第23話 ミコの憂鬱

「ミコ様?」




 一夜の話を聞き終わった時、ミコの目からは大粒の涙が溢れていた。


 互いに通じ合いながらも引き裂かれた想い、美琴の宿命、愛する者のを看取らなければならなかった一夜。


 その全てがミコにとっては悲しく、不憫に思えた。


 しかしーー、




「私は、ミコだ。美琴じゃないよ」


「ええ、承知しております」




 少し寂しそうな顔をする一夜。




 ミコは、一夜に向かって手を差し出す。


 一夜は、それに応えるようにミコの手を取ろうとしーー、




 バチっ!




 結界によって、手を弾かれてしまう。


 ミコは、その事実に一層悲しみが増してしまった。


 


「私はミコだ。でもーー」




 ミコは手を胸に当て、一夜を見据える。




「胸が苦しいよ。一夜に触れられない事が…美琴の魂が悲しんでいるのかな?」


「ミコ様…」




 一夜は今まで見たことの無い、とても辛そうな顔をしてミコを見る。


 一夜には思い出したくも無い事を思い出させてしまった。


 


「ごめんね。辛い思い出を話させてしまって」


「いいえ。確かに、辛い思いはしました。しかし、あの方に出会えた事も、側に寄り添えた事も、気持ちが通じ合えた事も、その全てが幸せな時間でした。そして、ミコ様と巡り会えた」




 一夜は少しはにかんだように微笑む。


 


(そうか、そうだな)




 ミコは、一夜を自身の『最初の式神』として認識していたが、一夜にとっては違うのだ。


 長い時を待ち、探し求めて来た愛おしい人の魂。


 そしてそれが宿った人間。


 一夜のミコに対する執着も納得出来た。


 その割には意地悪な所もあるのだが、それはミコに対するジレンマもあったのだろうか。


 美琴は、一夜が出会った時から巫女としては完璧で、どうしても重ねてしまうところがあるのだろう。




 それにしてもーー、




「一夜、美琴の殺害を陰で操っていた者と、私を狙ってくる者、一緒だと思う?」




 一夜は少し悩むようなそぶりを見せてから、首を横に振る。




「今の段階では、なんとも言えません。しかし、自らは姿を表さず、陰から 霊や人間を操るやり方。似ておりますよね」


「うん、そうだよね…。狙いは、私の死体って事なのか?」


「殺させません。私が、守ります。今度こそ、この命に変えても!」



 一夜のその力強い言葉に、ミコは胸がときめくのを感じた。


(これも美琴の魂のせいなのだろうか…)










 一夜は今、とてもイライラしていた。


 ミコと話を終えた後、別部屋に待機していたセイラと二葉に合流した。


 ミコに触れる事が出来なくなった。


 それだけでも一夜にとっては腹立たしく、もどかしい事だったのだが…。




「ミコさん、もう大丈夫ですか?」




 セイラは心配そうにミコの背中を撫でる。


 二葉は、セイラの反対側でミコの涙で腫れた目を気遣い、濡れタオルで冷やしている。


 それに加えてーー、




「おい、ミコ大丈夫かよ?」




 カズマだ。


 ミコの幼馴染で、チョロチョロと周りに現れる、厄介な寺の息子。


 なぜか、カズマは、ミコの肩を揉みながらそう話しかけていた。




(何故こんな事に…)




 自身がミコに触れられないのに、なぜこの3人は集まって、これ見よがしにミコを慰めているのか。


 呆然としていると、セイラの口がニヤリと歪んでいる事に気がついた。




(ああ、あいつのせいなのですね!)




 どうやらセイラは、一夜が拒絶の結界に弾かれた現状を2人に教えたらしい。




「面白そうだったから、カズマも呼び出してやった」




 どうやらこの状況を面白がっているらしい。


 と、言うか、セイラのキャラも変わっている。


 もう猫を被る気も無いらしい。




 よく見ると、カズマもニヤニヤしている。


 二葉だけはミコを本当に心配しているように見えるが、ミコの近くに居れば、一夜に意地悪をされないという打算もあるのかもしれない。




(こいつら!後で覚えていろ!絶対〆る!)




