第20話・カイルの憂鬱

 はぁ……

 朝から私は何度も溜息をついていた。

「──何て顔をして会えばいいのかしら……」

 昨日は結局、一日中モヤモヤした気持ちのまま、外には一歩も出ず家の中で過ごした。

 そして昨日の午後に届いたこの荷物……


 部屋の片隅に山積みに積み上げられた箱。

 そう、先週週末に彼に買って貰った服や靴、バッグや帽子、それにスカーフやら、ハンカチ類まで……それらが入っていた箱である。


 流石にそのままにしておくわけにはいかず、昨日のうちに、クローゼットには片付けたが……

 ハンカチやスカーフなどの小物はアイテムボックスにしまってある。急遽? 何かあれば使用できると思って普段からも入れてあったのだ。


 一応プレゼントして貰った服の中から、仕事に差し支えなさそうなこのワンピースを今は着てみた。

 汚れると勿体ないのでエプロンをしたが。


 聖女時代からの節約生活が身についている私は、こんなに一度に買い物をしたことなど一度もなかった。

 クローゼットの扉を開けて私は途方に暮れていた。

「これどうすんのよ? こんなに……しかも普段着に着るには……どれも高価なものばかりだし……」


 は! ふと私は部屋の時計に視線をやる。9時45分!


「いけない! もうこんな時間! 開店準備をしなきゃ」


 急いで階段を駆け降りた私は、魔法を最大限に利用し、開店準備を終えた。


「ふぅ~~なんとか間に合ったわ……やっぱりこういう時は魔法ね……」

 苦笑いしつつ、入口のドアを開けた。



「いらっしゃいませ~カフェ『ひだまり亭』開店です~~」

 そう元気よく、ドアを開けた瞬間


「え? なんで?」

 思わず私は言ってしまった。


「おはよう。サーシャ?」

 優しく私に微笑んで私の名前を呼んだ人。ユリウスだった。


「おはようございます?」

 え? まだ10時よ? 何でこんなに早く?


「店内でよろしく」

 そう言って彼は私が案内する前にスタスタといつもの彼のお気に入り? の席へと向かった。

 私は急いで追いかけて、先日の礼を言う。

「……あの。先日は……ありがとうございました」

 そう言うと笑顔で彼は

「よく似合っている。そうかエプロンか……」

 そう小さな声で呟いた。

 ? 

「いつものでよろしいでしょうか?」

「ああ、それを頼む」


 そしていつものサンドイッチを、私は、トレーにのせた。

 そして果実水を用意し、いつものように彼の席へ向かう。



 ──カランカラン


「サーシャちゃん。こんにちは~」

「いやぁ、やっぱり朝食はここのサンドイッチじゃないとな」

「二日もサーシャちゃんに会えなくて寂しかったよ~」

「おい、マーク! レービン! 静かにしろよ! 他の客に迷惑だろうが」


「あら? いらっしゃいませ~」

 私はその声で、直ぐにいつもの騎士様達だとわかった。

 そして今日は、いつもの三人にプラスしてレービンさんもいらっしゃるのね? 

 そう思っていた瞬間。


「で、殿下?」

 レービンさんが、一番奥の席、彼が座っている席を見て何か呟いた。


「「「え?」」」

 4人とも何故か固まっている。


 ん? 何かあったの? ユリウスさんと知り合い???


 カランカラン

「おい! お前ら俺をおいてくってひでーーな!」

 そう言って後から、大きな身体のガンツさんが入って来た。


「いらっしゃいませ。ガンツさん」

 私がそう挨拶すると


 驚いた表情でガンツさんが大きな声で言った。


「ええええええ? ユリウス殿下がいる! 何でここに? 殿下が?」




「あのバカ……」



「え?」 私は驚いて後方の彼の方を見た。

 そして、彼が此方に向かって歩いて来た。



「カイル・モーガン午後の訓練の前に私の部屋に来るように」

 そう一言だけ言って彼が、食べ終わった食器を返却口に持って行った。



「殿下が自分で食器を?」

 小さな声で呟くガンツさんに彼を見て、何故か? カイルさんに再び言う。

「部下の教育が出来ていないようだな? カイル?」

 低く冷たい声でそう言った彼は、そのままカウンターに600ギルちょうどをおいて、出て行った。



「ガンツーーーーーー!」

 カイルさんの大きな声で私は、驚き振り返ると、他の三人が何故か苦笑いしていた。



 そして、三人が口々に言った。

「カイルさん今日の昼飯は俺が奢りますね」

「隊長、サンドイッチテイクアウトしますね。俺、出しますから」

「カイル隊長。後で肩揉みます俺! 晩飯、俺奢るんで!」


「サーシャちゃん。いつものセット前と、1つはサンドイッチダブルでお願い。それと、帰りに『テイクアウト用』お願いね?」

 と、アンディさんが笑顔で言う。


「テイクアウトの分、俺払うわ」

 レービンさんがそう言うと

「おう、悪いな?」

 アンディさんが答えていた。




「「「「ガンツ。お前は帰れ! シッシ!」」」


「えええええええ?」


「「「隊長に殺されたくないならさっさと帰れ」」」






 ──「あれ? ガンツさんは?」


「ああ、あいつなら用事を思い出したみたいで今日は帰ったよ?」

 そう笑顔でレービンさんが言った。

「もう来ないかもね?」

 なにやら小さな声でマーク君が?


「え?」


「あぁ何でもない。ご馳走様でした」

 そうにっこり微笑んで会計を済ますアンディさんに、私は気になることをたずねた。

 お客様のプライベートのことを聞くのはちょっと躊躇したが、どうしても気になったので……


「ところで先程ガンツさんが言ってた、ユリウス殿下って?」



「あ。ああ? あれ? う、うん……」

「ああ、俺達の間でそう呼んでるんだよ。彼、ほら? 綺麗な顔立ちだろ? たまにここの帰りに見かけることがあってさぁ。な? アンディ?」


「あ、ああ、そうそう……あ、サーシャちゃん。このテイクアウト貰って行くよ?」



「あ、はい……ありがとうございます?」


「あ、だからサーシャちゃんも、内緒にしといてくれる? 俺達が勝手にそんなこと言ってるってバレたらさぁ? ね?」

 そう言ってレービンさんが私にウィンクした。


「あ、はい……わかりました?」


「じゃあ、また!」

「ご馳走様~」

「サーシャちゃんまたね~~」


 そう言って4人は帰って行った。


 それにしてもカイルさんは、ずっと無言だったわねぇ? 何処か調子でも悪かったのかしら?

 そう言えば、アンディさんや、レービンさんやマーク君が、ずっとカイルさんを気遣ってたわねぇ?


 大したことなければいいのだけれど……





 ────第一騎士団の中でも殿下直属の近衛隊を率いるカイル隊長が、終始緊張していたことは言う間でもない。彼はこの後、どんな恐怖が待ち受けているのかと想像しただけで、とてもサンドイッチなぞ食べていられる気分ではなかった……







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