第42話 狂気
ミコに三月の紙人形を渡した後、カズマは錫杖を構えつつ、悪霊を成仏させていた。
とは言うものの、入って来るのは弱いものばかりで、お経を唱えるまでもなく、錫杖を振えば消え去るものばかり。
これ位なら心配をするまでもなく、ミコならば難無く清められるだろう。
カズマはミコの心配事を一つでも減らせるよう、三月を探す事に専念していた。
すると、少し離れた所にフワフワと漂う式神のような影が見える。
「三月!? 」
カズマが声を掛けるも、聞こえていないのか、遠くに消え去ろうとしていた。
カズマは、その影を追うように、草木を掻き分け走る。
「おい、三月! 聞こえないのか!? 」
小さな影は、カズマの声が聞こえたのか、ピタリと動きを止める。
「うるさい、小坊主! 妾は三月などという名では無い」
「え!? たし…かに。大きさは一緒だけど、顔が違うか…」
よく見てみると、歳の頃は三月と一緒だが、髪の毛は長く、後ろで束ねられていた。
無気力で、少しボーッとした印象のある三月と違い、この少女は気の強い眼差しをしていた。
「おのれは人を大きさで判断するのか!? 失礼にも程があるぞ! 」
「ああ、いや、それは言葉のあやっていうか…」
夕闇の中、フワフワと飛ぶ小さな影を見つけたので、つい三月だと思ってしまった。
それに、この山に二葉と三月以外に式神の様な者が居たなんて知らなかったのだ。
「所で、お前は誰の式神なんだ? 主人はどっかに居るのか? 」
「愚か者め。妾を式神と見間違うとは。さすがは小坊主と言った所か」
「へ? 」
「妾は、楠木山の神社、千早大神宮の御神木の精霊である」
「お、おう…そうなのか? 」
「ふん! 理解出来ぬなら良い。小坊主、分かったらもう話しかけてくるな。妾は忙しいのだ」
そう言うと、精霊はフワリとカズマに背を向けて、飛んで行こうとする。
仏門に進んでいるカズマは、神道の事については少ししか知らない。
しかし、神道の考え方として、全ての物に神が宿るという考え方なのだ。
楠木の精霊が居たとしてもおかしくは無い。
カズマは、ハッと気が付き、すぐに精霊を追いかける。
「あ、ちょっと、待って」
「何だ? 忙しいと言うておろう? 」
「この辺で、小さい式神見て無いか? 七、八歳位の…」
「妾は見ておらぬが…。もしそいつが弱い式神ならば、そいつはもう消されておるのかもな」
「!? 」
「あやつ、妾の言う事も聞かず飛び出して行きよった。あやつにとっては、悪霊も式神も関係ないからな」
「なっ!? 」
どうやら、この精霊の探し人は、相当危険な奴のようだ。
しかも、気が短いようで、主人であるこの精霊の言う事も聞かず、山に入り込んだ霊を消すために飛び出したらしい。
「でも、流石に人間を襲う様な事は無い…よな? 」
確かめるように聞くカズマ。
「さあな。あやつは未だに自制が効かぬ所がある。感情に任せてうっかりなんて事もやりかねぬ」
「もし…出会ってしまったら…」
ゴクリと唾を飲み込む。
精霊は、カズマを一瞥し、視線を元に戻す。
「危険かも知れぬな」
(ミコ…!! )
カズマは三月を探すよりも、ミコを探す事を優先せざるを得なくなった。
一夜と少年は、向かい合い、間合いを取っていた。
隙のない構えは、一夜とて、簡単には入って行けないと感じていた。
それに加えて、先程見た刀の切れ味。
目の前の少年が只者ではない事をものがたっていた。
(隙が無いのならば作ってみるか? )
「随分と慎重ですね。それほどまでに私に恐怖を感じているのですか? 」
「…」
一夜の挑発には応じる気がないらしい。
少年は、感情を見せない眼差しで、一夜の動向を見続けている。
「そんなに怖がる事は無いですよ。ご希望でしたら一思いに消し去って差し上げましょう」
「…」
「あなたの主人も、私のような格上の相手ならば、仕方が無いと諦めてくれるでしょう」
ピクっ。
少年の感情のない目が一瞬、険しくなった様に感じた。
彼は一体何に反応したのか。
挑発には乗って来なかった。
ならばーー。
「あなたの主人も間抜けな人ですね。私相手に、あなたを一人で立ち向かわせるなど…」
言い終わらぬ前に、少年は地面を蹴り、刀を抜く。
その顔は、先程までと変わらない様にも見えるが、明らかに目に感情を宿していた。
「お前如きが、彼の方を愚弄するとは、笑止千万!! 」
一夜は、身体を横にむけ、最初の一撃を紙一重で避ける。
少年はすぐさま、反す刀で下から上へと、流れる様な動きで一夜の首を狙う。
一夜は、手を蠍の尾に変化させ、刀を弾く。
バキっ!!
