第21話・カイルの思惑
王宮に戻った、第一騎士団所属、近衛騎士隊、隊長のカイル・モーガンは、先程から震えが止まらなかった。それは目の前にいる彼のせいだ。
彼の名は……
第一騎士団、団長ユリウス・バークレイ。
その名をこの国の騎士で知らない者はいない。バークレイ王の一人息子、次期王太子と言うのは勿論だが、彼が有名なのは、
魔力を持つ人間がほとんどいないこの世界で、彼の放つ氷魔法。
全てを一瞬で凍らせしまう恐怖の魔法。
その魔法を放った後に彼が見せる、何の感情もなく、一切の人の温度を感じさせない、零下の世界を思わせる彼の表情。
そしてそれを見た者が密かに言うようになった彼の二つ名「氷の微笑」
美しくそして、どこか妖艶とも言える、その零度の世界の微笑。触れると崩れ落ちそうにも見える雪の結晶のような美しい微笑み。
だがその微笑みに、一切の慈悲はなかった。
──「で、殿下、どうか、どうか、 お、お許し下さい!」
自分より10才も年下の上司である
まだ、秋の始まりを告げたばかりのこの日の気温は、日中ではまだ暑く、太陽の陽射しもきつい。
だが先程から、この部屋の温度は、まるで極寒の地の如く、冷えきっていた。
ポツリ……額から冷や汗が床に落ちた。
「カイルよ。お前は、王子である俺が市井に足を運ぶ意味がわかっているのか?」
そう低く冷たい声で彼は言い放った。整い過ぎたその綺麗な顔には一切の表情がない。
「はっ。お、恐れながら……市井の様子、民の暮らしを視察する為かと」
「ふーーん。分かっていたのに
「も、申し訳ございません。わたくしの教育不足でございます。この責任は全てわたくしに。ですからガンツへの処分だけは、ど、どうか、どうか殿下お許しを。どうかご慈悲を!」
俺は懸命に頭を下げた。
俺は頭を下げたまま彼の言葉を待った。
…………
暫くの沈黙が続く。
まさか? このまま俺がここで殺されることはない? とは思うが……
いや、でも、
「カイル、今回のことは不問とする。だが二度目はないと思え」
そう、低く感情の全くない声が聞こえた。
え? お咎めなし? まさか? あの氷の殿下が?
「カイル、顔をあげよ!」
「は!」
俺はその命令により、速やかに顔を上げ、礼を取った。
「下への教育はお前の仕事だ。それを怠ったことは上官として重大だ。同じ失態は二度と許さぬ。よいな?」
「は、この、カイル・モーガン肝に銘じ、一層精進致します」
「ただ、このまま、ガンツ他お前らが、あの店から足を遠ざけるのは、俺の本位ではない。そんなことをすれば、あの店の店主も心配するであろう。従って、今後も店に通うことは許可する。だが、そこでもし俺の姿を見かけることがあっても、俺の身分を口にすることがないよう、今一度全員に伝えておくように!」
そう言った彼の顔は、何故か? 穏やかな表情をしていた。
「は、殿下のご配慮に感謝致します」
「ところで? お前達は、あの店には毎日のように通っているのか?」
「は?」
俺は思わず、思ってもみなかった殿下の質問に、声が出てしまった。
「は、はい? 朝の訓練が終わったあと、ジョギングを兼ねて何名かが行くことがありますが……それが?」
「いや。何でもない」
「で、殿下もあの店に?」
俺は恐る恐る聞いてみた。
「ああ、最近市井で流行りの店が出来たと聞いてな。他の店に比べ、店員がベタベタ寄って来ないのがあの店は良い。それで気に入ってよく利用している」
「左用でございましたか……確かにあの店は、店主がお一人で経営されておりますので、忙しくあまり客に不要に話し掛けてくることは御座いませんな。店主は愛想は良いですが」
「ところで? お前達は、あの店主と親しいのか?」
「は?」
「あ、いや、突然王都に現れたと、噂で聞いたものだから……」
「は、あ? はい? プライベートな話しをしたことがないもので……私も詳しいことは……?」
「ああ、よい。気にするな。別に深い意味はない。もう下がってよいぞ。カイル」
「は、はい。……?」
会話の内容と、殿下の意図がよくわからなかった俺は、少し不思議に思ったが、厳罰を覚悟していたが、それが回避されたことに安堵しそのまま退室することにした。
「では、失礼します」
「ああ」
カイルは滴り落ちる冷や汗を拭いながら、殿下の先程の言葉を少し不思議に思っていた。
「あの殿下が他人のことを気にする? 他人に一切の感情を表したことがなかった殿下が? 市井の視察だけで通った店の店主を気遣う? ただの庶民の彼女を? 俺達が店に行かなくなったら、店主が心配するから?」
嘘だろ? まぁ確かにサーシャ殿は美人ではあるが……
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