第9話・反省する
──皇帝の執務室周辺には冷気が漂い、ドアの外までその寒さが広がって来ていて、廊下を歩く者全てが寒さに震えながら急ぎ足で歩いていた。
「あの女ぁ! この俺に向かって! 今度会ったら絶対許さぬ」
一代にして北の小国だったこの国を、大帝国にまでにしたシュバイツェルン帝国皇帝、エルディアード・カイザー・シュバイツェルンはいつになく不機嫌だった。
「しかしこの俺に向かって怖がることもせず、それどころか、いい年した大人が? 子供じみていると? 剣でしか解決出来ないと? フフフッ笑わせてくれるわ。フハハハハハハッ」
「へ、陛下? えっと……あの? 本日の夕食で御座いますが……えっと、僭越ながら、わたくしめがご用意したほうがよろしいでしょうか?」
そう震えながら恐る恐る主君の顔色を窺いつつ小さな声で発したのは、この国の宰相、ランパートだった。
レッジンが武のトップであるなら、このランパートが文のトップ。この大帝国の実質的な政治の要を任されている男だ。
「いや、構わん。あの女に用意させよ。ランパート。フハハハハハハッ 見ておれ? 小娘!」
そう言って皇帝は奥の部屋に向かった。
ランパートはその後ろ姿を見送りながら、金目の物とガラス素材で出来ていた物を急ぎ金庫に片付けて行く。
「あ、あと大事な書類も念の為しまっておくべきかなぁ? 陛下に粉々にされたら困るしなぁ……」
ランパートは
──その頃、レッジンにこってりと絞られたマリアーヌは、厨房に向かってトボトボと歩いていた。
「レッジンさん、何もあんなに怒らなくても……まぁレッジンさんのお陰で、今、まだ私は生きてるんだけど……別に私だって死にたい訳じゃないんだけどなぁ……」
そうブツブツ言うマリアーヌの姿にジョエルは「この仕事早く誰か代わってくれないかなぁ……」と切実に願っていた。「一人の女性の側に仕え、何か変わったことがあれば上官に報告するだけで、あとは彼女の手伝いや雑用をしているだけでいい」と言われ、簡単そう? と思って引き受けたことに彼は後悔していた。
「まぁ、クヨクヨしてても仕方ないわね。よし! 今度こそ、あの冷血男をギャフンと言わせて見せるわ!」
「えっと……皇帝はギャフンとは言いませんよ? マリアーヌ様?」
「ん? 何か言った? ジョエル君?」
「い、いえ……何も」
ジョエルは、自分の短かった人生を思い出しながら、田舎に住む両親やまだ、小さな兄弟達を思い浮かべていた……。
そんな遠い目をしていたジョエルに、マリアーヌが言う。
「ジョエル君、手伝ってくれる? ここにある釜でこの『コメ』を炊いてくれる?」
「へ?『コメ』ですか?」
驚いた顔をした、ジョエル君に私は続ける。
「ええ。今日の夕食の主食にはこの『コメ』を使うわ!」
私は実はあの後、レッジンさんに説教されている間ずっと考えていたことがあった。
レッジンさんもジョエル君も二人が共通して言っていたこと「今まで、
プロの料理人が作る最高級のフルコース。
私はそこで考えた。
確かに一流の料理人が作る、見た目の華やかなフルコースは美味しいわ。
でも、たまに食べるなら美味しいかも? だけれど、アレが毎日、しかも毎食続くとなると?
そりゃあ、私だってその皿を見ただけで、味は想像出来るし、手を付けようと思わないかもしれない……。
昨夜は、帰還を祝う晩餐会。城の料理人達が腕を振るって作った豪勢な食事。
私は自分が作った「今日の昼食」のメニューを思い出した。
白身魚のテリーヌに、鴨肉のローストと彩野菜の素揚げ、じゃがいもの冷製スープに、パン。
昼食としては、定番系のメニューだが、どれも今まで何度もテーブルに並んだ料理だろう。
だから、殆ど手をつけずに「不味い」と言ったのかも……。
私は自分の出したメニューを思い返し反省した。
毎日のように同じ物を食べてきたら、もうそれを見るのも嫌で「不味い」って言っただけなんだわ。
今まで料理人にそのことを告げなかったのは、きっと言っても同じだと思って諦めていたのかも。
謝らないと。
私は何て酷いことを彼に言ったのかしら……。
私は反省した。
謝ろう。彼に。そして今度こそ「美味しい」と言ってもらいたい!
私は、背伸びした余所行きの料理ではなく、
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