第36話 母性本能
「
二葉の泣きそうな声が、家中に響く。
「え? でも、二葉様が、これは洗う物だと言っていたので…」
「でも、これは洋服を洗う物だからね」
ミコは、二人のやり取りを見ながら、
「かわいいなぁ〜」
と、思わず口元が緩む。
三月がうちに来てからというもの、世間の事を何も知らなかった彼女に、二葉が色々と教えていたのだ。
自分が浮遊霊だった事も最近知ったらしく、それまでは、何故皆が自分の存在を無視するのかも分からなかったと言うのだ。
歳の頃は七、八歳だろうか。
本人も正確にいつ死んだか分かっていないため、それは見た目に依存している。
それ位の年頃の子であれば、普通は家事もした事など無いだろう。
洗濯も、料理も、二葉に丁寧に教えられながら、一つずつお覚えていっているのだ。
二葉は、早くに両親を亡くしていた為、彼の姉と協力して家事も一通り行っていたのだろう。
その優しい性格も相まって、三月に教える姿は、さながら兄妹のように思えたのだ。
「ミコ様。朝っぱらから、ショタ、ロリ丸出して、何ニヤニヤしているのですか? 」
ミコの肩がビクりと緊張する。
(ああ、これは、久々に来たなぁ〜)
そんな事を考えながら振り向くと、そこには超が付くほどの美青年、一夜が、嫌悪の眼差しをこちらに向けていた。
「小さくて可愛いものを愛でるのは、人としてのサガだと思うのだよ、一夜君」
「へぇ〜。じゃあ、私も、可愛いものを愛でるとしましょうか」
そう言うと、一夜は、ミコの顔に、自分の顔を近づけてくる。
ミコの顔の鼻先三寸まで近づけた所で、
「ち、近い! 近いってば!! 」
ミコは、そう言いながら体を仰け反らせる。
「ふーん。前に、カズマとは、同じくらい顔を近づけていましたけどね」
少し前にあった出来事を掘り返してくる一夜。
まるで、彼氏と喧嘩中に、過去のことを掘り返してくる女の子のようだ。
「今、女々しいとか思ってるでしょ? 」
「うっ…。思って、ません…」
顔を背けながら言うミコには、さぞかし説得力がなかっただろう。
一夜は溜息を一つ吐く。
「ミコ様、まさかとは思いますが、ロリコン丸出しで、アレを自分の式神にしたわけでは無いですよね? 」
「流石に、それは無いって。そんな事言い出したら、大陰も式神にしなくちゃいけないじゃん」
大陰とは、先日、ミコ達と激しい戦闘を行った十二神将である。
「まあ、確かにそうですね…。分かりました。しかし、これだけは覚えておいてください。私は未だに、あの浮遊霊は信用していないという事」
「…分かったよ」
頷きながら返事をするミコに、一夜は少し優しい笑みを浮かべるのだった。
「明日位から、山籠りの修行に入ると思う」
ミコの唐突な言葉に、箸から卵焼きを落っことすカズマ。
学校の昼休み、いつものように、ミコの席に集まってきた二人に向かって言い放つ。
カズマの落とした卵焼きを箸でつまみあげ、自分の口に運ぶミコ。
カズマのお母さんが作った料理は、とても美味しいのだ。
「それはまた…すごく急じゃ無いですか?」
カズマよりは、いくらか落ち着いた様子で、セイラが尋ねてくる。
「本当はもう少し先にしようと思ってたんだけど、期末テストが終わったから、もう夏休みでしょ? 出来れば長く時間を取れた方がいいかと思って。何日か学校は休む事になるけど、修行にどれくらいかかるかわからない事を考えると、なるべく早めに行きたいと思ってる」
「ミコ、一人で平気なのか?俺もついて行ってもいいんだそ?」
「カズマは赤点確定なんだから、ちゃんと出席しないとダメだぞ。それに、自分の式神を連れて行くから、問題無いよ」
「私も、付いて行ってはダメですか? 」
少し心配そうな顔をしながら尋ねるセイラ。
元々、表情が乏しいので、感情は読み取りづらい。
「今回行くのは己を鍛える為だ。敵と戦いに行くわけじゃ無い。だから、安心して待ってていいよ」
「ミコさん…。大変言いにくいのですが、あの新しい式神『三月』を連れて行くのも不安なのです。私も、あの少女から邪気を感じている訳ではありません。でも、あの少女がミコさんに災いを運んで来るような気がしてならないのです」
セイラは、ただのロリ系少女では無い。
その昔、定めの巫女の側に仕えていた、星詠みという占い師なのである。
「それは、占いの結果なの?」
ミコの問いにゆっくりと首を横に振る。
「占いではありません。しかし、胸騒ぎがするのです。本当ならミコさんと一緒に付いて行きたいのですが…夏は家族と一度アメリカに行かなくてはならないのです。でも、ミコさんの為なら、私、キャンセルします」
「そうか…。うん。分かった。気をつけるよ。ありがとう。でも、本当に大丈夫だから、安心して、ご家族と旅行に行っておいで」
「わかりました。帰ったらすぐにお家に伺いますね。あまり好きではありませんが、ミコさんの側には一夜が居ます。あいつが一緒なら、少しは安心ですね」
セイラも、一夜の事は嫌いらしいが、その強さは認めているようだ。
一夜のあの性格なら、皆んなに嫌われるのも仕方がないのだろうか。
(あれでも結構良いところが有るんだけど…たぶん)
「あいつが居るから心配って事もあるんだけどな! 」
「カズマは何が心配なんだ? 」
「ミコの貞操が心配だ」
ゴンっ!!
ミコは無言でカズマの頭に拳を振り下ろす。
「いってーー! 何するんだよ!! 」
「カズマがおかしな事を言うからだろ!! 一夜は式神だ。そんな心配は皆無だ」
「ミコがそうでも、アイツはそう思ってない! それに、この前抱きついてただろ? 」
「それは…必要だったから…それに、相手が一夜じゃなくても、カズマやセイラだって、同じ事をしていたと思うし…」
それを聞いたセイラは、何故か両手を広げて、目をキラキラさせてハグの体勢で待っている。
何だかその姿が、小さい子供がお母さんに甘えている様に見えて、とても可愛い。
ミコよりも十センチ以上小さいセイラは、抱き寄せると本当に妹みたいだった。
(可愛すぎる〜!! )
あくまでこれは、母性本能であって、ロリコン、ショタコンの気があるわけではない。
ふと気がつくと、 隣で、カズマが腕を広げて待っていた。
「必要…ないよね? 」
一言だけカズマに言うと、ミコは、お弁当の続きを食べ始める。
セイラはそんなカズマを一瞥すると、明らかに勝ち誇った顔をする。
「カズマ、食べないなら卵焼きもう一個頂戴! 」
少し寂しそうなカズマを横目に、卵焼きを頬張るのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます