第7話・我慢くらべ

 ──「サーシャ様こちらにサインをお願いします」

「はい。ここでいいかしら?」

「はい、では、こちらと、それから、これと。こちらもですね? 中までお持ちしましょうか?」

「……すいません。いつも。ありがとうございます」

 そう言ってように、店内に綺麗にラッピングされた鉢植えの花を男性は置いてくれた。

「毎度ありがとうございましたー」そう言って帽子を取り挨拶をし、颯爽と町へ駆けて行った。


 カフェをオープンして今日でちょうど2週間程になる。

 そして店内を見渡せば、壁には綺麗なガラス細工で出来た時計、カウンターには可愛いうさぎの形をしたシルバーでできた置物。そしてフロアには立派な花や観葉植物の鉢植え。

 そして先程届いた、これまた綺麗な蘭の鉢植え。それとこれは菓子の箱かしら? 最近流行っているという人気の店の箱だ。


 そう、あれから毎日のように、騎士様達からの贈り物攻撃が続いているのだ。

 ことの始まりは、騎士団の隊長様、あの強面イケメンのカイル様だった。

 開店日に、大きな声を出して迷惑を掛けてしまったお詫びにと、開店祝いの花の鉢植えを頂いたのだ。

 私は恐縮したが、せっかくだからと押し切られ、ありがたくお店に飾ることにした。

 それを見た他の騎士様が……

「抜けがけだ!」と騒ぎだし……

 それから、みんな競うように。


 これどうすんのよ……流石にもうお花も飾るところがなくなってきたわ……

 捨てるのも勿体ないので、最近は頂いた花を魔法でドライフラワーにして、店内で安く売っている。

 そして、ついでに香油なども作成したりして。

 錬金術のレベルをカンストまであげた私に作れない物などほぼ皆無だった。


 別にお金に困ってるわけではないんだけどなぁ……


 タダでプレゼントしても本当は良いんだけど、それだと頂いた人にも悪いので、気持ちだけの値段をつけてカウンター横に置いてあるのだが、これが結構人気で飛ぶように売れていくのだ。



 お店が繁盛するのは喜ばしいことだが、私の望みはスローライフ。


 それなのに、最近どんどん周りが賑やかになって来た気がする……

 有難いことではあるんだけど……




 そして、ふと外の道路を眺めると、ように、騎士様達が人員整理をする合間に、店先の掃除をしてくれている。


 申し訳なく思い私は何度も断ったが、みなさん笑顔で「好きでやってるので」と言い、スルーされてしまう。


 いいのか? 国防の要である第一騎士団の騎士が、こんな町中の小さなカフェの人員整理や掃除なんかしていて……




 そんな、なんとか? スローライフを送っていた矢先、事件は起きたのだった。





「殿下! お一人で行かれるおつもりですか? 私がご一緒します! お待ち下さい! 殿下!」

「うるさい。ついて来ずとも良い! ただ軽食を買いに行くだけだ! 直ぐに戻る!」

「が! しかし! あ、お待ちをーー!」




 ──カランカラン。


「いらっしゃいませ~ようこそ。ひだまり亭へ」

「娘。サンドイッチを1つ!」

 何この? 偉そうな男? 顔はちょっとイイかもだけど、何なのよ? いきなり来て?

「娘! 聞こえなかったのか? サンドイッチだ!」


 むううううううう! 何こいつ? まぁ一応でも客だしね。


「店内でお召し上りですか? それともお持ち帰りですか?」

「持ち帰る! 直ぐに用意しろ!」


 私はカチンときたけど、そこは大聖女の矜持。にっこりと優雅に微笑みゆっくりと手を差し出し、自動計算機を示しながら言った。


「お客様、お持ち帰りの場合は、こちらにこの機械にお金を入れて貰うシステムになっております。1つの場合は1と書いていある数字を押して下さい。数字はお読みになれますか? そうするとロックが外れますので1つ箱をお取り頂けるようになります」


 私はわざと、「お客様自身で」と「数字は読めるか?」を強調してにっこり微笑んでやった。


「ふーーん。なるほどな。娘。お前がならやれ!」


 は? この人、人の話し聞いてるの? 客自身が自分でやるシステムだって言ったよね?

 カチーン! 何かが切れた音がした私は、そのクソ偉そうな男に対して


「申し訳ございません。当店では数字の読めない方か、身体が不自由な方、もしくはご老人かお子様以外は皆様平等にお持ち帰りの場合はご自身で機械の操作をして頂いております。お客様一人だけを特別扱いするわけには参りませぬゆえ。それとも数字が読めないのでしょうか? ああ、そういうことでしたら、気づかずに失礼しました。1はわかりますか?」


 そう言って私は人差し指を立てて1をジェスチャーして見せた。


 ふん! 舐めんじゃないわよ! こちとら世界中の凶悪犯や、獰猛な魔物相手に死闘を繰り広げて来たんだから。そんな高圧的な男の脅しぐらいで、屈すると思うの? 


 ぶっちゃけ数字が読めないは関係なく、機械の前でモジモジしている方がいれば、普通にサポートしてるんだけどね。こいつのあまりにもな態度にムカついてわざと言っただけだけどね。


「なんだと? この女!」

 そう言ってその男性は顔を真っ赤にした。


 私はそれを無視して、カウンター奥の調理台へ向かい、ボックスをしまったり、溜まっていたゴミを集めたりしていた。誰もいない時は魔法でちゃっちゃとやるんだけどね……

 お客様がいるときは一応自重している。


「お前!」

 私が無視していることに腹を立てたのか? その男性はワナワナして、こちらを睨んできた。



 ──カランカラン

「サーシャさんこんにちは〜」

「サーシャちゃん今日も綺麗ね~」

 そう言って近所のおばちゃん達が入って来た。


「いらっしゃい。今日は何にしましょう?」

 入口に立ちっぱなしの先程の男性を邪魔そうにジロジロ見ながら常連の二人は店内に入って来た。


「こちらへどうぞ~」

 そう言って私は奥の席へと案内する。


「ねぇねぇ。サーシャちゃん? あの男性は何?」

「なんか変な人に絡まれてるなら、うちの旦那呼ぼうか?」

「なんなら、ほら、いつも手伝いに来てくれているお兄ちゃん達呼んで来ようか?」


「ありがとう二人とも、でももうお帰りになると思いますよ?」

 そう言って私は彼のほうを見た。


「やぁねぇ、目つき悪くて、感じ悪い」

「サーシャちゃん美人だから気をつけてよ?」

「あんなガラの悪い人に関わったらダメよ?」


「ありがとうございます」

 私は二人に、にっこり微笑んだ。




 ──カランカラン。

 ドアの呼び鈴が鳴った為振り返ると、そこには先程の彼は居なかった。



 ふん! 絶対に屈服なんかしないわよ? 脅しても無駄なんだから!

 私は何故かヤル気になって両手の拳を握り締めていた。

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