第18話・事故です

 ──時は流れ寒かった冬も終わりを告げた頃。


 辺りはすっかり暖かくなり、ぽかぽか陽気に包まれ幸せ気分。

 少し離れた山々の裾野からは雪が溶けて小川に流れ出した水は、まさに大自然の恵みでとても冷たくて美味しい。

 その水で炊いた「コメ」は勿論のこと、作る料理も美味しく私は幸せな毎日送っていた。


 それは良いことなんですけど、一つ気になることがありまして……。

 私がこの国に来てからもう少しで1年が経とうとしているんですが、陛下がずっと城に居るんですけど?


 そうなんです。最近おかしいのです。世界最強と言われたシュバイツェルン帝国軍の皆さんなんですが、世界各国に「食材探し」の遠征に行っているんです。

 北に位置するシュバイツェルン帝国の帝都。冬場はどうしても、保管しておいた食料を食べるのが普通だったらしいのですが、何を思いたったのか? 世界各国の新鮮な食料を求めて、冬場に「大遠征団」なる物を結成したらしく。


 何やっているんでしょうねぇ……全く。

 まぁ戦争に行き、多くの被害を各地に出し無惨な殺戮を繰り返すよりは、よっぽど平和的で良いんですけどね……。

 お金が有り余る大国の考えることは、貧乏小国の「」で育った私には理解に苦しみます。


 そして、もう一つ気になることが……。

 これが一番大事なことなんですが。



 どうしましょ。

 何と私、先日陛下に……。

 思い出すだけでも顔から火が出そうで御座います。


 まぁ、は、陛下のお戯れ? いや、酔っていらしただけ?

 そう事故なんです! 事故です!


 実は……わたくし……陛下と、せ、え、、、接吻を……。

 きゃああ。恥ずかしい────。


 どうしてそんなことになったかと言いますと? 話は少々遡ります。



 ──それは、春を祝う宴会の日での出来事でした。

 北に位置するシュバイツェルン帝国の、ここ帝都でも冬の期間は長くみんな春を心待ちにしている。先日、やっと春を告げる頃となり毎年この時期に恒例の「祝賀会」が城でも開催されていた。


 その日は兵士達や城の使用人達も皆、無礼講で料理に酒にと夜遅くまで宴を楽しみ、暖かくなる季節への喜びを皆で分かち合う。


 宴も終盤となり陛下は私室に戻られたのですが、女中さんより「寝る前に軽食を部屋に届けて欲しい」陛下が仰っていると聞き、私は「湯漬け」の用意をして陛下の部屋に。


 嗚呼、思い出すだけでも顔が熱くなってしまいます……。





 ──「陛下、お夜食に『湯漬け』をお持ちしました」

 そう言って私は、海藻から取った出汁を入れた茶器で、お椀の「コメ」に出汁を入れ、用意した薬味と一緒に陛下にお出しする。

「お好みの薬味を入れて召し上がって下さい」

「ああ、すまない」

 夜着姿の陛下……。

 なんとなく頬が熱くなってしまい、一瞬目を逸してしまう。

 ダメダメ何を考えているのよ? 私は!

 気を取り直し、お椀をのせたトレーを陛下にお渡しした瞬間。


 !


 ガッシャン!


「も、申し訳ございません! 陛下! 大丈夫で御座いますか? お怪我は? 火傷はしておりませんか?」

 急ぎ私は、陛下の夜着に溢れかかってしまった「湯漬け」を払いのけようとする。

「熱っ!」

 思わず顔を顰めてしまった。


「馬鹿、マリアーヌ何をしている!」

 私の手を取り陛下が少し焦った様子で言った。

「大丈夫だ火傷はしていないようだな。念の為、冷やしたほうが良い」

 そう言って立ち上がる。


「申し訳ございません陛下。私のことより、陛下の夜着が汚れてしまって……」

 幸いにも陛下に怪我はなく、火傷の心配もなさそうで私は安心した。

 そんな私の言葉を聞いてか聞かずか? 私の手を取ったまま陛下が謝る。


「いや、俺の手が滑ったせいだ。悪かったなマリアーヌ。大丈夫か? 此方に来て念の為、手を冷やせ」

 そう言って陛下が私の手を取ったまま洗面所へと向かう。

 丁寧に陛下が私の手を水で冷やしてくれる。


 だが、私には陛下のお顔を見る余裕はなく……。

 冷たい水で冷やされている手は、冷たいはずなのに、何故か体中の体温が上がる感覚が……。


 先程の宴で飲んだお酒のせいかしら?

 頭の中がぼんやりしてきた。

 その瞬間!


「おい! マリアーヌ大丈夫か!」

 私はふらついてしまい、申し訳なく思った瞬間!

 陛下が私を優しく抱きしめた。

 ──そして。


 え?

 ええええええ?


 陛下の顔が近づいて来る。

 ちょ、ちょっと待って。近いし! 顔近い!


 陛下の整った端正な顔が私に近づいたと思った瞬間!



 え?

 今のは?

 ええええええええええ!




 ──はほんの一瞬の出来事だった。


 そう、は事故!

 きっと事故よ!

 私は真っ白になり固まってしまった頭の中で、先程を、自分の中で「は事故だ」と言い聞かせた。


 陛下は何事も無かったかのように、洗面所を足早に出て行った。


 ──うん。そう何も無かった。



 アレってでも…………。



「へ、陛下……『湯漬け』を作り直して参ります!」

 私は恥ずかしくなり、急ぎ逃げるように部屋を退出した。


 今のは? 何?

 うん。は事故よ。そう何も無かった。忘れましょう!


 唇に僅かに残る感触を、私は無理やり無かったことにして、再度陛下の部屋に「湯漬け」をお持ちすると、夜番の方から「陛下はお疲れのようで既におやすみになられてしまった」と聞き、私はそのまま帰ったのだった。



 ──確かに残る、柔らかな感触と、爽やかな柑橘系の残り香。

 薄い夜着から伝わってくる、鍛えられた筋肉質な身体……。

 私はモヤモヤする気持ちを抱えたまま、自分の中で「忘れよう。アレは事故だったんだ」と何度も呟き布団を頭まで被って寝た。



 ──あれから、数日が経ったが陛下の様子に、特に何も変わったことはなく……。

 やっぱりは事故だったんだわ。



 そう思っていた矢先……私の運命が変わる大きな事件が。




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