文集を作ろう!

夏空

猫が寝転んでいる。涼し気な日陰に収まったあいつは、まるでこちらの暑さを嘲笑うかのように心地よい表情をしている。

なんてやつだ。けしからん。

朝も八時を迎えていないのにも関わらず日差しがさしこんでいる。家々の合間の光は蒸し暑い空気と相まって、僕の額に汗をにじませる。

「いってきます」

玄関から声を掛けて僕は扉を閉める。毎日犬を連れて歩くおじいさんおばあさんと何人か顔を合わせて小さな住宅街を抜けて大きな道路に出る。

駅に着いて電車に揺られ、まだ人通りの浅い駅に降り立つと、次は自転車に乗り換える。

自転車で掛ける爽快さはもうこの時期になると失われて、ただただ暑さが顔にぶつかるだけ。不意に通り過ぎるバスに乗っている人がうらやましい。

道路脇に強く根付いた雑草は背丈を増して、必死に生を全うしようとしている。

都会のビルが立ち並ぶ駅沿いまで来るとその高さが、少しだけ朝の知らせを遅くする。

恐らくクラスメイトであろう人が僕の少し前で自転車を漕いでいる。だが、僕は近づくことなくむしろ距離をあけた。話しかけるのもかけられるのもなんだか億劫だ。

無事に学校の駐輪場まで着いて自転車を止める。朝早くから行くとあんまり人がいないので駐輪場の端に止めることができるのが良い。帰るときに楽なんだ。

教室の扉を開けてよるの間に熟成された夏の夜の生暖かい空気が覆い被さってくる。

すぐに窓を全開にして換気を試みるが入ってくるのもおんなじ空気。暑さがちっとも変わらない。エアコンは始業15分前じゃないとつけてくれないからしばらくこの暑さに耐えないといけない。

が、そんなの耐えられるわけがないので鞄を置いて教室を出る。スマホをいじってお手洗いに行ったりして時間を潰していると少しずつ教室に人影ができる。

その人の中にさりげなく紛れ込んで僕は教科書なんかいっちょ前に出して声を掛けてくるのを待つのだ。これが友達のできないやつの惨めなモーニングルーティーン。

「おはよう」

と、静から声を掛けられて僕の朝は始まるのだ。

「おはよう、ってどうしたの」

「どうしたもこうしたもないだろ」

ズンズンとこちらに向かってくる静に圧倒されて椅子から立ち上がりそうになる。

「なんで、俺が、会計なんだ?」

黒板には、昨日のHRで話し合った文化祭での役割分担が書かれていた。それで、彼の言うとおり会計には静の名前がある。

「それは寝てたからだよ」

「いや、確認くらいは取るもんだろ」

「僕に言われても、決めたのは委員長だし。それに他の人は部活の出し物があるから消去法で帰宅部の人が優先的に入れられてたよ」

「じゃあなんで茜は名前が載ってないんだ」

「?部活に入ってるからだけど」

「は?」

そういえば、僕は静といないときにしか部室に行ってないから知るはずがないんだった。咄嗟に出たけど、また説明しないといけないのか。

「じゃあ、もしかして百奈や天城さんの名前がないのも……」

僕はそれ以上は言いたくないので静かに頷く。というか百奈に関してはあのまま入部するとは思ってなかったから本当に説明のしようがない。

「おっはよーう!」

来た、いろんな意味での問題児。

「おはようございます」

まさかの百奈と天城さんが一緒に教室に入ってきたので驚いた。天城さんの表情を見る限り十中八九百奈が無理矢理一緒に来たんだろうけど。

「ちょうど良いところに来た、百奈。茜の部活に入ってるってホントなのか?」

一瞬きょとんとした顔をしていた百奈だが、すぐに状況を理解して顔色を変える。

「なんでそんなこと気になるの?もしかして、私が茜に気があると思ってるの?」

「いや、そんなことはないけど……」

と反対を向いてこっちを見たかと思うと、威嚇をするかのように僕を睨んでくる。

そんなぁ、こっちは完全にとばっちりなのに。

根はれっきとした草食動物である僕は肉食動物には逆らえない。

「……じゃあ、静も部活入る?」

「おう!そうこなくっちゃ。俺たち友達だもんな」

急に友達の距離が急接近して肩を組み始める。というかそれ、友達じゃなやつに使う口上じゃなかったっけ。だけど、こじんまりとして静かだった部室がまた騒がしくなると思うとなんだか複雑だ。まあ天城さんを誘ったときに二人にはいずればれるような気がしていたから時間問題ではあったからしょうがないか。

「でも、もう会計の仕事は決まってるからそれはどうしようもない気がするんだけど」

「いや、別にそれはいい」

「じゃあなんでそんなに嬉しそうなの」

「部活で出し物をするからに決まってるだろ」

あっ。

去年の地獄が走馬灯のように一気に脳内に流れ込んでくる。一人ではじめから終わりまでむなしくやったあの日々を。

「そうと決まれば俺は今日入部届を出してくる。放課後は部室集合な、出し物の内容は早めに決めておいて損はない。だから、今日の小テスト補習にならないよう頑張ろうぜ」

僕、一応部長なんだけどなあ。

思ったけど別段あえて口にするようなことでもないのでいいか。

そうして今日も始業のベルが鳴る。いつの間にか教室は涼しくなっていた。

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