 一夜は唇を噛みながら、今は耐える事にした。










 取り敢えず、ミコは今の状況を整理してみる事にした。


 まだ敵の事をあまりわかっていないので、何が起きても対応できるようにする為だ。


 何やら三人がやたらと自分に絡んでくるのと、一夜の顔が怖いのだが、話しを聞いて貰い、助けてもらうことも必要だと考えたのだ。




  まずは、定めの巫女についてなのだがーー。




「定めの巫女とは、強い霊力を持ち、どんな悪も寄せ付けず、世を清浄化する為の定めを持ったもの」




 意外にも話し始めたのはセイラだった。


 何故そんな事を知っているのかと、ミコが不思議に思っていると、




「私は巫女様の側で、星を詠み運命を巫女に伝える者」


「え?じゃあ…」


「ミコさんと同じく、この時代に転生された、貴方に仕える星詠みです」


「セイラが…」


「ええ。でも、それだけでは無いんですよ。ミコさんは、覚えていないのかもしれませんが…」




 セイラは、そこまで言って、話を元に戻す。




「しかし、それは人間から見た巫女の一面にしか過ぎません。敵の正体は私の占星術でも図りかねます。敵が何の目的で巫女を狙うのか、そして、何をしようとしているのか。しかし、私は、時代を超え、新たな巫女が現れる事を予言しました。その者が大いなる敵と戦う宿命と、霊力を持ち合わせている事を」




 セイラはミコに向かって言い放つ。


 どうやら、またミコの知らぬところで、事が大きくなって来ているようだ。


 


「不思議なんだけど…どうしてセイラには昔の記憶があるんだ? 私には何も思い出せないんだけど?」


「ハッキリとはわかりませんが、美琴様が望まなかったのか、記憶を封印したのか…。または、そこのそいつに美琴様の肉体を喰われた事によって、記憶を辿ることが出来なかった可能性もありますね」




 一夜の方に視線を移す。


 人を喰った事を聞いてしまった二葉は、一夜を見る目がより一層怯えている。


 


(あまり二葉を怖がらせないで欲しいんだけどなぁ)




 二葉はミコの袖を掴み、後ろに隠れる。


 それを見た一夜が、こめかみをピクピクさせている。




(話が進まなくなるし…)




 そこへ、珍しくカズマが意見を言ってきた。




「まあ、あれだな。全員でミコから目を離さないようにすればいいんだろ?」


「そういう事になりますね。まあ、私一人でも十分なんで、皆さんには帰ってもらって構わないのですが」




 一夜は、ため息をつきながら答える。




「いや、お前はミコさんの結界に弾かれるから、結界内に侵入出来る奴がいた場合、昔の二の舞になる」


「うっ…それは…。近づかせなければ良いだけの話で…」




 セイラの言葉に、一夜は言葉を詰まらせる。


 その時、カズマの口がニヤリと歪んだのをミコは見逃さなかった。




「ミコは、幼馴染だから、昔からずっと一緒だっただろ? 俺がずっと一緒に居てやるよ〜」


「いや、流石にこの年でずっと一緒は…」


「昔は一緒に風呂に入って、一緒に寝てただろ?」


「風呂って…」


 カズマの言葉にミコは、少しドキッとし、顔を赤くする。




「ミコさん、私がご一緒出来ますよ。女は女同士で!」


「う〜ん。セイラもいつまでもうちに居ると、お家の人が心配するだろ?」


 


 カズマは、ここぞとばかりに一夜に仕返しをしているし、セイラも一夜の反応を楽しんでいるようだ。


 チラリと一夜の方を見ると、我慢の限界という顔をしている。




(ああ、もう、面倒臭い)




「家の中は、一夜と二葉がいれば十分だよ。二葉は結界の中に入れるわけだし。その代わり、学校では二人に助けてもらう事もあると思うから」




 そう言って、その日は二人にお引き取り願う事にした。




(これ以上一夜をいたぶられると困る!)




 後でミコに、言葉責めの八つ当たりが来ない事を祈って…。


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