カラオケ
僕らがカラオケに行った日。それは僕が恥を晒した日でありそして、現実を突きつけられた日でもあった。
「茜、一曲目歌っていいよ」
カラオケに着いて部屋に入るやいなや百奈はマイクを取ると除菌カバーを取り外して僕に渡した。
友達とほとんどカラオケに行ったことのない僕はマイクを受け取ったはいいものの、何を歌えばいいのか皆目見当もつかないでいた。
「何歌えばいい?」
と百奈に尋ねるも、「友達とカラオケ行ったことないの?」と驚きとも哀れみともとれる反応をされただけで結局正解が何なのかは分からずじまい。仕方がないので10代の人気曲の1位を入れてみる。
「おおっ、結構自信あるんだ」
と言われたが、入れた曲は少なくとも時代に乗り遅れた高校生の僕でも知っているほどの超有名曲だ。これが歌えないなんてことは多分ないだろう。
「ーーー.......」
パチパチパチ。拍手の後に向けられた視線は見ずとも理解出来た。
「ダメだったね」
それもそうだった。この曲、サビでとてつもない高音になるので歌をあまり歌わない僕にとってそれは難しすぎた。
「最近の曲ってこんなのばっかなの」
「まぁ、そうだと思うよ。私はそっちの方が歌いやすくて良いけど」
来世は綺麗に地声と裏声が切り替えられるような人に生まれ変わりますように。
そんな願いは置いておき、次は百奈の番だった。あれだけ人を煽っておいて自分はあんまりだったら言ってやろうと言う思いで彼女の歌を聞く。
「じゃあ、ちゃんと聞いててよ。私の歌を!」
「凄い、本当に上手だね百奈ちゃん!」
と、賛美するのは僕ではなく天城さんだった。その歌声に思わず彼女の素が出ているのには触れないでおく。
「そんなぁ、そこまで褒められると」
そっちも満更でないのがなんだか気に食わないが、実際言うだけはあったので口に出せない。
「確かに上手かったな」
「うん!」
その笑顔はあいつに取ってやれよ。と思いたくなるような100点の笑みは、あまりにも眩しかった。
「それじゃあ、次は雨音ちゃんだね」
順番に歌うとするならそうだった。彼女はパネルに曲を入れると、マイクを持って立ち上がる。
「上手くなかったらごめん」
「大丈夫、どんなに下手でも茜よりはマシだから」
えっ?僕の歌ってそんなに酷かったの?
内心とんでもなく傷ついた。帰ったら確かめてみようと思うくらいには。
「気にしなくていい。だいたい、そんなの気にしてたら楽しめないよ」
僕は、刺さったナイフを受け止めながら精一杯の言葉で返した。すると彼女も笑って画面向いてくれたので幾分か安心する。
その後も何曲か歌っていき、2人は飲み物を取りに行った。
天城さんの歌声についてだが、暖かい歌だった。曲調のせいなのかもしれないが、百奈が激しく明るい調子の曲なら、天城さんはしんみりと落ち着いた曲なイメージが浮かぶ。
数曲聞いただけにすぎないのでなんとも言えないが、2人共自分の声にあった選曲をしているからかすごく耳に馴染む感じがする。
「それに比べて僕は」
片っ端から人気曲を歌ってはいるが結果はなんとも。自分でも気持ちよく歌っている気もしないし点が出る訳でもない。
「やっぱり好きな曲を歌うべきかな」
でも好きな曲を歌ったら引かれるのではないかと一抹の不安がよぎる。百奈に至ってはもう既に僕がそういうのが好きだと知っているのでなんとも思われない気がするが天城さんはどうだろうか。
そんなことを考えていた時、一通の通知でスマホが震える。テーブルを見ると天城さんのスマホだった。通知はただのLINEのものだったが、僕はその画面を見て直ぐに逸らした。
「よし、何を歌おうかな」
直ぐに2人は戻ってきて、またカラオケが始まる。何も見ていない。そう言い聞かせた。
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