第16話 牡丹と柚子
清花を結界に閉じ込めた後、二葉は思い出したように話し始めた。
「この場所は、まだ小さい時に家族と一緒に何度か来た事がありました。一年に一度、この場所に牡丹と柚子をお供えするのが、先祖からの習わしになっていました。最近は、忙しくて来れなくなってしまっていたので、すっかり忘れていました」
二葉は少し申し訳無さそうにそう言って、結界に触れる。
清花は、二葉に向かって、火球を放とうとするが、結界に阻まれて届かない。
「ご先祖様達の事許してとは言えませんが…僕の姉のアヤカの事は、もう許してやっては頂けませんか? 」
清花は、手負の動物のように威嚇しながら二葉を睨む。
「この女はもう長年憎しみに心を喰われすぎてるみたいですね。自我もほとんど失われているし、聞く耳も持っていない…これ以上は何を話しても無駄でしょう。消し去ってしまった方が早いかも知れませんね」
一夜の言う通りなのかもしれない。
積年の憎しみは既に清花の人格さえも無くしてしまっているのかも知れない。
やはりーー、
「二葉、今から降霊をする。清花の主人だった女の子を呼ぼうと思ってる」
「ミコ様、それは危険では無いのですか?乗っ取られでもしたら…」
「その時は…何でも出来る一夜がきっと助けてくれるさ」
チラっと一夜の方を見てみると、表情が『やれやれ』と言っているように見える。
どうやら問題はなさそうだ。
ミコはしゃがみこみ、二葉の肩に手を置く。
「もし先祖が本当に悪い事してたら、二葉は罪悪感を感じてしまうかも知れない。それでも、清花を悪霊のまま終わらせたくはないんだ」
本当ならば話し合いで済ませたかったのだ
しかし、清花にこちらの声は全く届いていない。
ならば、清花が最も信頼し、悪霊になるキッカケでもあった柚葉に話をしてもらうのが良いのかも知れない。
柚葉から、『もう十分だ』と言って貰えれば、清花も憎しみを解いてくれるかもしれない。
そうそう上手く行くかどうかの保証はないのだが…。
「ミコ様、僕は構いません。姉が助かるのなら…もしこの人も憎しみから解放されるのであれば」
優しい二葉ならこう言うと思っていた。
(ごめんね、二葉…)
ミコは護符を一枚取り出し、何もない地面に火を召喚する。
火に向かい手を組み、祈りを捧げ、清花の中で見た、柚葉の姿を追う。
(柚葉、力を貸して欲しい!! )
その瞬間、ミコの体は光に包まれる。
柔らかい光は、ミコを柚葉の姿に変えた。
「ゆ…ずは…様」
今までの清花の表情とは違う、少し人間味を帯びた顔をしながら、柚葉を見る。
「清花、あなたは勘違いをしてしまったのね。信之介様は私を殺してはいないのよ」
「いいえ、柚葉様。私はこの目で見たのです。信之介様はあなたに刃を…」
柚葉は悲しそうに首を横に振る。
「あの時、私は、悪霊に操られるままに、屋敷に火を放ってしまった。私は、止めようとしていた信之介様をも傷つけてしまった。自分の手で信之介様殺そうとしている…そう、思ったら私は…だから、悪霊の隙をつき、自ら胸を貫いたの」
「そんな…では、何故あの時、信之介様は逃げたのですか?」
「思い出して、清花。あなたは悪霊となった後も、信之介様の全てを見ていたはずなのよ」
記憶が曖昧なのだろうか。それとも清花はもう憎しみの記憶以外は消し去ってしまったのだろうか。
「信之介様は…」
柚葉が答え合わせをするかのように、ゆっくりと屋敷を去った後の、信之介の話を始める。
「悪霊を追って飛び出した後、自らの命をかけて悪霊を倒した。しかし、その時負った深い傷のせいで、行き倒れになっている時に、とある村の村人達に助けられ、そこで信之介様はご結婚なされた。でも、決して信之介様は私達の事を忘れたわけではなかった」
