第10話 開戦!

 アヤカの住んでいる部屋は、ガランとしていて、とても年頃の女性が住んでいるようには思えなかった。




「すみません、何もなくてお恥ずかしいのですが…」




 そう言いながら、アヤカはいつも勉強をしているであろう小さなちゃぶ台に、お茶の入ったカップを3つ並べてくれた。




「ありがとうございます」




 一夜は御礼を述べるとともに、アヤカに流し目を向ける。アヤカはまた恥ずかしそうに顔お赤くし、下を向きながら、




「あ、い、一夜様、い、いえ、大したお構いも出来ませんが…」




 小さい声でそう答えた。




(やめい…私を真ん中に挟んで何をやっている…一夜様・って…)




 アヤカの部屋に到着するまでに自己紹介は済ませていた。が、やはり何かの術にかかっているのか、一夜だけは様・だった。


 一夜とアヤカに挟まれて、ミコは何故か気まずい気持ちになってきた。


 二葉は見ていられないとばかりに目を背けて、ため息を一つ。




「コホンっ」




(子供の教育によろしくないぞ!)




 二葉の事を思うとこれ以上は続けさせてはいけないと思い、ミコは咳払いを一つ。




「改めてお聞きしますが、ここ最近で、何か変わった事とかはありませんでしたか?」 


「あ、はい。こんな事ご相談すべきかどうか分からないのですが…実は、アキラが亡くなった後から、夢でうなされる様になったんです。『次はお前の番だ』って、夢の中でずっと言われるようになって。最初はあの子が亡くなってしまった罪悪感から、思い詰めてしまったのだと思っていたのですが…あの子は許してくれてるどころか、私の幸せまで願ってくれたんです」




 うっすらと目に涙を溜めながら話すアヤカ。




「それを聞いて、心が晴れたような気がしたんです。ああ、もう大丈夫かな?もう、あんな夢は見ないって、そう思っていたんですが…。本当に、信じていただけるか分からないのですが…この身体中の切り傷や、青あざは、寝てる間に増えていくんです」




 アヤカは青い顔をしながら少し震えている。


 親を亡くし、弟も亡くし、次はお前の番だと言われ、流石に疲弊し切っていただろう。更に見覚えの無い傷…。小さい頃から霊と慣れ親しんできたミコでさえ、同情してしまうほどに、アヤカは不幸を背負い込んでいた。


 


 ミコはアヤカの背中を撫でながら、落ち着かせ、お茶を飲むように進める。


 すると、アヤカはキョトンとした顔をしながら、




「あれ? 私、お客様が3人いると思い込んでました。何でだろう?? 」




 どうやら、アヤカは二葉の存在を感じているようだった。見えないけど、姉弟の絆のような物があるのかもしれない。


 二葉は少し戸惑いながら、カップを両手で包んでいるアヤカの震える手に、自分の手を重ねる。




「大丈夫だよお姉ちゃん。僕がきっと助けるから。もうこれ以上、お姉ちゃんに何もさせない。約束だよ」




 たぶん、アヤカには二葉の声は聞こえていないだろう。しかし、不思議とアヤカの震えは止まり、少し安心したような顔をしていた。


 なんて美しいんだろう。お互いの事をこんなにも思い合えるなんて…。


 ミコは自然と涙ぐんでいる自分に気が付き、制服の袖でゴシゴシと顔を拭う。




「あ、ごめんなさい、怖い話を聞かせてしまって」




 自分が一番怖い思いをしたはずなのに、気遣ってくれるアヤカに、ミコはさらに感動してしまう。




「だいいじょうぶでず…」


「お話聞いて頂いて、少し落ち着きました。もう問題ない気がしてきました。今は何だか、心が穏やかで、あったかいような…そんな感じがしています。誰かに話を聞いてもらえて良かった。本当にありがとうございます」




 そう言って微笑むアヤカの顔は、とても穏やかな表情になっていた。


 この人を守ろう。また新たな決意を胸に、アヤカの家を後にするのだった。




 帰り道ーー




「やるよ。決戦は夜だ」




 ミコの言葉に




「はい」




と答える二葉。


 そして、微笑みながら頷く一夜。




(絶対に、不幸になんかさせない!)










 夜の住宅街、皆寝静まった住民達。闇夜に隠れながら、ミコ達はその時を待っていた。




(来る!! )




 バチバチバチッ!!




