第5話・飯炊き女に任命されました

 ──私は今、大きな厨房なような場所に連れて来られていた。

 何故こんな場所に? と言うと話しは少し遡る。


 真っ白な壁に青いとんがり帽子の屋根が特徴のこの大きなお城の中へ連れて来られた私は、レッジンさんから驚くべきことを伝えられた。それは──。


「マリアーヌさんよ。実はアンタには、やって貰いたい仕事が1つだけあるんだよ……」

 そう私に言ってきたレッジンさんは、なんとなく言葉を濁した。

 大きな身体をして、髭面で顔には切り傷があり、如何にも豪傑な軍人らしいレッジンさんに、似つかわしくなく、何だか言い難くそうに神妙な面持ちでボソボソと言う。


 え? 何? そんな大変なことなの?

 も、もしか、もしかして、私に、皇帝の夜伽の相手をしろ! とかじゃないわよねぇ?

 そんなの絶対無理! 相手はあの『冷血無慈悲な氷帝』よ?


 私がアワアワしていたら、レッジンさんが言った。


「実は、アンタにシュバイツェルン皇帝の食事を作って欲しいんだ!」


「へ?」

 私は自分が想像して身構えていたことと、あまりにも違った答えに、思わず変な声を上げてしまった。

 そして、自分が考えていた、恥ずかしい想像で思わず頬が熱くなるのを、必死で誤魔化した。


「ゴホッ、ゴホッ」

「ん? 大丈夫か? マリアーヌちゃんよ?」

「は、はい……。すいません。ちょっとビックリして……」

 私は俯いて誤魔化す。


「ああ、すまねぇ。いきなりで。実は、陛下専属の料理人が辞めちまってなぁ……。と言うかなかなか、みんな続かなく……ゴニョゴニョ」

「え?」

 レッジンさんが、また言葉を少し濁し、小声で何か呟いている。


「いや、それでアンタにお願いしたいと思って。アンタに、ここでして貰うことはだけだ。それさえちゃんとしてくれれば、後は好きにしてくれて構わない。まぁ城から勝手に出歩くことは駄目だが、外に出たければ、うちの兵士をにつけるのであれば許可しよう」


 え? 皇帝の御飯を作る以外は自由にしていい? しかも外に出てもいい? 護衛じゃなくて、監視の間違えでは?


「ああ、作るのは陛下の分だけで構わないから、安心してくれ。他の兵士や城で働く者の食事は、向こうの兵舎と使用人棟がある間の大食堂の厨房で作るから」


 え? 一人分の御飯を作るだけで、あとは何もしなくていいの??


「ああ、そのかわりと言っちゃぁ何だが……」

 またもレッジンさんが言葉を濁した。

「まだ他に何かする仕事があるんですか?」

 私がたずねると、レッジンさんが言い難そうに呟いた。


「陛下は偏食が多く、なかなかと……アレだ……色々と覚悟しておくようにだな……そのぅ……」

「あ、気難しいってことですか?」

「お、おい! お前!」

 あ、ヤバッ! 思わず思っていたことを口いしてしまったわ。

 今まで、殆ど誰とも1日中会うこともなく、野鳥や、動物達以外と会話することもなかった私は、独り言や思ったことを口にしてしまうことが多くなっていた。


「それでだな……本来は侍女として城で働く者は、仕事の時以外は、使用人棟で寝泊りをして暮らすわけだが……。アンタの場合アレだ……悪いが、我々の目の届くこっちで生活してもらうことになる」


 ああ、人質ですものね私は。日中も人目が多い、本城で過ごせと言うことですね。

 仕方ないですね。そこは。私は自分の置かれている立場に改めて納得した。


「分かりました。で? その食事と言うのは何処で作ればいいのですか?」

「あ、あぁ。これから案内するから、付いて来てくれ」

 ────そう言ってレッジンさんに、ここに連れて来られたのです。


「ここだ。ここにある食材は自由に使ってもらって構わない。それ以外に必要な物があれば、小姓に伝えてくれれば、都合できる物は、此方で用意しよう」


 そう言ってレッジンさんに連れて来てもらった、厨房を見て私は驚いた。


 皇帝陛下の食事1人前だけを作る為の厨房が、ウチの宮殿にあった厨房の大きさより大きかったのだ……こんなに大きな厨房必要なの? 1人分しか作らないんでしょ?


