第二章

第18話 セイラ

 ミコは、学校で絡まれていた。


 興味の無い事は覚えないタチなので、その子の噂など、知る由もなかったのだが。


 


「ミコ!ラッキーだよ!セイラに占って貰えるんだから!」




 クラスで仲良くしている女の子、ナオは楽しそうに言う。


 ナオはショートカットに日焼けした肌の、スポーツ女子だ。


 快活な性格は、ミコと、とてもウマが合うのだ。


 ナオの話によると、セイラは、気になった子に対して、突然占いを始めるのだと言う。


 その占いの精度は100%らしく、未来予知能力でもあるのかと、噂をされているらしい。




 ミコは占いには全く興味が無く、セイラにお願いをした訳でも無い。


 クラスの違うセイラの顔は愚か、名前もナオに聞き、初めて知ったのだ。


 放課後、ミコが帰ろうとして居る所、廊下でいきなり袖を掴まれたのだ。


 最初は、興味が無いから断っていたのだが、ナオの勧めと、セイラが袖を離してくれなかった事もあり、仕方なく占ってもらう事にした。




 セイラは、小柄な子で、高校生ながらに身長は小学生と変わらない程だった。


 髪はロングヘアーで、眉毛で切り揃えられた前髪が、幼さを助長させている。


 最初に袖を掴まれた時、生徒の妹が迷子になったのかと思ったくらいだった。


 制服を着ていたから一応高校生だと分かったものの、危うく子供言葉で話しかける所だったのだ。




 セイラは、放課後の教室で、黙々と机の上でタロットを混ぜ、




「手を置いてください」




 ミコは言われるがまま、机の上に手を置くと、セイラはその上から自分の手を重ねてくる。


 セイラは一枚一枚タロットを机の上に並べ、読み上げていく。




「魔術師の逆位置


塔の正位置


月の正位置


戦車の逆位置」




 ミコにはさっぱりわからないのだが、セイラの冷たい手と、タロットに描かれた神秘的な絵柄も相まって、ドキドキと鼓動が速くなるのが分かった。




「思い通りに事は進まず、周りに流される。予想外の出来事が起こり、不安や迷い、現実を受け入れられ無い状態が続きます」




 占いの結果を聞き、ふと、最近起きた出来事を思いだす。


 先日、清花という霊に振り回されたり、最終的には、ミコの想定外のことが起こり、うやむやのまま終わってしまった。


 言い当てられたような気がして、占いに対して少し興味が湧いてきた。




「世界の正位置と…」




 言いかけて手を止める。


 どうしたのかと、顔を覗き込むと、難しい顔をしている。




「何やってんだ?」




 唐突に後ろから話しかけられた。


 タロットに集中していて気が付かなかったため、ドキドキしていた心臓が口から飛び出そうになる。




「うぁぁ。ビックリしたぁ」




 声の主は、毎度お馴染み幼馴染みのカズマだった。


 セイラは急な来訪者にも動じていないようだった。




「今、良いところだから邪魔しないでよ〜」




 占いの行方が気になっていたナオは、カズマを嗜める。




「ナオ、さっき陸上部の先輩が探してたぞ」


「しまった!呼ばれてたの忘れてた!」




 カズマに言われ、ナオは鞄を肩にかけると、急いで廊下に飛び出していく。




「カズマ!占いの邪魔しちゃ駄目だぞ! ミコ、また明日ね!」




 そう言い残すと、ナオはバタバタと廊下を走り去って行った。


 ナオの後ろ姿を見送り、セイラに視線を移すと、手を顎に当て、まだ悩んでいるように見えた。


 少しの間をおいて、セイラは意外な事を言い出した。




「しばらくミコさんの事を観察することにします」


「え!?」


「お家にお泊まりさせてください」




 そう言うと、セイラはタロットカードを鞄にしまい、




「さぁ、行きましょう」




(良いって言ってないんだけど…)




 その大人しそうで、可愛らしい見た目とは違い、どうやら強引な性格のようだ。




(占いに出てた『周りに流される』って、セイラの事なのかもしれない…)


 


「あの、今度にしない?ウチも片付けておくし…」




 やんわりと断ろうとするミコに、




「いえ、大丈夫です。廊下でも寝れるように寝袋は持ち歩いています」


「寝袋!?そんなもの持ち歩いてるの」


「では、行きましょう」




 何を言ってもついて来るようだ。










 仕方がないので、とりあえずセイラと一緒に家に帰る事にしたのだが…




「何でカズマまでついて来るんだ?」


「気になったから…と、アイツにお礼参りも兼ねて」




 アイツとは一夜の事だろう。一夜はミコの一番最初の式神で、容姿端麗で、本人曰く『何でも出来る』器用な式神なのだ。


 先日、痛い目に会ったばかりなのに、懲りていないらしい。




(返り討ちに合いそうだけど…)




 まあ、セイラと二人だと話も持ちそうにないので、取り敢えずカズマと一緒で助かったのだが。


 神社の鳥居をくぐると、声が聞こえた。




「ミコ様おかえりなさい」




 そう言いなが近づいてくる二葉にーー、




占星せんせい宝瓶結界ほうへいけっかい!」


「うぁ!」




 セイラの言葉で瓶かめの形をした結界が形成され、二葉はその中に閉じ込められてしまった。




「ミコ様!」




 結界の内側をトントンと手で叩きながら、ミコを呼ぶ二葉。




「二葉!」




 唖然としていたミコだが、素早く手で韻を組み、




「解!」




 パァーン!!




 ミコの声と共に、瓶の形をした結界が砕け散った。


 二葉に駆け寄り、無事を確認し、セイラの方を睨む。


 セイラは、顔色を変えず、




「すみません、浮遊霊かと思いました」




 当然のように言ってのけるセイラに、少しイラッとしたものの、彼女にも二葉が見えている事に気が付いた。




「二葉が見えているのか?」


「ええ。フワフワと飛んでいたものでつい…」


「この子の名前は二葉、私の二番目の式神だ」




 二葉を紹介すると、セイラはゆっくりと、二葉に近づいて来る。




「ごめんなさい。式神だと気が付かなくて」




 セイラの言葉に、二葉は一瞬ビクッと体を強ばらせ、ミコにしがみ付く。




「嫌われてしまいました」




 セイラは、残念がっているのか、ただ口に出しているだけなのか、その表情から読み取ることが出来ない。




「ミコ様、お帰りなさいませ。どうかなさいましたか?」




 一夜は、そう言いながら二葉の首根っこをつまみあげ、ミコから引き剥がす。


 


「おや、お客さまでしたか?不出来な式神が粗相を致しまして、申し訳ありません」




 一夜は一瞬鋭い目つきをしたが、すぐに悩殺スマイルをセイラに向ける。


 セイラは、一瞬警戒するように眉を寄せたが、会釈をする。


 どうやらセイラには一夜の誘惑術が効いていないようだ。


 もしかすると、一夜が人間でない事にも気づいているのかも知れない。


 ミコは一瞬目配せをし、カズマが頷くのを確認する。


 さすがは幼馴染だ。ミコが何も言わなくても、意図を理解してくれたようだった。




「一夜、友達を居間に案内してあげて。私は荷物を置いて、着替えてくる」


「はい、かしこまりました」




 ミコは、一夜の手から二葉を取り返し、手を繋ぎ部屋に連れていく事にした。

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