(かかった!! )




 何者かがミコの貼った結界にぶつかったようだ。アヤカの部屋には、一枚一枚丁寧に書き上げ、オマケに念を入れた特別製の護符が大量に貼ってある。多少漢字を間違い、一夜に指摘はされたが、要は気持ちの問題なのだ。想いの強さなら負けない。




(絶対に守る!! )




「はぁっ! 」




 ミコは更に強く念じ、そいつを結界から弾き飛ばした。




「行くよ! 」




 ミコ達は、正体を突き止めるためにそいつが落下した辺りに走る。




「うっ」




 そいつを一目見るなり、ミコは呻き声を上げてしまった。




(気持ち悪っ! )




 そいつは童人形の様な風貌をしているが、目が無く、顔はひび割れ、首は常に傾げられている。


 ミコの結界にぶち当たったせいなのかはわからないが、完全に『壊れた人形』状態になっていた。




「ゆるさぬ…ゆるさぬ…」




 口ではブツブツとそう呟いており、乱れた髪は更に人形の不気味さを増し、伽藍堂の目の中には蠢く何かが大量に居た。フラフラと左右に揺れながら力無く歩く姿は狂気そのものだ。


 二葉の顔は青ざめ、その気色の悪さに口元を抑えている。




「来ますよ! 」




 一夜のその言葉を合図に、童人形は、目ん玉の中身をこちらに飛ばしてくる。


 黒い魂のような物が二葉に向かい迫り来る。


 ミコは動けぬ二葉を引っ掴み、電柱の後ろに隠す。




「二葉、大丈夫。君は少しここに隠れていなさい」




 その言葉に二葉は正気を取り戻し、




「大丈夫です。すみません。戦えます」


「わかった。けど、無理はするなよ」




 二葉の頬を撫でながら、そう言い残し、ミコは敵の前に躍り出る。


 二葉は火を操りながら、黒い魂達に向けて火球を投げる。人形を見ないようにしながら…。




(大丈夫そう…か? )


 そう思いながら敵に改めて向き直る。


 


 人形の目の中には、まだ黒い魂のような物達が蠢いている。数十、数百のその魂達は邪気を放ちながら人形の両目を出入りしている。たまに魂達がくっ付いたり分かれたりしながら徘徊し、大きくなった魂は、無理やり人形の目の中へ戻ろうとつっかえながら押し入り、更に人形にひび割れを作る。




 うっぷ。




 流石のミコも口を抑える。気持ちが悪いことこの上ない。真正面からしっかり観察したことを後悔してしまった。




(いかんいかん)




 ミコは首を振りながら一夜に言われた事を思い出す。




『生死を賭けた戦い…死を覚悟した者たちが本気で勝つ為に向かってくる。その強い思いよりも更に強い思いをぶつけなければ、そんな奴らには勝てないのですよ』




 ミコの命だけでは無い。アヤカの命だってかかっている。


 気持ちで負けてはいけない。




「はぁぁぁぁ」


 ミコはゆっくり息を吐き、




(絶対に…)




 目を見開く。




(勝つ!! )




「行くぞ! 」




 そう叫ぶと人形に向かって拳を向けるのだった。










 一夜は黒い魂を一つずつ潰しながら、分析をしていた。


 もちろん、主の動向からは目を離さぬまま。




(あの役立たずは、またミコ様に触れて…穢らわしい)




 二葉に触れたのはミコだが、一夜にとってはそれはどちらでも良い事なのだ。




 どうも先程から腑に落ちない。大量の魂が童人形の中に入っているのだが、その人形自体からは意志のような物を何も感じとれないのだ。




(これほどの憎しみを振り撒きながら歩いているのに…? )




 一つ一つ魂を潰すのも面倒になってきた一夜は、掌を翳し、そいつらを吸い込み魂の記憶ごと喰うことにした。




(なるほど、そういう事ですか…)




 一夜は主の元に駆け寄る。


 死角ができないように、主の背中越しに話をする。




「ミコ様。その人形も本体ではありません。この魂達は、その『器』である人形に無理やり集められ、閉じ込められただけの様です」




 黒い魂達を葬りながら続ける。




 「人形はただの媒体で、本体は何処か別にあり、強い怨念によって人形を操り、魂をかき集めさせてるではないかと推測されます」




 主は黒い魂を拳や蹴りで迎撃、人形への一撃を狙っているようだ。




「へぇ。じゃあ、お祓いしてやれば良いんだな? 」


 ククククっ。




(さすがは我が主人)




 一夜の言わんとしたことがすぐにわかったようだ。




「じゃあ、特大のを行くよ! 一夜、しばらく私の体を守れ! 」


「御意」




 フフフフっ。


 邪悪な笑みを浮かべたまま一夜は叫ぶ。




「あっはははは。さあ、お前ら全員狩ってしまいましょう!! 」




 主と心が通じ合えた事に嬉しくなってしまい、ついつい仮面が剥がれ落ちてしまう。


 一夜は自分の両手を蛇の形に変えると、ミコの周り数メートルにいた黒い魂を塵一つ残さずに喰らい尽くしていった。

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