良いも悪いもない
「失礼します」
コンコンとノックの後に入ってくる彼女。
今日の彼女は三つ編みを花飾りにしたみたいな髪型だった。ああいう髪型を見るといつも思うが、どうやってやってるのかすごい気になる。
だがジロジロ見ていても気味悪がられるだけなので直ぐに漫画に目を落とした。
文学部と言ってもこの部室にある本の大半は漫画だ。先人の残した文集と本はきちんと本棚に入れてはいるが長年放置されて傷んだ本やは捨てざるを得ず、空いた本棚には僕が持ってきた漫画を片っ端から埋めている。
僕はどんなジャンルの漫画も等しく好きだが、親は恋愛系の漫画を好ましく思わない。母は根っからの少年漫画派なので居場所を無くした本たちはここに避難させている。
だが、天城さんが来ていてもそれを読み続けるというのはいささか勇気がいる。本をこっそりと本棚に戻して話を振った。
「天城さんの容態は、大丈夫なの?」
初っ端から出る話題がこんなデリカシーのないものなのは自分でも本当にバカだと思った。今すぐ口を縫い付けたい。
「それは.........完治はしないかもしれないですけど、今は記憶が残らない以外は別になんともないです」
再び沈黙。何を話せばいいんだ。
私の語彙力はいつ失われたんだ。あんなに社交性のあった小学生時代に私は何の対価に語彙力を払ったんだ。
「しっつれーい」
ドーンッとドアを思いっきり開ける不届き者が一人。正体は百奈、女子高生だ。
「やっぱここかぁ」
「なんでここがわかった?」
僕はこの場所を教えたことは無いぞ。そもそも教える人も片手もいないが。
「えっ?今日は静が用事ですぐ帰っちゃったから雨音ちゃんと帰ろうと思ったら何処かに向かってるみたいだからこっそり跡をつけてみた」
えへっ。みたいな顔をしてこっちを見ている。きっとこういうのを後の祭りと言うんだろうな。この学校で僕の唯一の絶対聖域は今、失われました。
ため息と悲しさが溢れたがそれはいい。後にこの部屋が二人の愛を育む部屋になるという悲観的想像は置いておいておこう。
だってその間にも彼女は部屋のあちこちを見て周り、本を出したりしまったり。
「おいっ、そこは」
遂に彼女は僕の漫画ゾーンにまで手を出し一冊取ってしまっていた。しかも割とちゃんと甘々系のやつを。
「これって茜の本なの?」
しらばっくれてもいずれバレる気がするので素直に頷く。すると、小悪魔みたいな笑みを浮かべて
「へぇ、こういうのが好きなんだ」
なんて意味深なことを言いながら本棚にしまう。さようなら平凡な僕の高校生活。楽しかったよ。
「まぁいいや。ここにいても暇だし、カラオケ行こうよカラオケ」
ノリが軽い上にこっちを見て言っているんだが。なので僕は巧みに彼女と視線を合わさないようにしながらカバンを持った。
部室を出る準備は整った。うん、きっと二人で遊びに行くんだろうな。天城さんもなんだかんだ仲のいい人が出来て良かったなぁ。
黄昏に耽りながらさりげなく席を立ち上がると、空いた片方の腕にしがみつく百奈。
僕の思考は一瞬柔らかなものに支配され、身動きが取れなくなる。
「おい、離せ」
それが僕の出せた渾身の言葉だった。というかこうされたらどうしようもない。
「私は雨音ちゃんと行きたいけど、もちろんキミも来るよね?」
目線を逸らすと、さらに腕を抱きしめられ押し付けられる。
「分かった、分かったから腕から離れろ」
答えを聞いて彼女はやっと手を離す。
お前の彼女(仮)はどうなっているんだ静よ。誰にでもあんなことするのか?
お願いだから気の知ったやつにだけして欲しいものだ。じゃないと多大な犠牲が出そうで怖い。
「じゃあ、いっくよー」
彼女の掛け声とともに、僕らは部屋を出る。そのやり取りを見ていた天城さんは笑っていたが、その姿に僕は気づかない。
ただ小さく日記の最後に一言。
「もう少し楽しくやっていけそう」
とその日のページには記されていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます