初めまして、天城さん

その日の終わり、彼女とわかれる寸前。

僕はこの日の出来事はもう思い出されることはないのだと気づいて歩いていた足を止めてしまった。

「どうしましたか?」

心配そうに顔を覗き込む彼女には、今まで見せてくれなかった愛くるしさがあった。

たった1日、そんな彼女の表情を知ることが出来て僕はとても嬉しかった。だけど僕は欲張りだからもっと見ていたかった。

「なんでもないです、帰りましょう」

なんでもないよというような顔で、再び足を動かすことしか僕には出来ない。


「おはよう茜。それで、週末は上手くいったのか?」

「お前らも映画館にいたのを知ってる。遠目で百奈が騒いでたからすぐに分かった」

「あちゃー、やっぱりバレてたか」

僕の後ろから何かが体重を傾けてきた。見上げると、百奈だった。

「重い」

「酷いよ茜。私はそんなに重い女じゃないよ。ねっ、静?」

「いいや、重いぞ?」

「えっ」

「愛が」

「だよね〜」

やっぱりなんか腹立つ。なんで毎回俺の周りでちちくりあうんだ。というかそろそろ離れてくれませんか、重いものが当たって気が気じゃない。

「あっ、天城さん。おはよう」

「ええと、茜くんかな。おはようございます」

ちょうどクラスに天城さんが入ってきた。僕が挨拶をすると彼女も返してくれる。続けて静達にも挨拶をすると、自分の席について荷物を机に入れる。

誰も彼女には近寄らないし、だけどあえて避けることもない。だけど控えめに言って綺麗な顔立ちは彼女を空気ではなく確かにそこに存在させる。

初めて彼女に名前を呼ばれた。

それは言いようのない嬉しさで、同時に彼女のノートに僕の名前があるというのが言葉にならない感動を生む。

小さな一歩だ。

「嬉しそうだな茜」

「まぁ」

「やっぱ好きなんだな」

「ばっ」

ガタッと席をたとうとしたがそのまま腕をぶつける。悶えながら彼をにらみつけるも、ヘラヘラと笑うだけ。

絶対に知らなかったであろう百奈にもバレてしまったのではないか、と思い辺りを見たが彼女の姿はどこかに消えている。良かった、と安堵しつつもここはちゃんと否定しておかなくては。

「違うからな」

「何が?」

「だから、その、、それだよ」

「それを恥ずかしがって言う時点でダメだな」

もう多分こいつには否定しても何しても無駄だろうな。

先生が教室に入ってきたので諦めて席に着く。


今日のLHRは席替えだった。昼も越えて昼食を食べると眠くなり、気づけばこんな時間になっている。わいわいと騒ぐ声は眠い頭に良く響く。

前で委員長はせっせとくじを作っている。大変だなぁなんて思っていると、作り終わったのか袋に折りたたんだ紙を入れていく。

「それじゃあ、一人一枚見ないで取ってくださいね」

前の方の席の人から次々とくじを引いていく。一番後ろの席である僕のところへはしばらく来ない。その間にも黒板に自分の席を書く生徒達。たいていの人は後ろを狙う。僕だってそうだ。

だから少しずつ後方の席が埋まっていくのを見ると、だんだんと胃が痛くなる。今のこの安全地帯から離れたくない。良い席の時ほどそう思ってしまう。

で、僕の番。残る紙は数枚。一番後ろの席はパッと前を見た感じ一つしか残ってない。それならそこを引くしかない。

引いた紙を恐る恐る開く。

「やった」

たまには僕にも運を持ってきてくれるんだね神様も。

一番最後方の余った席に名前を書く。荷物を持ってその席へとみんなが動く。

「お、お前が後ろか」

「らしいね」

僕の前は静だった。知っている人が近くにいるだけでも多少は安心する。席が替わってみんな近くの人と軽く話をする。僕も静少し話をするが、すぐに僕の隣を彼が指すので振り向いた。

「茜くん、よろしくね」

隣に座っていたのは天城さんだった。

「よろしく」

あまりの驚きにすぐに返事ができなかった。思ってもみなかったことに僕は胸を高鳴らせていた。うれしさもそこそこに先生の話が始まる。

来週はついに始まる中間テストだ。

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