望まない推論
ああ、嫌な予感がする。
僕は会長の言葉など耳に入れることなく部室に向かった。扉を開けて自分のカバンから文集を取り出す。
「あった」
空白であったはずの括弧の中身が1つ、埋まっている。やっぱりその予感は当たってしまった。
「置換」
「てことは彼女が4人目の」
ガタガタガタ。
「いきなり走ってどうした?」
続々と部室に人が入ってくる。みんな僕が慌てて飛び出したのを追いかけてきてくれた。
「これ見て」
「置換って、置き換えるみたいなこと?」
「うん、意味はそのまま。たぶんというか、あの子が4人目の能力者だ」
遠回りだったはずの会長の押しつけは、巡り巡って結局引き合う。喜べばいいはずだけど、少し疎ましい。
「じゃあ、もう1回話しに行くか」
おんぼろ校舎を出て、特別棟に向かう。意外と距離は遠くて我を忘れていたことを感じさせる。
「また、あなた達なの」
引いていた楽器の音が止まって、睨みつけるように僕らに視線を刺す。破裂寸前の風船が如き心情の相手に僕はどう接すればいいのだろう。
「少しだけ、話をしませんか。僕達はあなたのその力を解くためにここに来たんです」
何を言えばいいか分からず、突拍子もないことを言ってしまった。
当然彼女らは困惑した表情で、当の本人は逆にそれがおかしなものだと自覚してしまって不安を煽ることになっている。
「もう、いい!私達は練習がしたいだけなの、ほっといてよ!」
やっぱり彼女の心は不安定だった。拒絶する彼女の言葉は、再び僕らを何処かへと飛ばしてしまう。
「これじゃあ、結果は変わらないな」
「静、そんな事言わないでよ」
「百奈だってそう思うだろ?次行っても追い返されるだけだ」
「確かにそうだけど……」
完全に行き詰まってしまった。なにか策はないか?しばらく考えていると、瞑っていた夜司の目が開く。
「見えました」
「何が?」
「今日は無理です。どうやっても彼女らを説得はできない。また明日考えるしかないですね」
「じゃあしょうがないな」
夜司は天城さんと目が合う。それで彼女は何かを理解したのか、ちょいちょいと夜司さんを呼ぶと頭を撫で始めた。
「えっ」
「こうすると良いって書いてあったから。もしかして、嫌でしたか?」
「あっ、いや。その………ありがとうございます」
あまりの嬉しさに言葉を紡げない。しばらく撫でられて、彼女はご満悦。
「それじゃあ、また明日にしよう」
「すまん、明日は会計の仕事があるみたいだから部活には出れないかもしれん」
「分かった。それじゃあまた明日」
特にこれといってすることも無いので部活を締めようとしたのだが、それに待ったが入る。
「待って」
「どうしたの?」
夜司さんは何かを言おうと口を開く。けど、振り絞って出した言の葉は「なんでもない」だった。
「ホントにいいの?」
彼女は何か言いたげなのに口を噤んでいる。それが妙でどうしても気になる。
「なんでも無くはないんです。でも、ごめんなさい。言葉にならなくて」
「それならしょうがない。明日は部室探しと彼女らの説得を」
部室に鍵をかけて、僕らは学校から帰る。校舎を出て靴を履き替えている時、演奏が校舎から響いてきた。必死に演奏している姿が目に浮かんできて、どうしてこんなことをしているのだろうかと一瞬考えてしまう。
やっぱり彼女達に演奏をやめてもらうのは解決にならない。
「あの子達も、ちゃんと練習できるような場所が見つかるといいですね」
いつの間にか隣に天城さんがいて心臓が飛び跳ねそうだったがあくまで平静を保ったふりをする。
「そうですね。もちろん、天城さんのその能力を解くためにも」
「ありがとうございます」
お辞儀をして、顔をあげると彼女は小さく微笑んだ。
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