叶わない想い
「どうしてなの?」
そう聞くことすら私には出来なかった。
彼女は突然私の前から姿を消した。
思いは想いに変わって、時折思い出すように私の胸を締め付ける。
「普通科から転科しました、夜司風です。よろしくお願いします」
自己紹介する私の隣に彼女の姿は無い。
あんなに頑張っていた勉強にも親身になれなかった。
移動教室で彼女の一人でいる姿を見たとき、あまりに変わってしまった様子に言葉を失い駆け出してしまいそうだった。でも私にはそんな資格は無い。
資格がないのではなかった。そうする勇気が無かったんだ。この気持ちはおかしなものだと気づきたくないから。
「私も彼氏欲しいな〜、ねぇ風もそう思うよね?」
新しく出来た友達のそんな何気ない会話は余計に自尊心を削ぐ。決して彼女が悪い訳では無い、私が悪いのに。
「私が何かしたんですか?」
困惑した顔が私を覗き込む。そんな顔はやめて欲しい。私には笑って欲しいのに。
「天城さんは、私がどうして特進科に行ったか分かりますか?」
こんな質問卑怯だ。彼女が答えられるわけが無い。
「夜司さん、私はあなたが羨ましい。だから私に憎悪を向ける理由が分からない」
その言葉を聞いて、涙が溢れた。
彼女の前でみっともなく涙を零した。途端に嗚咽を吐いてみすぼらしく泣く。
彼女は私の気持ちなど初めから分かっていなかった。
「えっ?ちょ、ちょっと大丈夫夜司さん?」
慌てて百奈が背中をさするが、まるで氾濫したダムのように彼女の涙は零れ続ける。天城さんはその場に立ち尽くし、僕はここにいてはいけない気がして空いた部室のドアを出ていくと共に閉める。
「おい、なんでそんなとこに突っ立ってんだよ」
文集を探しに行った静が戻ってきていた。
彼の左手には文集が抱えられている。
「あったの?」
「あぁ。あと少し遅かったら危うく捨てられるところだった。ほんと、奇跡みたいなもんだよ」
そう言って抱えていた文集をこちらに渡してくる。ペラペラと古い紙を捲って欠けがないことを確認する。
「それで、一体どうして茜が外に立ってるんだ?」
「それは……」
事の顛末を話す。彼は理解はしてくれたが、納得はしてないみたいだ。
「いや、なんだそれ。いまいち分からんな」
「まぁまぁ。もしかしたら男子には分からなくて女子にしか分からないことかもしれないじゃん」
「それもこれも、1回聞いてみればいいだろ」
彼は臆することなく戸を開ける。
彼女は落ち着いてくれたようで、椅子に座って出された紅茶を飲んでいた。
「ごめんなさい」
「いや、それは別に良いんだけどさ。結局どういうことだったのかな?」
「えっと、それは」
途端に彼女は俯いて語ろうとしない。
代わりに百奈が口を開いた。
「実は、勘違いしてたみたいで」
「勘違い?」
「いや、うーんと。勘違いっていうか早とちりというか」
結局どっちなんだ。
「私が、天城さんの記憶喪失について知らなかったんです。なので、本当にごめんなさい」
頭を深深と下げられて僕はどうすればいいか分からなくなる。
「とりあえず、顔を上げてくれませんか。あなたが謝るような事じゃないですから。僕がちゃんと伝えれてなかったのが悪いので」
「そう、ですか?」
こちらの様子を伺うようにゆっくりと顔が上げられる。
「そうです。なのでとりあえず文集をどうやって見つけたのか教えてくれますか?」
それを聞いて、ギクッと一瞬嫌そうな顔を見せるが直ぐに戻る。
「じゃあ、一つ条件があるんですけど」
「条件?僕にできることならなんでもやるけど」
なんでも。なんでも、かぁ。
「それなら私をこの部活に入れてくれませんか?」
「えっ?」
「もっと天城さん、、雨音さんと仲良くしたいんです。……ダメですか?」
弱ったなぁ。部員が増えるのはすごく嬉しいことだけどこれ以上部室が狭くなるのも問題だな。
「もちろん!いいよ!」
「!?」
「いいよね?」
「あ、うん。もういいよ」
「やったね!よろしく風ちゃん」
絶対僕の答え聞いてなかっただろ。
「はぁ」
こうして段々と百奈に居場所が奪われています。誰か助けてください。
「ふふっ」
「どうしたの、天城さん?」
珍しく笑う天城さんを見た。彼女は笑うとえくぼができる。
「いいえ。それより、夜司さんさっきはごめんなさい。心無いことを言ってしまったみたいで」
「いいえ。私も雨音さんの病気のことなんて知らなくて、ほんとにごめんなさい」
「はいっ、これで仲直りね!仲良し仲良し〜!」
3人で寄り添って笑い合う。僕と静はそれを黄昏ながら見る。
「青春みたいだね」
「青春だよ。忘れるなよ茜」
「分かったよ」
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