忘れる彼女に覚えられるまで

日朝 柳

彼女と僕

キミは何でも忘れちゃう

始業式。何本もの駅を超えたその先に、僕の通う高校はある。

入学式を前に散ってしまった桜が、入学生ではなく在校生の足に踏まれてカーペットを作り出す。

昇降口に貼られたなんの彩りもない白と黒の文字列。一生懸命探すことで初めて自分の名前を見つけられる。

「あった」

僕は2年I組だった。少子高齢化のせいで減った定員で僕らの後輩からはI組は無くなってしまった。なんだか寂しいなと思ってはみたが体育祭は?とか余計なことまで考えてしまいそうになったので忘れることにする。

明らかに増設したであろう校舎からはみ出た教室は、夏も冬も風通しが良い。今も日は昇って影になっているせいで肌寒くもある。

クラスに入って見渡してみたものの、知ってる顔がほとんどいなかった。不幸中の幸いなことに、去年から仲の良い子の姿が目に入って僕は彼のもとに行った。

「おはよう、今年もよろしく」

「あっ!良かった〜。知ってる人誰もいないからぼっちになるかと思ったわ。よろしくな茜」

陽気な彼は白鷺静。名前は明らかに大人しそうなのに、当の本人は完全に明るく元気なやつだ。どういう訳かは分からないが、何故か入学早々大人しくしていた僕に話しかけてきて、それから仲良くしてもらってる。

別に僕だけでなく基本的に誰とでも親しくやって行けるようにするが、結局は僕と帰ったり遊んだりと良い奴なのは確かだ。

「そういえば静、自己紹介考えてきた?」

「ん?そんなのアドリブで何とかなるだろ」

「普通はならないんだよ」

「そうか?まぁお前も何とかなるって。俺のあとなんだからいざとなったら少し俺のをパクればいいって」

僕らが話をしている間にも人は入ってくる。ほとんどの生徒が席に着いて、チャイムが鳴ったので静も前を向く。

少ししてたくさんの荷物を顔が見えないほどまで高く積んだ女の先生が入ってきた。

配布物を全て配り終えて気づいたが彼女いや、先生はかなり身長が低い。なにしろ最初に自己紹介で自分の名前を書こうとした時も黒板の上3分の1には届いていなかった。

「それでは、出席番号順に簡単な自己紹介をしてください。何も思いつかなかったら、今日の朝ごはんでも構いませんので、何かは自分のことをお話してくださいね。それでは1番の天城さ、ええと雨宮さん?よろしくお願い」

「先生、お気になさらず」

「あ、ごめんなさい。じゃあ天城さんお願いね」

彼女は立ち上がるとみんなの方を向いて挨拶した。

「天城雨音です。病気を患っていてあまり

記憶力が良くないので皆さんのことを覚えられるか分かりませんが1年間よろしくお願いします」

彼女の自己紹介を聞いて、戸惑いの色がみんなに浮かぶ。そんなことも気にせずに彼女は席に着いて次の発表者を待っている。

「なぁ、あの子若年性アルツハイマーって奴なのかな」

前の席の静が僕の方を向いてヒソヒソと話し込む。僕は彼のそんな質問に上の空で答えていた気がする。

「あぁ。そうかもな」

目を奪われるとはこのことなのだろう。僕はその後の他の人の自己紹介などほとんど耳に入らなかった。自分が何を言ったのかすら覚えていない。

「おい、おい!茜大丈夫か?なんか調子でも悪いんじゃないか、返事もまばらだし」

僕は静に肩を揺さぶられてようやく我に返った。時計を見ると11時前。もう下校の時刻になっていた。まだ何人かの生徒は残って雑談を繰り広げている。

思い出したように僕は彼女の席に目を向けたが、もうその姿は無い。

「静、帰ろうか」

「おう。そうだ、カラオケ寄ろうぜ」

僕らはその日カラオケで夕方まで散々歌った。僕が最初に歌った曲は「カタオモイ」だった。静には恋でもしたか〜?なんて笑われたがそうだった。歌詞に意味は無い。ただその単語を歌いたかった、僕は彼女に恋してしまったんだ。

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