第38話 助言
ミコは、この山籠りの修行をとても辛く感じていた。
何が辛いのか。
それは、家事などした事が無いミコに、美味しい料理など作る事が出来ないのだ。
当初は、一夜が一緒に来てくれる予定だったので、身の回りの事、全般をお願いするつもりでいた。
あの美青年式神は、美しい外見だけではなく、全ての事を嫌味な程完璧にこなしてしまう。
しかし、この山の結界に拒まれて、入れなかった以上、自分達で何とかするしかなくなってしまった。
二葉は、ある程度の家事ならしっかりこなしてくれるのだが、新人の式神の三月が、なかなかの曲者なのである。
川で洗濯を頼めばずぶ濡れになって帰ってくるし、火を灯すための薪拾いを頼むと動物を拾って帰ってくる。
必然的に、二葉は三月の相手をして、ミコは、自分の事は自分でこなさなくてはならなくなったのだ。
ミコは、そんな三月に負けず劣らずの、家事無器用なのである。
色々な事に才能を発揮するミコだが、家事に関してだけは、その範囲では無い。
米を炊けば焦げるし、野菜を煮ても生煮え。
挙げ句の果てには、適当に調味料をぶち込んで、とても斬新な味の料理を仕上げてしまう。
これでは修行を終える前に、ミコの体力が尽きてしまう。
例に漏れず、その日の料理も失敗し、少しだけ口にした後、げっそりとしながら滝行に向かう。
ここにきて、一夜の有り難みが骨身に染みて分かってしまった。
山に入れないのなら仕方が無いと、あっさりと一夜を放置してきたミコだったが、何とか入れる方法を見つけるべきだったと、今になって激しく後悔するのであった。
その日、ミコは一糸纏わぬ姿で滝行を行っていた。
いつもならば白装束を着て滝に打たれ撃たれるのだが、使った着物を干すのも面倒臭いと、裸で水の中に入って行く。
どうせ、こんな寂れた山の中に誰も来ないだろうし、現にここ五日、誰とも遭遇する事はなかったのだ。
それよりも、何よりも、これ以上やらなくてはいけない家事が増えるのが、ミコにとってはとても苦痛だったのだ。
滝行というのは心の問題なのである。
何を着ようが、何も着まいが、心構えさえしっかりしていれば、何の問題も無いのだ。
いや、問題はないはずだったのだ。
夏とはいえ、山の水は冷たい。
蒸し蒸しとした、温度と湿度で火照った体を頭から冷やしていく。
冷えた頭で色々と考えてしまうのは、ミコと美琴の違いだった。
幼い頃から定めを背負わされ、苦労して生きてきた美琴と、何不自由なく成長し、自分勝手な希望で、式神を呼び出す為に、技を会得したミコ。
根本的な考え方も、置かれた環境も、違いすぎるのではないだろうか。
そんな自分が美琴よりも立派な巫女になれるのだろうか。
それに一夜は…?
美琴の魂を宿しながら、脆弱な精神力しか持たない自分に、呆れてしまうかもしれない。
そうなれば、一夜はミコから離れていくのだろうか。
美琴は、一夜とミコなら『定めの結界』を何とか出来るかもしれないと言っていた。
しかし今のミコは、美琴と一夜が出来なかった事を何とか出来るとは思えなかった。
何より、美琴の言葉を借りなければ、暴走した一夜を抑える事も出来なかった。
そんなミコに、一夜の主人が務まる訳が無い。
このまま、一夜に愛想を尽かされるのを待つしかないのだろうか…。
堂々巡りな考えの自分に嫌気がさし、滝壺に潜り、泳ぎながら、タオルが置いてある岩場へと向かう。
「ぷはっ」
自ら顔をあげると、そこには見知った顔が一つ。
「カズマ!?」
「ミ…コ…」
カズマの目線が、ミコの顔では無く、それより下の方を見ていた。
「わぁぁぁ〜、アホカズマ! 回れ右だ! 」
自分の腕で、胸を隠しながら、カズマに命令する。
「お、おう」
素直に回れ右をしたカズマは、右手と右足、左手と左足を同時に出しながら、不自然にこの場を離れていった。
ミコは、面倒くさがって何も身につけなかった事を激しく後悔していた。
「で、何しにきたわけ? 」
少し怒ったような口調でカズマに話しかける。
正確には、ミコは全然怒ってはいなかった。
むしろ、話し相手が出来たことに、少し喜んでさえいたのだ。
しかし、先ほどの恥ずかしさもあり、素直になれずにいたのだ。
「お、おう…。セイラが、めちゃくちゃ心配してたから、ミコの様子を見にきたんだ。自分は来れないからって…」
カズマも恥ずかしいのか、目線はこちらを見ぬまま、話をする。
「そうか、セイラがね…」
「いや、もちろん、俺もめっちゃくちゃ心配してるんだぞ!! 」
急に声を荒げるカズマに、少しビックリしてしまった。
しかし、ミコと目が合うと、またそらされてしまう。
「…でも、お前なら、ミコなら大丈夫だって、信用もしてた」
「信…用…?」
「ああ」
「私なんか全然ダメダメだよ?さっきも滝行をしてたけど、考え方がブレブレで全然だめなんだ。美琴と違ってさ」
「美琴? 」
「そう。一夜の前の…」
「いや、それは知っているけど? 」
そう、知っているはずだ。
一夜が、ミコと美琴を重ねて見ているのが気に入らないと言ったのは、カズマだ。
知っているなら、なぜ聞くのだろうか。
そう思っていると、
「なんで、お前は自分と美琴を比べているんだ? 」
「…」
カズマに言われて、ポカンとしてしまった。
余程、間抜けな顔をしていたのだろう。
カズマは、ミコの顔を見て、ケラケラと笑っている。
「わ、笑うなよ! 」
「だって、その顔…あはははははっ」
「笑うなってば! 」
ミコは、そう言いながら、
(また、カズマに助けられたなぁ)
そう考えていた。
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