さめざめと、晴天

やっぱり美南に恥を忍んでも聞くべきだったのか?

自分の今の服装がちゃんとしてるかどうか、彼女を待っている間に不安になってくる。人々の視線が交錯する中に、自分に目を向けてダサいなんて思ってる人がいるかもしれない。

実際は誰も自分のことなんて見てないと分かってはいてもそう思ってしまう。

「早く来すぎたな」

時計を見れば8時半。待ち合わせまで30分もある。携帯を見ても連絡はなく、頑張れよという静からのLINEだけがある。

椅子に座って時間を潰そうとスマホを開こうとしたが、3年目にもなるこの相棒は電池の消費が著しくいざと言う時に使えなくては困ると再びポッケにしまう。

道行く人を数えて何千里。1000人目からはもう分からない。トイレにでも行こうかと立ち上がった時、目が合った。

「あっ、天城さん」

「ごめんなさい、遅れちゃって。あなたが」

「茜です」

「.........良かった。人違いだったらどうしようかと思った」

彼女は、今の性格と違い明るい性格だった頃のファッションが残っていて、だけど派手すぎず控えめすぎない服で綺麗だった。

だけどその服が似合っている、なんてとても恥ずかしくて言えず、誤魔化すように映画館へ向かう。

待ち合わせ時間は割と時間に余裕を持たせていたので、まだ上映までに時間はあった。

「朝ごはんって食べましたか?」

「そういえば、朝起きてノートを見て急いで準備をして来たので食べてませんね」

「それなら、そこで少し軽く何か食べませんか」

「そんな私のためにわざわざいいですよ」

遠慮して断ろうとする彼女に踏み込めずにいた僕であったが、沈黙の間にきゅるるぅという音が鳴る。彼女を見ると恥ずかしそうに耳を赤く染めている。

「や、やっぱり行きます」

「ごめん」

「あやまらないでください!」

余計に恥ずかしさが増したのか、今度は顔まで真っ赤になっている。僕はそれ以上触れずに店に向かった。

こんな朝から開いている店と言えば大抵は喫茶店が多い。かくいう僕が指した店も全国展開されているチェーン店だった。

「天城さんは、何頼みますか。僕はこのコーヒーとスコーンにしようと思ってるんですけど」

「それじゃあ同じもの、、とこれを」

恥ずかしそうにメニュー表を見せるとそこにはオムライスの写真があった。やっぱり結構お腹が空いていたみたいだ。

手を挙げると店員さんがやってきて注文を聞く。

「このオムライスを二つと、食後にコーヒーとスコーンを同じ数お願いします」

「分かりました」

店員は注文を繰り返してそれに了承すると、注文を伝えに控えに消える。

天城さんは、しきりにこちらに目を向けてくる。

「……良かったんですか?」

「いいよ、僕もお腹減ってたし。それに、」

そのあとの言葉は言わないでおいた。

しばらく映画のあとのことについて話をしていたら、あっと言う間に注文が届く。

届いたオムライスはとろとろの卵にデミグラスがかけられていて、一度は味わってみたかったものに拝めてなぜか感動した。

「ほんとにあるんだこんなオムライス」

「私だって作れますよ、こんなに上手ではないですけど」

そうなのか、今時の女子高生って言うのはすごいんだな。朝ごはんにしては多め、昼にしては早すぎるご飯は微妙に空いたお腹をいっぱいにする。

「スコーン、要らなかったですね」

「えっ、そうですか?」

「なんでもないです。楽しみですね」

「はいっ」

やってきたコーヒーは白い湯気を立ち昇らせて、角砂糖を一粒混ぜて飲むとちょうどいいほろ苦さになる。

「そういえば、勢いで頼んでしまったけど私あんまりコーヒー得意じゃないんでした」

えっ。そうだったのか。なんだか悪いな。

「すいません。ちゃんと聞いておけば良かったですね。でも僕もあんまりコーヒーは好きじゃないです」

まぁ僕だって一男子として見栄は張りたくなるものだ。でもさっき角砂糖入れてる時点でそんなのあったもんじゃないけど。

「それ入れたら変わりますか?」

「僕もとりあえず甘くなるかなぁって入れてみたんですけど、もともとが分かんないんでなんとも。でも気持ち甘い、かな?」

「じゃあ私も入れてみます」

彼女は3粒入れて掻き混ぜる。ふー、ふー、と表面を冷ましてカップをゆっくり傾ける。

「.........甘いです」

「そうですか?僕は大抵3粒入れるんでちょうどいいくらいだと思いますけど」

「茜さんはきっと甘党なんですね」

「否定できないです」

そういうと彼女は僕とカップを交換する。

「それじゃあその甘々コーヒーは差し上げます。なので、このコーヒーは私が貰っておきますね」

ゆっくりと口をつける彼女だが、舌に当たったのか熱っ!とすぐに口を離してしまう。

僕もカップを持って、中身を飲み干す。そこにはザラザラと砂糖の粒が見えた。

「確かに、甘いですね」

「やっぱり甘いじゃないですか」

二人して目が合うと、思わず笑いが込み上げてきた。段々と緊張もほぐれて口調も緩くなっていく。話をしているうちに映画の上映時刻は差し迫る。スコーンを食べ終わる頃には30分を切っていた。

「うわぁ、急がないと」

店を出て、映画館に向かう。途中雨が降っていたのか地面は濡れて空には虹がかかる。

晴天の空にかかる虹を、見上げない二人は気づかない。

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