痛み
金曜日、その日はゴミ収集車のやってくる日。
それを彼らは知る余地もない。人知れずタイムリミットは数時間となる。
「失礼します」
「あっ、天城さんが来た。これで揃ったね」
彼女は荷物を置くと椅子に腰かける。
「そういえば、天城さんって前よりも僕らと話す時自然になってきてるけど、昨日の事とかは覚えてるわけじゃないんだよね?」
いつの間にか、自然と彼女はそこに居て。それが普通のことだと錯覚してしまう。けれど彼女は記憶をリセットしているんだ。
「はい、残念ですが覚えてません。でも、みんなと話している時はなんだか緊張しないで済むんです」
「それって、良い事なのかな?」
「どうでしょう。……記憶はなくても体が覚えているというものでしょうか」
なんにせよ、会った時から彼女は変化している。きっとそれは良い事なんだ。
「それはそれとしてよ。無くなった文集探しはどうするんだ?」
「それだよね〜。まだ犯人見つかってないし、もう捨てられちゃったんじゃない?」
今はそれが1番有力説だが、そうですかと諦める訳にもいかない。
「とりあえず特進科に行こう、先生引き連れて」
「だな」
というわけで「残業が〜!」と叫ぶ先生を職員室から引きずり出して特進科に向かう。
「お願いです、先生しか顔みてないんですから」
「そう言われても、小テストの採点も明日の準備まだなのに」
「先生、甘いもの好きだったよね?今度駅前のお店のタルト買ってきてあげるからさ、それで許してくれる?」
「えっ?……まぁそれなら考えなくもない」
チョロいな。
ナイスだぞ、と百奈に合図を送ると親指を立てたポーズが返ってくる。
これで後ろめたさはもうない。
「失礼します」
ここは控えめな僕、先頭は静にバトンパスをしている。辺りを見回して先生も覗き込む。
僕は見ても分からないだろうと廊下で待っていたら、何やら怪しげな動きをしている人を見つける。まるでなにかに見つからないようにしているかのようで。
ふと、彼女と視線が合う。
これはマズいと思ったのか、彼女は急いで走り出す。
流石にそれは悪手でしょ。
どうやら天城さんも気づいたようで、彼女を追いかける。
「いた!」
とだけ言って僕は追いかける。それで教室を覗き込んでいた3人も気づいて反対の階段から降りていく。
「天城さん、彼女の顔見ましたよね」
「はい、彼女は夜司風さんです。去年普通科から特進科への転科受験を合格した子です」
そうだったのか。切れ長の目に腰まで届いたその長髪は彼女の落ち着いた雰囲気とマッチして賢明さを醸し出しているが、見た目通り賢いんだな。
「私も、、いえ。なんでもありません。追いかけましょう」
走りながら喋ったせいか彼女の息はもう絶え絶えだった。「休憩してて」と彼女には言って僕は夜司さんの追跡を再開する。
彼女、見た目の華奢さからは伺えない身体能力であっという間に昇降口から出ていってしまう。
校舎を抜け出されたら見つける手段が無くなってしまうからそこだけは何としても止めなくては。
「待て」
「……断る」
マズい、このままじゃ追いつけない。
僕との差は徐々に離れる。一応僕だって男なんだけどなぁ。だがそんな彼女も校門前で足を止めざるを得なくなる。
「残念、俺の方が一足先だ」
校門に手を当てて立つ静がいた。
良かった、と安堵するのも束の間直ぐに彼女は校舎に向かって走り出す。
「それはさせない」
僕は意地で走り去ろうとする彼女の腕を掴む。あまりにも細いその手首に思わず力を抜きそうになるが、しっかりと握る。
「どうして逃げるの?なにか、僕たちに会うと困ることでも?」
「………わかったよ。諦める」
そこで引き離そうとする彼女の力も抜ける。
後から、天城さんと百奈が来る。いつの間にか先生は職員室に舞い戻っていた。
「それで文集は?」
「……捨てた」
「何処に?」
「ゴミ捨て場」
「行ってくる」
それを聞いて静は部室を走って出ていく。もうゴミ収集車が消えているかもしれない時間帯だがとりあえず確かめる必要はある。
「どうしてこんなことをしたの?」
百奈は純粋にその疑問をぶつけた。この件については口外してない、ましてや知られたところであの文集を破棄するという結論に至る意味が分からない。
暫く口を閉ざした彼女は俯きながら口を開く。
「それは、、、貴方のせいよ。天城雨音」
彼女ははっきりと天城さんを睨んでそう言った。
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