第3話・友好条約

 ──あと少し! そう思った瞬間。

 大勢の騎馬隊の姿が目の前に現れた。

「どちらに、お出掛けですかな? 島民をおいて? ?」

 騎馬隊の中の一人、全身に鎧を纏った、立派な髭を顎に携えた、豪傑な顔をした男性が私に言った。


「ダレリィー!」

「殿下……」

 ダレリィーは私を自分の背に咄嗟に隠し、腰に差してあった剣を抜いた。


「フンッ」

「フハハハ」

「アハハハハッ」

 騎馬隊の騎士達が失笑する声が聞こえる。

「おいおい、そんな剣で、俺達に斬りつけれるとでも思ってるのかい? ひよっこ君?」

「王女の前だから、良いところ見せようって思っても無駄だぞ?」

「ハハハハハッ 腰が引けてるよ? ? そんな物騒なもん、さっさとしまったらどうだ?」


「おのれええええええ!」

 ダレリィーが剣を振り上げる。


「ダレリィーダメ! 止めて!」


 カランッ ドサッ!


 それは一瞬のことだった。

 振り上げたダレリィーの剣は地面に落ち、ダレリィーは地面に這いつくばっている。


「ダレリィー!」

 私が彼の名前を呼んだ瞬間、私は、先程の嫌味な髭面の男に腕を取られ、引き寄せられていた。


「レッジン、連れて行け!」


 そう、一言だけ発した男。

 一際大きく、立派な装飾を施された馬に跨ったまま、冷たい声を発した人。

 冷たく、なんの表情もなく発せられたその声は、人の発した声とは思えない程の冷気を纏う低く地を這うような冷たい声だった。


「……『氷帝』シュバイツェルン?」



 金色の髪を靡かせ、モレシャンの海の色と同じ、澄んだコバルトブルーの瞳を持つ男。

 でも、その瞳は深く冷たい深海に居るかの如く静寂の世界。

 全てを凍りつかせると言うその視線は、私を見ることもなく、去って行った。






 ──その頃王宮では。


「陛下! 陛下! 大変で御座います! シュバイツェルン帝国の使いの者が!」

「シュバイツェルン帝国から和平の申し入れで御座います!」



「は? なんだって和平だと?」

「それは誠か?」

「陛下!!!」


 文官達や、国王の警護の為に宮殿内に残っていた衛兵達が騒ぎ出す。


「陛下。シュバイツェルン帝国より使いの者が参っております。我が国と和平を結びたいと申しております」

 そう言って衛兵の一人が、国王である、モレシャン国王陛下のところにきた。

 シュバイツェルン帝国の使いより、一通のが届けられた。



 ──『貴国とを結びたい。我が帝国は貴国と貿易を望んでいる。友好の証として貴国のを我が帝国シュバイツェルン皇帝陛下付き召し抱えることとす。これを承諾するのであれば、島にも、島民にも今後一切、手出ししない。攻撃はしないと約束しよう。但し、断ればこの島全土を焼き尽くし、皆殺しにした後、海は深い氷に変えてしまう所存である』



 その手紙を見た、国王は手紙を無言で側にいた衛兵に渡した。


 ──衛兵の周りに、側に居た文官や、他の衛兵が集まる。


「なんだとお!」

「なんだこれは!!!!」


「はああああああ? 断れば、海を凍らし、島を焼き尽くす?」

「友好などと言って、全て一方的ではないか!」

「全員皆殺し……」

「こんなの友好じゃなく、脅しじゃないか!」

 手紙を目にした、文官や衛兵達が憤りの声を口々に上げる。


 そんな中、一人の衛兵が呟いた。

「でも、これって、マリアーヌ様を差し出せば、命だけは助かるってことだよなぁ?」

 そして、二人目

「マリアーヌ様を渡せば、俺達全員助かって、島も助かるってことだよなぁ?」

「ああ、マリアーヌ様がシュバイツェルン帝国に行けばいいだけの話しだよなぁ?」


 側にいた侍女達までが口を揃えて言い出す。

「マリアーヌ様が行けば私達助かるんですって!」

「本当? マリアーヌ様が行ってくれれば!」

「そうよ! マリアーヌ様が行けば、島のみんなが助かるのよ」


「「「「マリアーヌ様が行きさえすれば!」」」


 衛兵達や、文官、宮殿で働く侍女達が騒いでいる。



 暫くの沈黙の後、陛下がゆっくりと立ち上がり、低く鋭い声で発した。


「我が国、モレシャン王国は、シュバイツェルン帝国と友好条約を結ぶことにする。取り急ぎ使者を帝国軍に送る用意を!」


 その顔は、厳しく強い意思のようなものが感じられた。



「「「「陛下!」」」


「「「それでは、マリアーヌ様を差し出すと言うことですか?」」」


 再び、部屋内が沈黙となった。皆、王の返事を待っている。


 そしてゆっくりと王が発した。


として当然の仕事だ! この国の為に尽くせるなら、マリアーヌにとっても誉だ。マリアーヌにはシュバイツェルン帝国へ行ってもらう!」


 そう言い残し、王は奥の部屋に足早に去って行った。


 この日、始めて自分の娘である、モレシャン国王の長女であるマリアーヌに対して、彼が『王女』と口にしたことは、本人も勿論だが、周りの者も誰一人、そのことに気づいていた者はいなかった。

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