第26話・覚悟

「こちらです。ただ……」


「ありがとうございます」

 私は、案内してくれたクランツさんが言おうとしていた言葉に予想出来ていた。

 このドアに掲げられている札は医務室。

 きっとこのドアの向こうには、なら目を背ける程の惨劇だろう。

 バジリスクの石化は、進行が早い。

 森から王宮までの距離を考えても、既に患部は石化がかなり進んでいるはず。

 そしてこの慌てよう。中から聞こえてくる怒号。

 きっとハイポーションが存在しないのだろう。


 前に彼が言っていた言葉を思い出す。

「この国には魔法を使える者は、ほとんどいない。ましてや回復魔法など」

 その言葉が正しいなら、ハイポーションの存在は……


 私はゆっくり目を閉じた。そしてゆっくり深呼吸をして、再び目を開ける。

 これは、扉の向こうの惨劇を恐れてのことではない。


 私がこれから行う行為により、今までの生活「穏やかで安らぎのあるスローライフ」

 私に安らぎの場を与えてくれた人々との空間。


 その全てが消えてなくなるかもしれない。

 何故かその時、一瞬、彼のあの笑顔が浮かんだ。

 もう会えなくなるかもしれない……



 それでも私はこのドアを開ける。

 ──そう、これは自分への覚悟を確かめる為だ。



 ──ガチャリ



 私は真っ直ぐに、人だかりが出来ている方へ歩く。

 そして────



 …………マーク君。


 やはり予想通り、かなり石化が既に進んでいた。

 右半分の下肢は既に石化しており、上半身にも進行しつつある。そして、同時に受けたと見える猛毒のせいで既にかなりの吐血が見られる、


 このままでは死を迎えるだろう。


 そう。通常ならば……



 私は覚悟を決めた。


 ──エクストラヒール

 ──ボイゾナ

 ──リカバリー



 マーク君の周りを温かい、金色のキラキラ煌めく光りが覆った。そして、その金色の光りが白く淡い輝きに変わりはじめた頃、マーク君の石化していた右下肢に変化が現れた。

 黒く固く鉛のように固まっていた皮膚の下から、肌色の、本来の彼の肌が……すこしづつ。



「え?」

「どういうことだ?」

「何が起こった?」

「マーク? おい? マーク! 大丈夫か?」


「石化していた脚が! 肌の色が戻っている!」

「何だ? おい! 何があった?」


「お、俺……確か……バジリスクの毒を受けて……脚が……? うご、うごく? え? 何が起こった?」




「まさか……」

 クランツは小さな声で呟きながら、一人の少女の後ろ姿を見つめていた。


「やったーーーーー!! マーク! 助かったんだ! お前は助かったんだぞ!」

「「「「「おおおおおおおお!」」」」」

「良かった。本当に良かった……」


「マーク……この野郎。心配かけやがって……」

「バカ野郎。マーク」

「心配したぞ」

 泣きながらマーク君を抱きしめているカイルさんとアンディさんとレービンさんの姿を見て、私は自分のしたことに後悔はなかった。


 これで良かった。あの笑顔が見れただけで。

 間に合って良かった本当に……

 そして、さようなら……



 そう思った瞬間、声を掛けられた。


「サーシャ殿、こちらへお願いできますか?」


 え? 先程ここに案内してくれた男性だった。確かクランツさんと呼ばれていた人だ。

 その男性に案内されるまま私はついて行った。



「サーシャ殿。いや、サーシャ様。我々を御救い下さい」

 そう言って彼は私に跪いた。


 ……もしかしてバレた?


 そう思った瞬間、目の前の光景に驚いた。

 そこにはマーク君と同じ、石化と猛毒に苦しむ、騎士達の姿が……


 これは……

 バジリスクの集団が現れたって言ってたわよね? 確か……

 でも今は、そんなことを言っている場合では……



 ──エリアエクストラハイヒール!

 ──エリアポイゾナ

 ──エリアリカバリー

 ──エリアリジェネーション




 部屋全体が、温かくなり、金色の光りに包まれた。キラキラと金色に輝く空間。

 金色に強く煌いた後、淡い白色に変わった瞬間……



「これほどまで………」




「おい? 何が起こった?」

「今のは何だ? この光りは?」

「え? 石化が治ってる?」

「おい? 何が起きた?」

「どうなってるんだ?」


「嘘? 治った? どういうことだ??」


「治った……」

「俺は生きている……」

「やったーーーーーーー」


「「「「良かったなあ」」」

「「「「神様のお陰だ!!!」」」


 彼方此方で聞こえる感嘆の声と、無事を喜び、啜り泣く声。



 良かった……

 間に合って……


 私が、そっと部屋から出て行こうとした時、先程の男性に手を取られた。


「サーシャ様。ありがとうございました。この恩は決して我々は忘れません」

 そう言って深く頭を下げた。


 …………ありがとう。

 魔法を使用して、初めて言われたかもしれない言葉。

 ありがとう。 

 私にとってその言葉はとても新鮮で、心地良い響きだった。



「では。私はこれで」


「ありがとうございました。サーシャ様」








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私の周りの『イケメン御一行様』、ついには【王子にまで溺愛されて?】虐げられてきた『大聖女』は有り余る魔力を駆使してカフェを営む~ 蒼良美月 @meyou15

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