硬いものがぶつかる音がして、一夜と少年は、間合いを取るために後ろへと飛ぶ。
少年は抜き身の刀を鞘に戻しながら、一夜に話しかける。
「人間ならば首を掻き切っていたが…、お前は人間では無かったな。力の込め方を間違えた様だ」
「そうですか。ですから人間の姿はやめられませんよ。あなたの様なお間抜けさんが、勝手に勘違いして油断してくれますからね」
「そうだな。だが…次は無い!! 」
少年は再び大地を蹴り、右手は柄を握り、一夜の懐に張り込むように下から上に向かって振り上げる。
一夜は右手に注意しながら、後ろに紙一重で避けると、次の攻撃に備えて、右手の動きを観察し…
「何!? 」
一夜が声を上げた瞬間、少年は体を右に反転させ、左手に握られた刀で一夜の右肩を切り落とした。
くっ。
一夜は少しだけ呻き声を上げると、再び少年と間合いを取りながら左手で右肩を押さえる。
抑えた手は、急速に赤く染まっていく。
「へぇー。化け物の血の色は何色かと思ったら、人間と同じ色なのか」
少年は、今までの無表情が嘘の様に、一夜の血を見ながら顔を紅潮させていく。
どうやら、人を切り刻む事で興奮する、タチの悪い性癖を持っているらしい。
長い時を渡り歩いていいると、快楽の為に人を傷つける者をたくさん見てきた。
この少年も、そんな一人なのだろう。
「僕はね。彼の方から言われているのだ。人間を殺してはいけないと。昔人間を切り刻み過ぎてな」
「そうですか。最初にミコ様を攻撃した時、殺す気だったようにお見受け致しましたが? 」
「へぇ。ただの木偶の坊かと思ったが、女への攻撃を逸らすように防いだのは、ただのまぐれでは無かったようだな」
「気がついていたのですか? ええ、あのままではミコ様が危なかったので、少し攻撃の軌道を逸らさせて頂きましたけど…主人に人間を殺すなと言われていたのでは? 」
フっ。
一夜の質問に、軽く微笑む少年。
「悪鬼を始末する時に、たまたま人間を殺してしまう事もある」
「そうですか? 私には、最初からミコ様を狙っていたように見えましたが…ねぇ? 」
フフっ。
少年は、一夜が理解してくれた事が嬉しいとでも言わんばかりに、嬉しそうに笑った。
「お前を始末した後に、たまたま式神と一緒に居たあの女も、殺してしまうかもな? 」
幼さの残るその少年の顔は、一夜ですら背中が冷たくなる程の、狂気を秘めていた。
(コイツを生かしておくわけにはいきませんね)
ミコを守る為にも、ここでこの少年を自分が食い止めねばと、強く決意する。
少年はニヤリと笑うと、右肩を押さえる一夜に、容赦無く切り掛かってくる。
一夜は、それを紙一重で避けながら、少年の動向を伺う。
「すぐに殺したりはしない。少しずつ切り刻んでから、最後に首を落とす。楽しみは後に取っておかないとな」
少年は、感情を剥き出しにすると、刀で一夜の皮膚を深く切っていく。
一夜の血が舞い散る度に、少年は嬉しそうに顔を紅潮させていく。
何度目かの刀の鋒が、一夜に触れようとした時ーー、
「がぁ、は…」
おかしな呻き声を上げながら、少年は動きを止めた。
赤みを刺していた頬は土気色に変わり、刀を持つ手は重力を感じた様に、ダラリと垂れ下がっていた。
肩で荒い息をしながら、地面に崩れ落ちて行く。
ククククククっ。
肩を押さえながら笑う一夜。
「なに…が、おかし…い」
「いえ、ね。また私を人間扱いしていたのかな? と」
言い終えるや否や、一夜の切り落とされた右手は、再び元の形を取り戻すのだった。
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