斜陽の陰る場所

僕は実に2ヶ月ぶりにある場所を訪れていた。

「失礼します。.........まぁ誰もいないか」

建付けの悪くなった古い引き戸は直されることも無いまま朽ちていく。いつ取り壊されているのかも分からないような寂れた場所に佇むは我ら、もとい僕の部室だ。

かつては一世を風靡したらしいこの文芸部は、今では著名な作家も所属していたらしい由緒ある部活であるらしいのだが、今ではその面影すらなく僕が辞めれば即廃部の廃れ具合だった。

じゃあなんで僕がこんな部活に所属しているか。それは単純明快で学校に居場所が出来るからだ。

最初は埃が被って見る影もなかった部室も僕が一週間かけて綺麗にした。今となっては自分の部屋と思えるくらいの快適さだ。

「とは言っても、流石にこなさすぎたな」

椅子や机にはうっすらと埃が被っていて全体的に空気が良くない。

ガタガタと揺らしながら固い窓を開いて一通り掃除をする。埃を払うだけなので扇風機をすれば意外とすぐに空気は良くなった。

「疲れるな」

額の汗を拭うと、パタパタとシャツをあおぐ。

暑い。連日雨が続いてこないだの晴れが嘘のようだ。

どんよりとした曇り空は今にも降り出しそうなので、念の為窓は閉めておく。本の最大の敵は湿気となんとやらだからな。

「やっとゆっくりできる」

今日はそうそうに静と百奈は帰ってしまったので一人の時間を満喫できる。たまにはこういう時間も必要だ。

「むしろいつも話が出来てるのは奇跡かもな」

きっと2人にあってなかったら僕はここで毎日過ごしていた。使わなくなるというのは何も悪いことばかりでは無い気がする。

最初部活に入った頃は本棚に入っている本を全部読破してやるなんてことを夢見ていたけどそれも1段目で止まっている。

「たまには読もうかな」

すっと引き抜いて頁を開く。案外スラスラと読めてしまうのが驚きだった。半分読んだところで休憩しようかと顔をあげると、そこにはどうしてか、天城さんがいた。

「えっ?なんで天城さんがここに?」

と問われると何故か彼女の方が困惑していた。余計に訳が分からない。でも意を決したのか彼女は携帯の画面を見せてこう言った。

「これって茜くんですよね」

確かにその画面には僕がスコーンを頬張る僕の姿があった。こないだの映画の時の写真だ。

「そうだね、それは僕だよ」

その答えを聞くと途端に彼女は僕から1歩下がった。透き通るような白い肌に染まる朱はその色を余計に引き立たせる。

赤くなった顔で彼女は意を決する。

「それってつまり、私は貴方の彼女ってことですか」

「えっ?」

思わずそのまま声に出た。

「だって、こんな笑顔を写真に収めてるなんてカ、カップルみたいじゃないですか!」

そういうこと。やっと理解した。

「天城さん、それは違うよ。僕はキミの彼氏じゃない。友達として映画に誘っただけだよ。今のキミは覚えてないかもしれないけど」

なんでそんな笑顔かと言われれば彼女とデートしてるみたいで嬉しかったからなんていうのはもちろん言えるわけが無い。

「そ、そっか。そうなんですね」

彼女はまたいつもの落ち着いた口調に戻っていた。案外病気になる前の彼女は初心だったのかな。

「それじゃあ失礼します」

「あっ、待ってよ」

帰ろうとする彼女を引き止める。何か意味があったわけじゃないから振り返った彼女にかける言葉を考える。そうして出てきた言葉は

「天城さん、部活に入ってる?」だった。

「入ってませんけど」

「じゃあ、この部活に入らない?」

チャンスだと思った。ここで入ってくれたら彼女と少しは親密になれるような気がしたから。でも突然の誘いに彼女は答えを決めかねている。そりゃそうだ、彼女にしてみれば初めてあったに等しい人に勇気をだして声をかけたのに勘違いで、帰り際に入部勧誘されてるんだから。

「いや、今のは気にしないで。ごめん」

僕は彼女との関係を深めるよりも沈黙に耐えられなかった。何より彼女が困り顔をしてる時点でさっさとやめておけばよかった。

「だから帰って貰って構わな」

「入ります」

「え?」

「私のノートにはあなたはいい人だってちゃんと書いてありますから。貴方なら信頼出来る気がするんです」

入部届け出してきますねと言って彼女は部室をあとにする。彼女の純粋な返答に僕は申し訳なくなった。こんな欲望丸出しのやつのことを信頼してるのが、余計に恥ずかしかった。

「やっぱりそうだよね」

時々友達と恋人の好きの境が分からなくなる。多分今、僕が抱いてる彼女への好きは友達の好きだ。

「ならそうやって接さないと」

もう、間違いは二度と犯さないと誓ったのだから。

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