第31話 黒衣の悪霊

「セイちゃん、いってらっしゃい。気をつけてね」


「いってくるよ」




 ミヤコはお腹が大きくなるにつれて、とても強く、たくましくなっていった。


 前は、セイウンが出かける時には、とても寂しそうにしていたが、元気に送り出してくれるようになった。




(母は強しというやつか)




 セイウンも、ミヤコの体調がいつも気がかりだったが、最近はあまり心配しなくても大丈夫だと、思えるようになっていた。


 しかし、他に不安要素があった。


 最近、お祓いを請け負った先々で、あの美青年化け物に会ってしまうのだ。


 特にセイウンに何かするわけではなく、ただ彷徨う魂を食らい、食事をしているだけのように見えるのだが。


 あまりにも邪気が強過ぎる為、放っておいて良いものか、祓ってしまった方が良いのでは無いかとも考えていた。


 


(自分もタダでは済まないだろうな)




 最初に化け物と出会ってしまった時に、すでに力の差を見せつけられてしまったのだ。


 もうすぐ産まれてくる子供や、ミヤコの為にも、今自分が死ぬわけにはいかない。


 害が無いのであれば、放っておいた方が良いのかもしれない。


 セイウンにしては珍しく、少し弱気になっていた。




 その日の依頼は、家を建てるための、土地のお祓いをする仕事だった。


 その土地は、何とも言えない、嫌な感じに包まれていた。


 長い年月が経過しているはずなのに、晴れない憎しみと強い怨念、そんなものをヒシヒシと感じていた。


 除霊に慣れているセイウンでさえ、そこに長時間居れば心が病み、頭がおかしくなってしまうかもしれない、そう思える程に、その土地の雰囲気は狂気じみていた。


 依頼主の男性は、一軒家を建てようと土地を購入したのだと言う。




「この土地は、一体…」


「はい、安く出ていたので買ったのですが…家を建築しようとすると、関わった方々が、次々と怪我をしてしまうのです」


「そうですか…。ここはとても危険な気を感じます。やれるかどうか分かりませんが、取り敢えずお清めをしてみましょう。申し訳ないのですが、お祓いの間は危険なので、なるべくここには近寄らぬ様、皆様にお声がけをお願いできますか? 」


「わかりました。今まで色々な方にお祓いをお願いしたのですが、全然効果がなかったので…あなたが最後の頼みの綱かと思っております。どうぞ、よろしくお願いします」










 その夜、セイウンはその地で火を焚き、お清めの準備を始める。


 しかし、この濃い邪気には覚えがあった。




「化け物! いや、一夜殿と申したか! ここにいらっしゃるのではないか? 」




セイウンの声に応え、一夜は姿を現す。




「よく分かりましたね」


「この地からは、あなたと同じ邪気を感じる。ここはいったい? 」


「ここは、私が生まれた場所、とでも言いましょうか? 」


「生まれた場所? 」




 生まれた時に発した邪気を放置した結果、周りの隠の気や、霊を寄せ集める結果になってしまったのだろうか。


 


「時々、集まって来た悪霊は食っていましたが、私には人間が住める程の、平穏な地を作り出すことは出来ませんから」




 一夜は、あっけらかんと言ってのける。


 確かに、化け物にお祓いをしろと言っても、無理なのかも知れない。


 ここは、セイウンが何とかするしかないのだろう。


 少し大掛かりなものになってしまうが、護符や、地面に書き込む陣を入念に準備し、お祓いを始めた方がいいだろう。




 セイウンが準備をしている間、一夜は素知らぬ顔をしながら見ていた。


 準備中も、気を抜けば体が動かなくなりそうな程、の重圧を感じていたが、自らに結界を貼りながら、何とか準備を整える。


 周りを見渡してみると、いつの間にか一夜は消えていた。


 一夜が居ると、更に悪霊を呼び寄せてしまいそうだし、じっと見られるのも落ち着かないので、居なくなってくれてよかったと、ホッと肩を撫で下ろす。




 セイウンは、木の棒に白い紙がつけられた大幣おおぬさを構え、お祓いを始める。




高天原たかあまはら神留かむまり


すめら親神漏岐神漏美むつかむろぎかむろみ命以みこともちて


八百万神等やほよろづのかみたち


神集かむつどへにつどたま


神議かむはかりにはかり給ひて


皇御孫命すめみまのみこと


豊葦原よあしはら瑞穂国みづほのくに


安国やすくにたひらけく知食しろしめせと


事依ことよさしまつりき …』




 途中まで大祓詞を言い終えた時、ふと嫌な予感がし、地面に目をやる。




「許すまじ、許すまじ。たかが呪いから生まれた悪霊よ。我を祓うと言うか! 」




(呪いから生まれた? まさか…)




 セイウンが思考を巡らせていると、そいつは地面から手を伸ばし、セイウンの足を掴む。




 「くっ!! 」




 セイウンを地面に引き込もうとしているのだろうか。


 力を込めて引っ張られ、身動きが取れないどころか、足が潰されてしまいそうだ。


 懐から護符を取り出し、足を掴む手に投げ付ける。


 


