第4話・大帝国
その頃、コバルトブルーの海に囲まれ、珍しい動物達や、年中温暖で綺麗な植物に、瑞々しい果物が豊富な『地上の楽園』と称される美しい島で育った、マリアーヌは『戦闘狂で、冷酷無慈悲な氷より冷たい心を持つ氷帝』率いる通称『氷の帝国軍』と呼ばれる、シュバイツェルン帝国軍の馬車の中に居た。
──時は少し遡る。
「イヤ! 離して! 何なんですか? あなた方は? ダレリィーを何処にやったんですか? ダレリィーは無事ですか?」
「元気な王女さんだなぁ」
そう言って先程の髭面の男が私を見てニヤニヤする。
「心配いらねぇよ。アンタを差し出せば、島民の命は助けてやると言ったら、とっととアンタをあの王さん差し出して来たぞ? 自分は島民置いてさっさと逃げる準備していたくせにな。しかしあの王さん、アンタの父親じゃねぇのか? 自分の娘人質に差し出すから、助けてくれ命だけは! って命乞いしてきたぜ? ハハハハハッ」
「お父様やお義母様、妹や、他のみんなは無事なのですか?」
私は、島のみんなのことが心配になり、その男にたずねた。
「ああ、俺達の用は済んだしな、撤退だ。それにしても、陛下も酔狂なことしやがるよなぁ、何でこんな小さな島国までわざわざ……結局戦利品と言えば? アンタだけか? 割にあわねーな。今回の遠征は」
そう言って先程の髭面の男が首をかしげながら、馬車のドアに鍵を掛けた。
私は馬車の中に閉じ込められたまま、そのまま連れて行かれることになった。
シュバイツェルン帝国へ人質として。
──でも私に人質としての価値がないことを、この人達は分かっているのだろうか?
父である、あの国の王も、王妃であるお義母様や妹のエレノアにしても、誰も私の存在なんか、忘れ去られているのだし……
私は、少し不安になった。
私は産まれて直ぐから「存在しないもの」とされていた。
あの島で私が父の娘だと言うことを知っていた者は王宮で働く者以外は、殆どいなかった。
私の友達と言えば、部屋の壁穴の隙間から入ってくるネズミと、毎朝、私がパン屑をまくとそれを食べにくる野鳥ぐらいだった。
そんな「生きていることさえも忘れられた存在」の私が、人質になる意味があるのかしら?
シュバイツェルン帝国の皇帝は何故、あんな小さな島国を侵略しようとしたのかしら?
私は不思議に思いながらも、残してきた大自然の中で暮らす動物たちの無事を祈った。
────暫くすると、船に乗せられた。そしてそのまま船の中で何日かを過ごす。
その間私は、ずっと船底の狭い小部屋に押し込まれていた。
三度の食事は、毎日運んで来てはくれたが、その小部屋から外に出ることは許されなかった。
ただ、一つ救いだったのは、交代で食事を持って来てくれる方達は「氷の帝国軍」の兵士と呼ばれているわりには? 比較的みんな私に優しく、食事も毎回、温かい物を運んでくれた。慣れた頃には、多少世間話などもしてくれる人もいたりして。そして頼めば、本なども持って来てくれた。
夜になれば冷えるからと言って暖かい毛布を持って来てくれ「人質」としてはかなり、大事にしてくれているように感じた。
船で過ごすこと10日目の朝を迎えた時、私が閉じ込められている小部屋に、あの髭面の男がやってきた。
「王女さんよ、すまねぇな。狭いところで、もう直ぐ港に着く。そこからはまた馬車に乗っての移動だ。もう少しここで辛抱してくれ。その頃また来るから」
そう言って髭面の男は私に謝った。
「あ、ありがとうございます? 兵士さん?」
「ああ、そういやまだ名前を言ってなかったな? レッジンだ。じゃぁまたあとでな」
「あ! マリアーヌです! 私の名前!」
「ん? ハハハハハッ マリアーヌ王女さんな? じゃあまたな!」
そう言って豪快に笑いながらレッジンと名乗った髭面の男は去って行った。
────それから港に着いた後、今度は陸路を馬車に揺られ北上して10日程経った頃、レッジンさんが私の所に来た。
「マリアーヌちゃんよ。着いたぞ! あの向こうに見える門を潜ればシュバイツェルン帝国だ!」
そう言われて、私は馬車の窓から外を見た。
峠の向こうに小さく白い門のような物が見える。あの向こうがシュバイツェルン帝国?
海に囲まれた島国で育った私は、勿論、島を出たことなんて一度もなかった。
レッジンさんが指さした方向には、綺麗な深い緑の山々が連なっていて、とても荘厳な雰囲気が漂っていた。海ではなく、山々に囲まれた国。
始めて見る光景に私は、戸惑いつつも少しワクワクしていた。人質の身だと言うのにおかしいぐらい、心が躍る感覚。それは自分でも信じられないくらいの始めての感覚だった。
──そして先程、遠くで見えた白い大きな門が目の前に見えてきた。
此処がシュバイツェルン帝国。「冷血無慈悲な氷帝」が治める国──。
門を潜ると遠くに見える、白い壁の大きな建物から、ラッパの音が聞こえてきた。
門から真っ直ぐに太い道路が敷かれてあり、その両側に街がある。その街中に面した沿道の人に兵士達が手を振りながら進んで行く。
沿道には多くの人が立っていて、兵士達に労いの言葉を掛けていた。
兵士達がそれに応えると、沿道の人達から歓声が沸く。
そのまま、馬車はその奥の大きな建物、シュバイツェルン帝国城に向かって入って行った。
「大きい……」
私は、その一言しか出なかった。
馬車の中から見上げただけでも、その城壁は巨大な壁で、空まで届くんじゃないの? これ? って思えるぐらい高く、横幅も、どこまでも続いていて端が分からないぐらい長かった。
その正面に、これまた聳え立つ、大きく強固な鉄の門があり、騎馬隊が向かうと同時にゆっくり門が開いた。
そして、その先には、ズラリと並ぶ兵士達の渦。
数え切れない程の兵士達。
真ん中を開けて両サイドに立ち並ぶ兵士の数に私は圧倒されていた。
「これ、モレシャン王国の島民全員より多い人数だわ……」
私はただ、ただそれを、ポカーンと見つめるだけで精一杯だった。
「私とんでもない所に来ちゃったんじゃないかしら?」
──「シュバイツェルン皇帝陛下のご帰還だ!」
レッジンさんの声?
その声がした途端、地響きが。
え? 地震???
「「「わあああああああああああ」」」
「「「「おおおおおおおおおお!!」」
「「「「「「皇帝陛下万歳!」」」」」」
え? 歓声で、地面が揺れている?
兵士達の一斉の歓声により、空気が揺れたような感覚。
何これ???
私は生まれて初めて目した光景に震えが止まらなかった。
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