第17話・デート(2)

「着いたぞ」

 組んだ長い脚をゆっくりと下し、馬車から降りる姿は、流れるような動作で思わず私はじっと見ていた。

「手を?」

 はっ! ぼーっとしてしまってたわ。

 恥ずかしくなり、小さく咳払いをした。

 差し出された手は白く、そして長い指。女性の手とも思えるようなしなやかで美しい手をしていた。

 

 そっと、私はその手に自分の手を重ねる。彼のエスコートにより、案内される方へ向かうが……



 えっとぉ……これは何でしょうか?

 古城? 歴史ある雰囲気が漂う古城のような建物。


 長く続くエントランスまでの小道は綺麗に清掃されており、所々に配置された花々が可愛らしい。

 そして、湖? には白鳥が2羽。


 これがレストラン? どうみてもお城では??

 私が見慣れぬ光景をキョロキョロしていると彼は、私の手を握ったままズンズン歩いて行く。

 ちょ、歩くの早いってばーー

 手、イタイってば……



 そう思っていると、初老の男性が笑顔で近づいて来た。

 白髪混じりの髪だが綺麗にオールバックにセットされていて、その柔らかい微笑みは男性ながら上品さを伺える。


「いらっしゃいませ、ユリウス様、お連れ様、お待ちしておりました。こちらへどうぞ」

 優雅な仕草で案内された個室は、これ何処のホールですか? と思うぐらい大きく、そして豪華な部屋だった。それでいて下品な派手さはなく、置いてある調度品は一目見たら素人の私でも高級品だとわかるぐらい、丁寧な彫り物や透かし柄を施し、金や螺鈿をさり気なく配置している、とても美しく上品な物ばかりだった。


 案内され、席に着くと、美しい所作の女性達により優雅に給仕されながら、流れるような動きで次々と料理が運ばれて来る。

 聖女時代に何度かこういう「高貴な会食」に出席したことはあるが、聖女である私は、大抵愛想笑いを振りまくだけで、料理の味を楽しむようなことは到底出来なかった。


「娘? お気に召さないか? ここの料理が?」

 男性が私に聞く。私が、色々と考えていたせいで食事が進んでいなかったのを心配したのだろう。


「いえ……そのようなことは。とても美味しいです」

 そう私が俯き加減で答えると


「そう言えば名前を聞いてなかったな?」


 あ! そう言えばお互い、会えばいつもツンツンし、ろくに自己紹介などしていなかった。

 自己紹介もしていない間柄で、こんな高級店に食事に行くなんて……と、少し自分の軽率な行動を恥じた。

「……サーシャです」

 私は俯いたまま、小さな声で答えた。

「サーシャか。良い名だ。俺の名はユリウスだ」

「……は、はい」

「サーシャ、嫌いな食べ物はあるか?」

「いえ、大丈夫です」

「なら。良かった」

 そう言ってユリウスと名乗るこの男性は、優しい笑顔を私に向けた。

 今まで、ちゃんと見たことがなかったから気付かなかったが、綺麗な水色の瞳と思っていたが光の当たり具合によって薄い紫にも見えるその神秘的な瞳で見つめられて、私は一瞬ドキリとしてしまった。


 頬が赤くなったのを感じ私は、俯いてしまった。


「サーシャ、今まですまなかった。俺の取った行動を君に謝りたい」

 そう言って私に頭を下げる彼の姿に、私は驚いて思わず声に出た。


「え?」


「君に不愉快な思いをさせて悪かった」

 もう一度、今度は私の目を真っ直ぐ見て彼が謝る。

 元よりイケメンだとは思ってはいたが……その吸い込まれそうな澄んだブルーの瞳と、柔らかな感じのプラチナブロンドの髪。まさに絵に書いたような美男子に見つめられると、私は思わず無意識に俯いてしまった。


「いえ。そのようなことは。それなら私のほうこそ……幼稚な振る舞いを……」


「ハハハハハッ。ならばお互い様だな?」

 そう言って彼は笑い出した。

 その笑顔は、とても嬉しそうで、何だか私まで嬉しい気分になった。


「え?」


「最初に店に行った日だ。最初はなんて生意気な女なんだ! と実は帰ってからも思っていたんだがね」


「……すいません」


「いや、謝るのは俺のほうだ。君の怒る姿を見たらなんとなくね……ちょっと新鮮で、俺に、こんな幼稚な感情があるとは自分でも思ってもみなかったよ。本当にあの時は申し訳なかった」


 そう言って、ユリウスと名乗る目の前の男性は、自分の頭を掻きながら少し照れくさそうに再度頭を下げた。


「やめて下さい。あれは私も意固地になってしまい、あんな態度をとってしまって。今日はそのことを私も謝ろうと思っていたんですから……」


「ならば仲直りの記念に」

 そう言って彼はポケットから小箱を出し私の前に置いた。

「これは?」

「仲直りの記念だ。受け取ってくれ」

 そう言って彼は小箱の蓋を開けた。

 綺麗なブルーの小さな宝石のネックレスだった。

 ブルーの中石の周りには小さなダイヤモンド? と思われる石があしらわれていた。


「え? こんな高価な物頂けません。先程だってあんなに沢山の服を……」

 私がそう言うと

「仲直りの記念品だと言ったはずだが? それともまだ、戦いをこれからも続けたいのか? そう言うことなら、付き合うが?」

 そう言って、ちょっと意地悪そうにニヤリと笑った。


「いつまでも、そんなことを言っていると、俺がつけるぞ?」


 ええええええええええ!

 それは流石に……


「これで、戦闘は終了だ。和睦の記念だ。受け取ってくれ」

 そう言って私の手にそのネックレスの入った小箱をのせた。



 ちょうどそのタイミングで、デザートが運ばれて来てしまい、なんとなく返し辛い雰囲気になってしまった。


「さぁ。サーシャ。せっかくのデザートが溶けてしまうよ?」

 そう言って優雅に微笑みながら、彼が私にスプーンを差し出した。


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