。こちらも、準備はバッチリ出来たからね」
敵の言葉に、ミコは自信満々にそう答えた。
現れたのは、フランス人形のような黒のドレスを着込んだ、金髪の少女だった。
優雅に、空を歩くようにやって来たそいつは、夜なのに、ドレスと同じ漆黒の日傘をさしていた。
見た目と喋り方のギャップがすごいが、この喋り方には覚えがあった。
以前、神社に現れた、五月人形。
そいつと同じ喋り方をしている。
しかし、そいつとは比べ物になら無いほどの霊力を感じていた。
「我の人形を壊してくれた礼をしにきてやった。おっと、自己紹介がまだただったかのう…我は、吉将の十二天将、大陰。定めの巫女、その遺体、貰い受ける」
大陰はそう言うと、日傘を投げ捨て、ドレスの裾から、体の三倍はある大鎌を取り出してくる。
チェーンに繋がれた大鎌は、月の光を受け、怪しく鈍い銀色の光を放つ。
大陰は、大鎌をミコに向かって投げつける。
鎌は、拒絶の結界を物ともせず、ミコの胸に向かって飛んでくる。
(やはり結界は役に立た無いかっ!! )
ミコは大きく後ろに飛び、
「二葉!! 」
「はい、ミコ様! 」
二葉は、ミコの体に吸い込まれるように入って行く。
ミコは、二葉を取り入れることで、火と水の術を詠唱せずに出せるようになったのだ。
一夜は、ミコに向かって釜が投げられた瞬間に、大陰に向かって、攻撃を仕掛けて行く。
背中に甲虫の羽を広げ、手を蠍の尾に変える。
そのまま大陰を捉えようと、巻き付こうとするが、大陰が手を翳した瞬間、尾の先端を簡単に砕いた。
「我が体は特別製でのぉ…お前の体は柔いのぉ」
「っく! 」
一夜は砕けた尾を無数の蟲に変え、大陰の体を包み込もうとする。
しかし、蟲は力無く地面に崩れ落ちた。
(万事休す。ここまでとは…)
あの一夜が、圧倒的に押されているのを見て、ミコの額からは冷や汗が流れ落ちる。
しかし、こちらも、全てを一夜の力に頼ろうとしていた訳ではない。
「行くぞ、二葉! 反撃だ! 」
ミコはそう言うと、炎の鞭を手に、大陰に攻撃を仕掛けて行くのだった。
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