第8話・皇帝に説教した
──目の前の大きく重厚なドアが給仕の女性によって開けられた。
「うわ~~何これ~~。大きい!」
私が目にしたのは、これ何人座れるの? って言うぐらい大きな長いテーブルが真ん中にドーーンと鎮座した大きな部屋だった。それでいて、必要以上に飾りたてるわけではなく、大きな花瓶に綺麗な花が活けてあるだけの比較的殺風景な部屋だった。奥には暖炉があり部屋を温める為の薪が燃やされていた。
部屋に私達が入ると、直ぐに担当の女中の人達が給仕の準備を始めた。カトラリーを並べたり、コップに水を入れたりと。
──そしてドアが開いた。
背が高く、細身で色白の男性。島で一瞬見た、豪華な装飾をした馬に跨っていたあの男性。
彼がやはり思った通り、シュバイツェルン帝国皇帝なのね……。
彼が部屋に入って来た途端に、空気が静まり返り、一瞬で静寂に包まれた。
皇帝陛下は無言で席に着き、私の作った料理を給仕の女性が順に皇帝の前に運んで行く。
無音の中、給仕の女性のスカートの揺れる音だけがほんの僅かに聞こえる。彼女達の足音さえ消し去るかのような無の世界。
全員が緊張に息を呑む……。
──カチャリ。
静まり返った大きな部屋に、たった一度だけ、彼がナイフとフォークを手にした音が響く。
そして、流れるような綺麗な所作で料理を切り分け、口にした? と思った瞬間。
直ぐに彼は、その手にしたナイフとフォークを皿に置き、席を立ち上がろうとした。
私はその瞬間何かが切れた音がした。
カチーーーーーン!
人が折角作った料理を何の礼も言わずに食べて、しかも一口、口にしただけて無言で立ち去る??
ふざけんじゃないわよ! そんなの食材様達に失礼じゃないの!
そう思った私は、もう止まらなかった。
私は、立ち上がって去ろうとする彼の元にツカツカと歩いて行き、言い放った。
「アナタねぇ? 皇帝だか何だか知らないけど? 失礼でしょ? 折角作ったのに殆ど口にせず? 何なのよ? 食べない理由があるならちゃんと言いなさいよ!」
「貴様!」
一瞬でこの大きな部屋の温度が一気に下がった。
極寒の氷の世界に閉じ込められているように。私は寒さを全身に感じながらも、負けずに続けた。
「脅しても無駄よ? それとも皇帝ともあろう人が、ちゃんと理由も言わずに逃げるつもり?」
「なんだと? この女!」
尚一層部屋の温度が下がり、花瓶に活けてあった花が凍ってパリパリと床に落ちていた。
暖炉の火は消え、一気に真冬の極寒の世界。
そして彼が腰に帯剣してあった剣に手をかけた瞬間。
「陛下どうかお鎮まり下さい! この非礼は全て私の責任で御座います!」
そう言って入口付近に立っていたレッジンさんが、青い顔をして私の前に立ち塞がった。
「レッジン退けろ! 庇い立てするならお前とて容赦なく斬る!」
そう言って剣を抜いた皇帝に対し、私はあまりにも自分勝手なその言い分に腹が立ち再び言った。
「いい年した大人が何よ? 腹が立てば直ぐに剣で解決? 私はただ、食事を一口しか食べなかった理由を言いなさいって言っただけよ? 何でそれで斬られないといけないのよ? おかしいでしょ? そんな子供にでも答えれることを、大帝国の皇帝陛下様は、いい年して答えれないのかしら?」
頭にきた私は、皇帝の目を真っ直ぐに見たまま睨んでやった。
何なのよ? 暴君? 氷帝? そんなの知らないわ!
食べ物を粗末にする人間なんて、皇帝だろうが、何だろうが私は絶対許さないから!
「不味いからだ」
そう一言だけ言って彼は剣を鞘に収め、早々に部屋を出て行った。
……不味いから? 今、私が作った料理を不味いって言った? あの男?
ムッカぁああーー!
受けてやろうじゃないの! その挑戦! 私は両手の拳を握り締め、俄然ヤル気に何故かなっていた。
──ん? ふと、部屋の隅の床に座り込んでいるジョエル君を見つけ、不思議に思い声を掛けた。
「あれ? ジョエル君どうしたの?」
ジョエル君は泣きそうな顔をして震えている。
ああ? 寒いのね? 確かに
凄まじい冷気ねぇ。流石噂通りの「氷帝」だわ……私はその力の凄さに感心していた。
でも、あの男のせいで折角温かかった部屋が冷えてしまい、綺麗に飾られていた花も駄目になっちゃったじゃないのよ……。
もう、何て酷いことするのよ。やっぱり噂通りの「冷血無慈悲な氷帝」だわ……。
「あれ? ジョエル君じゃねええわああああああ! お前自分が何したのか分かってんのかああ!」
え? レッジンさん? あ、さっきはごめんなさい? 私を庇ってくれて、お礼がまだだったわね?
「お前、殺されてぇーーーーのかああ!」
え? ちょ、ちょっと待って、顔怖いから……レッジンさん。
レッジンさんて体格も大きいけど、顔も怖いから……。
──その後マリアーヌは、この冷え切ったダイニングルームで、シュバイツェルン帝国、帝国軍最高指揮官「泣く子も黙る」と言われたレッジン将軍に、1時間程じっくりかけて、説教をされたのだった。
その間、レッジンはずっと「俺、殺されるかも、俺もうダメかもしれん」と何度も呪文のように呟いていたことは、マリアーヌが説教されるのを、部屋の片隅に膝を抱えて震えながら待っていた、一人の少年
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