第22話・優しいクランツ君

 ──王宮での一室。

「何か言いたいことがあるなら言え。クランツ」

 冷ややかで、ぶっきらぼうな言葉が降ってきた。

「いえ? 特には?」


 カサカサ、サラサラ、ペラペラ・・・・・


 執務室には、紙を捲る音と、サインを書くペンを走らす音だけが聞こえていた。


「…………。」


「殿下? 何の時間を気にされているんですか? 先程から時計ばかりをご覧になっているようですが?」


「別に何も。時計を見るのが悪いことか?」

 一瞬見せた不快な表情。直ぐに視線を下に落とし、執務に戻った姿を俺は見ながら言った。


「『ひだまり亭』の店主でございますが……」

「何だ? 続きを申せ」

「あ、すいません。執務に関係ないことで御座います故、今はご迷惑でしたねぇ?」

「構わん申せ。クランツ」

 珍しいな。やはり余程のご執心ということだな。


「では、お言葉に甘えて。近所に住む者より聞いた話しでは御座いますが、菓子類はビスケットや、クッキーも好むが、ケーキやフィナンセなどがお好きなようですよ? ケーキもフルーツを多く使った物をより好むと聞きましたが?」


「……何故それを俺に?」


「いえ? だから先程申しましたが? 執務にはことだと。まあ私の独り言? ですかね? 強いて言うなら」

 そう言ってクランツは主君に、つらつらと、表情を変えずに答えた。


「あ、言い忘れておりましたが、本日ですが、王都で今人気と言われているケーキ屋に、店で一番人気と言われているらしい、フルーツケーキとフルーツタルトとフルーツのゼリーをづつ予約しておきましたから。私の名前で。ウチの騎士達、どうやら? あの店にはお世話になっているようなので? 殿下? 執務が終わったら、持って行ってもらっても宜しいでしょうか?」



「は? 俺がか?」


「あ、お嫌でしたら、騎士団の誰かに頼みましょうか? 殿下は今日は、あの店には行かれないんですか?」


「い、いや……あいつらも、少ない休憩時間であるしな……うん。無理をさせてはいけない。そう言うことであるなら……他ならぬクランツの頼みであるなら。致し方あるまい。よし、分かった。俺がならば届けてやる」


 クランツは吹き出しそうになるのを必死でこらえながら言った。

「はい。お願いしますね? あ、そうだ。本日は午後からの会談は私が取り仕切ります故、宜しければ、その店主とご一緒に、今流行りの店のケーキを殿下も食してみられては如何ですか? 市井の流行りの物を知る良い機会ではございませんか?」


「おお? そうか。そうだな。それも必要だな。王子たるもの、市井の者達の暮らしぶりに常に気を配っておく必要があるからな。これは重要な任務だな。よしわかった。では今日の会談はクランツお前に任せるぞ」


「かしこまりました」

 ヤバイ……笑いを抑えるのが……

 クランツは吹き出しそうになる自分の口を押さえながら後ろを向いた。

 その肩が小刻みに震えていたことに、ユリウスは気づいてはいなかった。

 彼の視線は既に目の前の書類に向いていたからだ。



 カサカサカサ、サラサラサラサラ、カサカサカサ、サラサラサラサラ


「この程度でこんなに仕事が捗るならお安いことだな……明日は何処の菓子屋で予約しようか……」

 クランツは、してやったり顔をしていた。


「ん? 何か言ったか? クランツ?」


「いえ? 何も? あ、殿下、ついでに花屋に連絡入れときましたからね? 菓子だけと言うのもねえ? アレでございましょう? 王宮出て直ぐの花屋はご存知ですよねぇ? あそこで受け取ってからケーキ屋に行って下さいね?」


「花屋か? あいわかった」

 カサカサカサ、サラサラサラサラ、カサカサカサ、サラサラサラサラ、カサカサカサ



 ──あの冷血漢、氷王子と呼ばれた、全てにおいて完璧な王子が、こうまで変わるとはな……

 そんな自分の主君の姿を見ながら、何処か嬉しそうなクランツの姿があった。




 フルーツケーキが好物なのか……と言うことはフルーツも好きなのか?

 ケーキと一緒なのが好きなのか? 花は、確かバラと、マーガレットと蘭にラベンダーだったか?

 バラとマーガレットは先日贈った故、本日は蘭が良いかな?

 そう想いを馳せている一人の青年がいた。



 ────誰か彼に教えてあげて欲しい。

 その好みの花は、あんたの部下がで買った花だよ? と。

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