第15話 vs 清花

 ミコは目が覚めた後、自分の左手をワキワキと動かしてみる。




(なんか赤くなってない?)




 なんとなく痛い様な気もしたが、昨日も色々あったからそのせいだろうと、あまり深くは考えないことにした。


 昨日カズマと話をした事で、吹っ切れたのだ。




(アヤカを絶対に助ける! そして、清花も! )




 ミコは、自分に出来ることは分かっていた。 


 自分の生まれながらの憑依体質を利用するのだ。


 とても危険な事かもしれないし、また意識を失ってしまうかもしれない。


 乗っ取られたり、自分の母の様に死んでしまってもおかしくはない。


 それでも、ミコはそう心に決めていた。


 


 ただ、少しだけ不安に思う事があった。




(自分が死んだら、自分の式神はどうなるのだろう? )




 なんとなく、一夜は心配無い気がする。ミコにそう思わせる位に、一夜は強いし、式神として呼び出す時にも、すでに『一夜』という存在として、そこにいたのだ。




 ただ、二葉は…。




「ミコ様に式神として呼び出して頂いた時に、僕の魂はミコ様に預けました。この魂を賭けて、ミコ様を生かすのが、僕の役目です」




 二葉にミコの心配事を話すと、そんな答えが返ってきた。


 戦う事に、戸惑い、決意が出来ていなかったのは自分だけだった。




(こんな小さな二葉の心がもう決まっていたのにな…)




 ミコは、二葉の頭を撫でて、微笑む事しか出来なかった。










 一夜は実にあっけらかんとしていた。


 


「ミコ様は私がお守りするのです。何事も起きるわけはございません」




 ミコは、一夜から期待通り力強い言葉を聞き、安堵した。




「ずっと、お側にいますよ」




 ニコニコとしながら言う一夜に、少し寒気を感じる。




(式神になる前の前世が、ストーカーだったのかもしれない…)




 そんなアホな事を考えつつ、一夜が側に居てくれる事はとても心強かった。










 「よし、行くぞ! 」




 ミコは自分を奮い立たせる。


 一夜の案内のもと、清花という悪霊が生まれたであろう場所に向かっていた。


 電車を乗り継ぎ一時間、ミコの住む所からさほど遠くない場所だが、その土地には、家も建たず、更地になっていた。


 清花の陰の気は凄まじく、草木も枯れ果てた土地に、近づこうとする者はいなかったのだ。




 しかしーー、




「僕、この場所を知ってる様な気がします」




 二葉は唐突にそう言った。やはり、信之介の強い想いが、二葉にも宿っているのか、それともーー、




「二葉! 」




 ミコの声に二葉は反応し、空中に飛び上がる。


 攻撃を避けたのも束の間、清花は二葉のすぐ目の前に現れる。




「信之介様、さあ、一緒に地獄に堕ちましょう」




 清花は二葉に信之介の影を見ているのだろうか、そう語りかけながら、二葉の首に手を回す。




「うっ…」




 二葉は、少し呻きながら、両手で炎を操り、清花の手を弾く。




「二葉! 避けろ! 」




 二葉はすぐさま地面に降り立ち、ミコに向かって走り出す。


 ミコは、一枚の護符を取り出し、




『森羅万象の五つのことわり


相剋 陰を巡らせ 


火のもの、水を以て制す』




 ミコは言霊と共に護符を清花に放つ。


 護符は形を変え、球体の水牢を作り出し、清花の動きを止める。


 


 「清花! 今一度思い出して欲しい! 柚葉は、君と信之介が幸せになる事を望んでいたはずだ! 」




 ミコの呼びかけが聞こえていないのか、信之介の名前を呼びながら水牢の破壊を試みている。


 