 そして更に驚いたことは、完備されている調理器具や食器類の充実さ。

 これ、晩餐会でも開けるんじゃない? ってレベルの量だった。

 これだけ揃っていれば、必要な物なんてあるのかしら?


 そして、食品庫をレッジンさんが開けてくれた。


「え? 嘘でしょ??」

 思わず私は声を上げてしまった。

 だって大きな食品庫には、肉や魚は勿論のこと、果物や、玉子、ハムなどの加工品から甘味に至るまでギッシリと詰まっていた。

 飲み物だけでも何種類も置かれていたのには驚いた。


 これ何年分の食料なんでしょうね?

 私はちょっと羨ましくも思ってしまった。

 いつも、空腹でひもじい思いをしていた私にとってその空間はまさに宝箱のようだった。


「ああ、言い忘れていたが、玉子と野菜と果物は毎日新鮮なのが朝配達されるから」


「え? こんなにあるのにまだ、来るんですか? それも毎日?」

「ああ、陛下が口にする物だ、新鮮でないと」


 ふーん? まぁそう言うもんですかねぇ? 大帝国の皇帝様ですしねぇ?

 私はちょっと驚いたけど、そこは言葉にしなかった。


「あ、陛下の食事を作る際に、アンタの分も一緒に作って食ってもいいぞ?」


「え?」


「いや、無理にとは言わんが? ここから、向こうの食堂に食いに行くなら行っても構わんが、遠いし面倒ではないか? ここで作った物をここで食うぐらいなら構わんぞ?」

「本当ですか? それは助かります!」

 はっ! でも私お金持ってない! どうしよう?

「ん? どうかしたのか?」


「すいません……私お金持ってなくて……食事代を払うことが……」

 私が申し訳なさそうに小声で言うと、レッジンさんが


「ハハハハハッそんなこと気にしてたのか? この城内での食事は、兵士だろうが、使用人だろうが、みんな金はいらねぇよ。だから安心しな。マリアーヌちゃんよ」


「えええええええ? 全員タダなの?」

 ここって兵士だけでも、島の住人の数倍はいるわよねえ?

 それにこの規模の城を維持する使用人って相当数いるんじゃなのかしら?


 シュバイツェルン帝国恐るべし!


 私は大国の国力を改めて知ったのだった。



 そして、今日は遠征の無事帰還を祝う晩餐会があるから、作るのは明日からでいいと言われ、私は「私の部屋」に案内された。



「え? こんなに大きくて立派な部屋?」

 驚いた私にレッジンさんが言う


「ん? 何か言ったか? マリアーヌちゃんよ?」

「い、いえ……ここを私一人で使っていいのですか?」


「ああ? 一人だと不安か? 悪りぃが、こっちには女中達は交代で夜間も見張りの仕事では来ているが、寝泊りは全員向こうの使用人棟だからなぁ……まぁ夜間も何か困ったことがあれば、夜番の女中に言えば大丈夫だぞ? それに俺達兵士も交代で夜番に居るしなぁ? 安心しろ」


 そう言って私を心配してくれるレッジンさん。


 ……そういう意味で言ったんじゃなかったんだけどなぁ……。こんなに広くて綺麗で立派な部屋を私に? 何だか申し訳ない感じだわ……。


 レッジンが部屋を去ったあと、あまりにも大き過ぎる部屋の中を、色々と探検して見て回るマリアーヌだった。

 そこには、生まれて初めて見る大きなベッドや、丁寧な細工がされてあるタンスなどが置かれてあり、マリアーヌは自分が「にでもなった」気分だった。



 ……私はキョロキョロと、周りを確認する。よし!


「誰も見ていないからいいわよね?」


 ──マリアーヌは部屋の一番端からベッドに向かってダッシュする!


 ポスンッ!


「きゃぁあ! ふっかふかあ~ 楽しい! コレ」




 ──廊下を歩く夜番の侍女達が、何処からともなく聞こえてくる少女の笑い声と、ドスン、ドスンと響く音に「氷帝陛下に虐殺された者達の呪いだーー」と皆ガタガタと震え、夜通し寝れなかったことは、マリアーヌは全く知らなかった。


 彼女は、初めての大きなベッドに興奮し、自分が人質の身であることも忘れ、何度もダイビングしてしっかり満喫した後、グッスリと、そのフカフカの布団に包まれて朝まで一度も起きることなく寝ていた。

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