第19話 星詠み
ミコは二葉を部屋に残し、着替えを済ませた後、居間に向かっていた。
最近、ミコの周りでは本当に色々な事があり、かなりお気楽な性格だったミコも、警戒心を持つようになっていた。
カズマに合図を送って、理解してくれた様だったので、きっとセイラを見張ってくれているだろう。
と、いう考えは甘かった。
「セイラちゃんは〜、何が好きなの〜??」
「…」
「今度〜一緒にお食事でもどぉ〜??」
「…」
能天気なカズマの声だけが、居間に響く。
セイラはカズマの事など意に返さず、ひたすら正面に座っている一夜を睨みつけている。
「カズマく〜ん、ちょっとこっちに来てくれない??」
ミコはこめかみを痙攣させながら、カズマの襟首を摘み、廊下に引っ張り出す。
「カズマ! 私の合図、理解出来なかったのか?」
ミコは、なるべく小声で、カズマの耳元で怒る。
「ちっげ〜よ! なるべく情報を引き出そうとしてだなぁ。まずは仲良くならないと話が始まらないだろ?」
確かに、カズマの言うことも一理ある。しかしーー、
「それならいいけど、私は可憐な少女をナンパする親父に見えたけどな」
「…」
目が合わない。
「お前、『可愛い子だから、あわよくばデートでも…』とか、思ってなかっただろうな?」
「…」
カズマの事を『理解ある幼馴染』と思っていたが、勘違いだったようだ。
ミコの冷たい視線に気がつき、
「冗談だって! 本当に情報を聞き出そうとしただけで…」
「どの辺が冗談なんだ。鼻の下伸ばしていただろう!」
小声で言い合いながら、顔を近づける。
「馬鹿野郎!誰が鼻の下なんか…。第一、俺は、幼女に興味は無い!俺には好きな子が…」
「何をやっているんですか?」
カズマが何か言いかけた時、今の引き戸が開き、一夜が顔を出した。
(ヤベっ)
ミコとカズマは、お互いの鼻先がくっ付くかどうかの所で、言い合いをしていた。
一夜は額に青筋をたて、禍々しいオーラを放っていた。
あの後、カズマは一夜によって神社からつまみ出されていた。
そしてミコは、チクチクと一夜にいたぶられたのである。
一夜のミコに対する執着は凄まじく、人間であれ、式神であれ、ミコに近づくものを許さないのである。
また、そのイライラは、時にミコ対しても毒吐く形で行われるのである。
(いいよ、いいよ。忠誠心?の裏返しとして受け取っておこう)
しかし、もうすぐ夕飯の時間だと言うのに、セイラは帰ろうとしない。
「お家の人、心配してるんじゃ無いの?」
「いいえ、放任主義なので大丈夫です」
「でも、お腹空くでしょう?帰ってご飯食べた方が…」
「カップ麺を持っているので大丈夫です」
埒が明かない。
親父はと言うと、
「ミコのお友達かい〜?カズマのアホと違って、かわい子ちゃんじゃないかぁ〜」
などと言っていた。追い出す気はないのだろう。
一夜も、セイラを追い出す気は無いのだろう。居間でセイラ用の客用布団を出していた。
つい先日、ミコがゴタゴタに巻き込まれた所なのに、なぜこんなにも警戒心が無いのか…。
とりあえず、ミコの部屋ではなく、居間に布団を引いてもらって助かった。
寝る時まで一緒だと、おちおち寝てもいられない。
「おやすみ、セイラ」
「ミコさん、おやすみなさい」
ミコは部屋に戻り、とりあえず、セイラの事を整理してみる。
彼女は根が無口なのか、あまり自分からは喋ってこなかった。
ミコを観察するように見ていたり、一夜を警戒していたりと、もしかしたらこちらの戦力を探っているのかも知れない。
感情を表現する事もあまり無いし、表情からは何も読みとれなかった。
しかし、セイラが人間である事は間違いない。
霊や、式神が持っているような独特の気配は無いし、彼女の人間としての魂をハッキリと感じることができる。
あまり考えたくは無いのだが、もしかしたら人間が、悪霊を操っていたりしているのだろうか…。
色々と考えているうちに、ミコはいつの間にか眠りに落ちていた。
「起きているんでしょ?」
「そろそろ来る頃だと思っていた」
一夜は居間の引き戸越しに話しかける。
問い掛けに返してくるのはセイラだ。
「何をしにいらっしゃったんでしょうか?」
「目的は、お前と一緒では無いのか?」
「ご冗談を…。あなたはミコ様に災厄を持ってくる気配がしています」
「自分の事を棚にあげて、よくも…。お前の様な穢らわしい存在が、巫女の側にいるとはな。今も…昔も…」
(やはり…)
この女、セイラの中身は、昔、『定めの巫女』の側に、星詠みとして仕えていた女だ。
星詠みは運命を見届け、占うのが仕事で、手を出したり、口を出したりしてくる事はなかったのだが…。
どう調べたのかは知らないが、一夜がミコの側に居ることを知ってしまったらしい。
「まさか、星詠み…あなたも転生されているとは…」
「巫女が現れた今、星詠みが側に仕える事は当然だ」
「まあ、そうですね。しかし、昔のあなたとは随分変わりましたね? こんなにおしゃべりではなかったでしょ?うちの弱小式神にも何かされた様ですし」
「こちらにも色々と事情が有るのだ」
とりあえず、この女が星詠みだと確信が持てた。これで変に警戒する必要はないだろう。
一夜の記憶では、星読みが巫女に手を出す事など無かった。
過去には守る事も無かったのだが、二葉に対するあの態度は、まるでミコを守っている様にも見えた。
昔は人間のくせに、何の感情も持たないおかしな女だと思っていたのだが…。
「わかりました。では、ミコ様にはお互い知られたくない事も有るでしょう?」
「お前は巫女に何も話をしていない様だな?巫女としてお目覚めになるまでは、お前の事も黙っておいてやろう」
「ありがとうございます」
一夜は礼を言い、立ち上がり扉の前を離れる。
真っ直ぐに向かっていくのはミコの部屋だ。
いつものようにミコの寝顔を眺める。
(定めの巫女としての力に目覚めた時、私はまた拒絶されてしまうのでしょうか)
いつも自分のやりたいようにやって来た一夜だったが、自分の胸に渦巻く複雑な感情に気が付いた。
ミコの髪にそっと触れる。
ミコには強くなって欲しい。そう願っているのは事実だ。
しかし、巫女としての力が目覚めた時に、一夜はどうなってしまうのか。
今の様に簡単に触れられなくなってしまうと、要らぬ怒りをぶつけてしまうかもしれない。
ミコに触れられなくなると考えただけで、胸が苦しくて、痛い。
息が出来なくなる様な不安に押しつぶされそうになる。
自分が弱くなってしまったのではないのかと疑ってしまう。
この感覚は、昔定めの巫女が亡くなった時に味わっていた、それと、似た感覚。
しかし、それと似てるようで、違うような…。
『一夜が人間らしくなれば、私と分かり合えるようになるのかもな』
一夜は、昔言われた言葉を反芻する。
強くなって欲しいけど、拒絶されるのは嫌だ。
一夜の中で矛盾した感情が溢れ出す。
「これが、人間らしい感情なのでしょうか…」
疑問を口にしながら複雑な表情をする一夜は、人間をは厄介な生き物だと思うのだった。
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