第30話 父と母

 ミコが寝った後、一夜はセイウンの元に向かっていた。


 セイウンは、ミコの父親で、以前にミコから手を引け言って来たので、少し痛い目を見せてやったのだが。


 あの夜の戦闘以来、あまり喋る事はなかったのだが、炎華から、この上赤坂神社と定めの巫女の関係について聞いたので、セイウンも何か知っているかもしれないと思ったのだ。




「一夜殿か? 」


「おや、お気付きでしたか? 」




 部屋の中から、障子越しにセイウンの声が聞こえてきた。




「先日はすまなかった。あなたは、その身に宿した邪気に反して、ミコにとっては必要な存在なのかもしれない」


「おや? どういう心境の変化でしょうか? あなたの式神が何か言いましたか? 」




 実は、あの戦闘以来、一夜の後を付けてくる、セイウンの式神の気配には気が付いていた。


 しかし、敵意を向けられているでも無く、ただただ遠くから見られていただけなので、とりあえず無視をすることにしていたのだが。




「はい。まさか、あなたが三代目様にお仕えされていたとはつゆ知らず、申し訳ありません」


「それはもう、大昔の事です。あなたが知らなかったとしても仕方のない事です。それに、あなたとの最初の出会いが悪過ぎましたからね」


「覚えておいででしたか」


「ええ、もちろんですーー」








 それはまだ、ミコが生まれる前の事…


 


「ミヤコ、体調はどうだ? 」


「セイちゃん、ありがとう。今日はちょっと調子が悪いみたい」


「『セイちゃん』はやめろよ。もういい歳なんだから」




 青い顔をしたミヤコを心配して、セイウンはミヤコの背中をさすってあげる。




 セイウンは、年下の幼馴染だったミヤコと結婚して、二年が経っていた。


 しかし、ミヤコは小さい頃から体が弱く、原因を聞いてみると、悪霊の邪気に当てられる事が原因だったのだ。




 ミヤコは、上赤坂神社の娘で、憑依体質なのだが、全くと言って良いほど霊力が無く、この神社とは縁もゆかりも無かった、セイウンに跡取りとしての、白羽の矢が立ったのだった。


 セイウンは霊力が強く、修行後には類まれな才能が開花し、ミヤコとの結婚も認めてもらったのだ。


 実は、小さい頃から好きだった、儚げで可憐なミヤコの事思うと、辛い修行も頑張れたのだった。


 


 セイウンは修行後に降霊自体は出来るようになったのだが、その身に魂を宿せるのは長くて三分ほど、それ以上は体に馴染む事が出来ず、霊の方から出て行ってしまう。


 降霊はとても体力がいるので、好んでやりたくはない。


 そう考えると、常に悪霊に体を狙われてりるミヤコは、とても辛いのではないかと思われた。




 元々ミヤコは内気な性格だとは思っていたのだが、どうやらそれも霊の存在が大きいらしく、常に気怠い感じがしているというのだ。


 昔は、ミヤコの両親が、今はセイウンが引き継いで、ミヤコのお祓いをやっていて、体調の良い日が増えていた。




「セイちゃん、ごめんね。私が体が弱くなければ、すぐにでも赤ちゃんが欲しかったんだけど…」


「大丈夫だ。子供なんて、出来なくたって、ミヤコと一緒に居られればそれで良いんだから」


「セイちゃん…大好き! 」




 そう言って、しがみ付いてくるミヤコはとても可愛くて、子供など居なくても、ミヤコさえ居てくれればそれで良いと、本当にそう思っていたのだ。




「それじゃあ、依頼が入ってるから行ってくるけど、無理をするなよ」


「分かった、いってらっしゃい。気をつけて…」




 セイウンが出かける時、ミヤコはいつもとても心配をしてくれた。


 いつも、悪霊の存在に脅かされているミヤコにとっては、お祓いをする事はとても危険なものに思えていたのだろう。




「今生の別れみたいな顔をするな。必ず帰ってくるから」




 そう言って、ミヤコの頭を撫でてやる。




「うん。本当に、気をつけて…」




 その言葉に見送られながら、セイウンは神社を後にする。






 




 セイウンがその家に着いた時、異常なまでの邪気を感じていた。


 依頼内容は、子供の霊の様なものが見えるとか、笑い声がするとか、その程度の話だったはずなのに、そこから感じられる邪気は、とても子供の霊の悪戯では済まされない程の邪気だったのだ。




(なんだ? この禍々しさは…)




 天才の自分でさえ危ないかもしれない、そう思わせられる位に、黒い空気がその家を包んでいたのだ。


 とりあえず依頼者に話を聞いてみるために、チャイムを鳴らす。




「は…い…」




 家の中から覇気のない声が聞こえ、現れたのは三十代位の疲れ果てた女性だった。




「上赤坂神社から参りました。セイウンでございます」


「あ、はい。…よろしくお願いします。すみません。体調が悪くて…」


「無理をなされない方がいい。お休みになって下さい。霊の方は私が見ておきましょう」


「ありがとう…ございます」




 そう言って、女性はリビングのソファーに横になる。


 この量の邪気…きっとあの女性は、それに当てられたのだろう。


 セイウンは右手に鈴を持ち、左手に護符を握り締める。


 恐る恐る、その邪気のする方へと歩みを進める。


 ドス黒い気配のする部屋の前にたどり着くと、その部屋の周りに結界を張り巡らせる。




『五行結界!!』




 扉を開け放ち、中を覗くと、そこには美しい悪霊が、子供の魂を食いあさっていた。




「おや、神職の方ですか? 大丈夫です、もう食事は終わるので、この家からは立ち去りますよ」


「化け物め!! 」




 セイウンは、そう言いながら鈴を鳴らし、護符を構える。




『セイウンの名におき


 この者を祓わせたまえ


 北東より來る五神、青龍


 蒼き息吹を目覚めさせ 我が力となせ』




 セイウンから木の枝の様な、無数の触手が伸びる。


 触手は、化け物の身を貫こうとするが、触れる前に、消滅してしまう。




「化け物とは失礼な、あなたの仕事を一つ減らしてあげたというのに」




 化け物はそう言い放つと、手を一閃させ、軽々と結界を破壊する。




「私には一夜という名前があります。素敵な名前でしょう? 」




 おどけた口調で、ニヤリと唇を歪める一夜は、この世の物とは思えぬほど、美しく、そして妖しさを纏いながら消え去った。


 その後、お清めをして、家主の体調も回復し、とても感謝されたのだが、セイウンの胸にはモヤモヤしたものが残っていた。


 あの一夜という化け物は、とても強く、恐ろしい力を持っていた。


 それに、あそこに元々居たであろう子供の霊を清めもせず、食ってしまったのだ。


 子供の魂は救われる事もなく、消滅してしまったという事だ。


 嫌でも自分の無力さを感じてしまうと同時に、ミヤコが巻き込まれでもしたら…、そう思うと、気が気ではなくなり、家路を急いでいた。




「お帰り! セイちゃん! 」




 ミヤコはそう言うと、いつも通り、セイウンを迎えてくれた。




「ただいま。体調は大丈夫か? 」




 すると、ミヤコは少し下を向き、モジモジとしている。


 心配になったセイウンは、ミヤコに、布団に入るように促すのだがーー、




「違うの! 赤ちゃんが出来たの! セイちゃんと、私の…って、ちょ、ちょっと、セイちゃん!? 」




 セイウンは、涙を流しながらミヤコに抱きついていた。




「ありがとう…ありがとう…」




そう呟くセイウンの頭を撫でながら、ミヤコは頷く。




「うん…私も…ありがとう」

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