『森羅万象の五つのことわり


相剋 陰を巡らせ 


土のもの、木を以て制す』




 セイウンの言葉に応え、護符から木の根が張り巡らされ、土を割る。


 それと共に、手はセイウンの足から離れ、自由を取り戻す。


 足にはクッキリと手形が付き、 骨を砕かれたようで、立ち上がる事が出来ない。




(このままでは、まずい! )




 護符を掴みながら次の攻撃に備えた。


 その時ーー、




「セイちゃん!! 」




 一瞬、何が起こっているのか分からなかった。


 ミヤコは駆け寄ってきて、セイウンに抱きついてきた。




「ミヤコ…!? 」


「セイちゃん、大丈夫? 」




 ミヤコはセイウンの肩を支える。




「どうしてここに!? 危ないから逃げなさい! 」


「あの方が、セイちゃんが危ないって教えてくれて…」


「一夜殿!? 」




 どうやら、いつの間にか居なくなっていた一夜が、ミヤコをここに連れて来てしまったらしい。




(何という余計な事を! )




 これではミヤコが危険だ。


 しかしまるで、セイウンが危うくなる事を最初から分かっていたのではないかと、思わせるほどのタイミングだ。




「ミヤコ、いいか? ここに居る悪霊は、その辺の悪霊と比べ物にならない程の力を持っている。今すぐに、ここから離れなさい」


「あなたが危ないと分かっていて、ここから離れることは出来ません。私は悪霊と戦う事は出来ません。でも、あなたの足になる事は出来ます」


「でも…」


「信じています。私と赤ちゃん、両方守って下さいね」




 微笑みながら、ミヤコはそう言い切ると、セイウンを立ち上がらせる。


 何故だろう。


 今日のミヤコからは霊力を感じていた。


 それも、自分の持つそれよりも遥かに大きく、深く、そして安らぎを感じる。




(これは一体…どういうことなのか…)




「セイちゃん? 」


「ああ、ミヤコ。力を貸してくれ? 」


「はい!! 」




 セイウンはミヤコの力を使い結界を張る。 




「許すまじ、我を喰うだけでは飽き足らず、消そうと言うか!! 」




 まただ。


 一夜の生まれた場所。


 そのせいで、ここには邪気が充満しているのかと思っていたが、違っていた。


 一夜と同じ邪気を持つものが、明確な恨みを持ち、ここに留まっている。


 悪霊は、四方八方から攻撃をしてくる。


 姿が見えないので、次にどう攻撃をしてくるのかの予測が付かない。




(このままでは集中してお清めが出来ない…)




 そう思っていた時、




「父上、そろそろ潮時ですよ…」




 おどけた口調の一夜の声がしたかと思ったら、黒い雲のような物が土地全体を包み込む。


 竜巻のように、黒い雲が渦を巻いたと思ったら、地面の中から黒い狩衣かりぎぬを纏っと男の霊を連れて来る。


 よく目を凝らしてみると、黒い雲だと思っていたものは、何千、何万も集まった小さな虫だった。




「おのれ! お前など、生み出したばかりに…!! 」


「それについてはお礼を言わせて頂きます。愛おしい人と、もう一度巡り会えるかも知れませんし…」




 一夜の視線が、ミヤコに向いたような気がしたが、今はそれどころでは無い。


 一夜が引きつけてくれている間に、この土地を完全に清めなければいけない。




「父上、あなたの執拗さにはそろそろ愛想がつきました。体を食ってやったのに、魂を分散させて何度も何度も蘇ってくる。しかし、それももう、終わりにしましょう」


「何度でも甦ってきたのだ。ここで終わりになどせん!! もうすぐ私は、膨大な力を与えてもらえる所だったのだ! 」


「あなたがいる限り、私は自らの存在を醜い物として、忘れる事が出来ない。少しでも美しくなってから巫女様の魂をお迎えしたいのです」




『…今日の夕日のくだちの


大祓おおはらいはらたまひ清め給ふ事を


諸々聞食もろもろきこしめせとる! 』




「終わりです、父上」




 セイウンのお清めの言葉が終えると同時に、一夜は、自らが巻き込まれぬよう、黒衣を纏った霊から距離を取る。




「ぐぁぁぁ、お前など! お前など美しくなれぬわ! 恨みと憎しみの象徴! 我が生み出した、最高傑作の呪い! お前は…」




(少し力が足りないのか!? )




セイウンは霊力を最大まで高めているのだが、黒衣の霊は、それを上回る程の負の感情を撒き散らし続けている。




(このままでは、先に力尽きてしまう!! )




 そう思っていると、ミヤコが横から手を添えてきた。




「セイちゃん。私も、一緒に戦うから…」


「ミヤコ…ああ、一緒に…戦おう!! 」




 ミヤコの添えられた手からは、凄まじく大きく、清らかな力の流れを感じた。




「逝ね!! 悪霊退散!! 」




 ぐがぁぁぁぁぁ!!!




 黒衣の悪霊は絶叫しながら、塵となって消滅した。

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