「牡丹と柚子…」
清花は何かを思い出したように呟く。
柚葉は頷き、結界に掌をそっと置く。
清花は悲しげな表情をしながら、結界越しに、柚葉と手を重ねる。
「信之介様は子孫の代に渡って、この地にお供えしてくれていた。
私は、信之介様のお心にいつまでも寄り添えて、とても幸せだったわ。
だから、お幸せになられた事を喜んだわ。
もう誰も憎む必要なんか無い。
貴方自身がかけた、その呪いから解放されて、自由になるのよ…」
ミコの中の柚葉はスッと消えて行った。
清花の憎しみが溶けていった事が分かったのだろうか。
その顔には、元の人間だった頃の若い娘の顔に戻っていた。
「巫女様…ありがとうございました」
清花は付き物が落ちたような顔をしながら礼を言ってきた。
「なぜ、こうなってしまったのかなぁ。私はどこから間違えてしまったのでしょう? 大切な柚葉様に嫉妬をして、好きになってはいけない人を好きになってしまった。最後には憎しみや恨みに変えてしまうなんて…」
清花は天を仰ぎ、涙が流れない様に必死に耐えている様にも見える。
「清花…好きになる気持ちも、憎む気持ちも、人間は皆んなが持ってるものなんだ。清花は消して悪い事をした訳じゃ無いんだよ。でも、もし間違ったと思ったのなら、間違った時は修正すればいいんだ。そう友達が私に教えてくれた」
少し照れながら、ミコは掌を組み、
「解! 」
清花を閉じ込めていた結界を解除する。
もう清花が暴れ出す事も無いだろう。
「ただ、運悪くその感情を利用する悪霊がいた」
清花は目を瞑り、決心をした様に話し出す。
「巫女様、私を柚葉様と一緒に、この地に眠らせて頂けますか?」
「もちろんだよ」
「ありがとうございます。巫女様、私は悪霊となった時に、誰かに命令をされていた様な気がします。そこの式神に悪霊を取り憑かせた時も、魂を集めていた時も、命令通りに動かされていた。私の憎しみは誰かに利用されていたのかもしれません。信じて貰えるかは、分からないのですが…」
清花は、ミコの方を見る。
「巫女様を狙っている者が…うっ…」
清花は言いかけて、急に苦しみ出す。
「あああああああ…」
『殺せ…定めの巫女を…殺せ 』
ミコは、覚えの無い声を聞き、油断していた。
その瞬間ーー、
ドスっ!
ミコに襲いかかろうとしていた清花は、一夜によって胸を一突きにされる。
「ゆ…ずは…さ…」
清花は最後まで言い終えることなく、消滅した。
(何が起きた? 何故清花は…?)
一瞬の出来事にミコは理解が追いつかなかった。
「ミコ様お怪我は? 」
「大…丈夫」
「あの女は、本当に操られていた様ですね。結界を解いた事で、何者かがまた邪気を送り込んできたようです」
分かっている、一夜のやった事は正しいのだ。
あのままではミコが危なかったのだ。
しかし、気持ちはついていかない。
(清花は心は救われたのだろうか? 私のやってきたことは? )
考えてるうちに沸々と怒りが湧いてきた。
(ふざけるなよ。絶対に許さない! )
誰だか知らないが、もうすぐ清花も清めてあげられるところだった。
柚葉と同じ場所に眠らせてあげられる所だったのに。
清花は魂を残すこと無く、文字通りの消滅をしたのである。
「一夜、さっきのは? 」
「ええ、どうやら、邪気だけを飛ばしていたので、追えませんね」
一夜が追えないと言うならそうなのだろう。
なんとも言えない後味の悪い結末になってしまった。
ミコは、悔しさと怒りで唇を噛み締め、地面に拳を叩き付ける事しか出来なかった。
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