「あああああああ…」




 呻き声と共に、全身に炎を纏い、ミコが召喚した水を蒸発させていく。


 やはり、これだけでは長くは持たなさそうだ。


 二葉と信之介を重ねたことで、清花の想いの強さが、更に増した様に見える。




「一夜!」


「お任せを」




 ミコの呼び声に答え、一夜は、古ぼけた壺を掌に取り出し乗せる。


 掌サイズのツボなのに、蓋を開けた瞬間、水牢ごと清花を吸い込んだ。


 一夜は蓋を閉め、壺を地面に置く。




「このまま壺ごと喰って仕舞えば万事解決ですが…」


「却下」




 一夜のアイデアをミコはすぐに否定する。




「っていうか、何でも食べ過ぎでしょ…」




 一夜にツッコミを入れつつ、まずは、清花にはちょっと落ち着いてもらわないと話も出来やしない。


 あらかじめ一夜には、ミコの術が効かなかった時に、抑える役目をお願いしていたのだが、とても簡単に出来てしまった。




「一夜、この壺って、どんな効果があるんだ? 」




 とりあえず、今後の方針を決める為にも、どれくらい封印出来るのかなど、聞いておく必要がある。




「はい、この壺は『蠱毒(こどく)の壺』で、強力な呪いを生み出す為に作られた…」




(はい!?)




 清花の呪いを消す為に色々やっているというのに…




(新たな呪いを生み出してどうするんだぁ〜)




 ミコは焦って、一夜の言葉を最後まで聞く前に、蓋を開けてしまった。


 壺の中で暴れていたのか、少し息があがった清花が飛び出してくる。




「ああ、ミコ様、開けちゃダメですよ」


「いやいや、新しく呪い作るつもりだったのか!?」


「いいえ、蟲に憎しみを喰うように命令していただけです」




そう言われてみれば、少しだけ邪気が弱まっている感じがする。




「もう少し弱らせても良かったんですけどね。開けてしまったものは仕方ありませんね」




 そう言われると、一夜の話を聞かずに開けてしまった事を反省せざるを得ない。




「ご、ごめんなさい…」


「そそっかしいのは分かっているので大丈夫です。ミコ様に思慮深さを求めるなんて、愚の骨頂ですものね」




(久しぶりの毒吐きキター)




 最近の一夜はミコに対して甘々だったのだが…顔に出さないだけで怒っているのかもしれない。




「あああああああああ…」




 清花は呻きながら、こちらに向かって火球を投げつけてきた。




(しまった! )




 ドォーーーーン!




 熱風がミコの髪と肌をチリチリと焼く。


 しかし、それだけでだった。


 火球の大きさを考えると、大した衝撃は無い。


 うっすらと目を開けると、一夜がミコの前に立っていた。




「一夜! 」




 一夜は熱風に煽られながら、右腕を左から右に水平に一線させる。


 ただそれだけで、火球を消し去り、清花を衝撃で吹っ飛ばす。




「まだ話が終わって無いんで、邪魔しないでください」




(あ、やっぱり怒ってた…)




 顔には出てないけど、怒っている。このままじゃ、清花の呪いを解いてやる前に、消されかねない。


 と、その時ーー




「ミコ様! 準備が出来ました! 」


「二葉、ありがとう! 」




『森羅万象の五つのことわり 


木を以て土を制し


土を以て水を制し


水を以て火を制し


火を以て金を制し


金を以て木を制する


五行封印!!」




 いつの間にか地面に描かれた五芒星は光を放ち、清花を囲む。


 更にミコが手で韻を結ぶと、五芒星は小さくなっていき、人ひとりが入る大きさで、動きを止める。


 先程の水牢と違い、準備に時間がかかってしまう為、二葉を使い、五芒星を描かせ、護符を張り巡らせていたのだ。


 何とか、一夜に消される前に清花を助けることが出来たようだ。




(親父に聞いておいて良かった)




 普段ならば、親父を避けるミコなのだが、今は色々と一大事なのだ。


 まだ術を使うことに不慣れなミコだが、護符を使うことによってその力の流れ方をイメージし、術を作り出す事が出来た。




「これで作戦の、第一段階が終了だね」




一夜はまだ何か言いたそうにしているが、文句は後にしてもらおう。




(あとが怖いけど…)

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