第2話・ひだまり亭

 ──私はもう一度ホールを見渡す。

「これって直ぐにでもお店を開けそうねぇ」

 そう思った私はワクワクして来た。長年の夢が今まさに目の前にある。

 10歳の頃から8年の間、全ての自由を奪われ、何も望むことを許されず、全ての時間を国民の為、勇者パーティーの為だけに生きてきた私に神様が与えてくれた最高のプレゼント!


 夢のスローライフ!

 考えただけでも胸が高まり、自然と頬が熱くなり、鼓動も早くなる。


 朝はあまり早いのは苦手だから10時から13時ぐらいの営業にしようかしら?

 カフェ? お昼時に軽食ぐらいは? でも料理下手な私に出来ることって……

 サンドイッチぐらいなら作れるわよね?


「サンドイッチとお茶! カフェにしましょう!」


 私は色々と夢を膨らませ、店の掃除を始めた。勿論、使


「アイテムボックスの中味ってどうなってるのかしら?」

 勇者パーティーで旅が多かった私はアイテムボックスに、ほとんどの物を詰め込んでいた。


「やったぁあー! 全部前のままじゃないコレ!」

 その中から必要な物を私は取り出した。


 冷蔵庫、食器や、カトラリー、フライパンや鍋。

 必要な物はざっとこのぐらいかしら? まぁ足りない物は都度いいわね。

 そしてアイテムボックスに仕舞い込んでいた、大量の宝石の中から、適当に小さめのを一つ取り出した。


「お金も多少は、ないとねぇ?」

 私はそのの宝石を無造作にポケットに入れ、ドアを開け表に出た。


 空が真っ青で気持ちの良い天気だった。


「これからの私のスローライフを応援してくれているみたいね?」

 私はウキウキしながらギルドへ向かった。


 ここから少し先に商業ギルドがあった。


 私の家はメイン通りに面してあり、立地条件にも恵まれていることがわかった。

「なかなか良い場所ね?」

 私はニタニタしながら、足取り軽くギルドの戸を開けた。

 このドアを開けた先には私の新しい世界への切符が!


「こんにちは~」

 私はこれからの生活の始まりに夢膨らませながら元気にドアを開けた。


 受付には二人の可愛らしい女性が座っていた。

「こんにちは。本日はどのようなご要件でしょうか?」

 受付の女性が私に笑顔で聞く。


「すいません。この近くに引っ越して来たんですけど、お店、カフェを開きたくて、営業許可のようなものが、こちらでは必要ですか?」

 私がその女性にたずねると

「営業許可と言うか、店を開きます。と言うのを書いた書類を提出して頂ければそれで大丈夫ですよ」


 なるほど……提出だけでいいのか。そして夢の実現が簡単そうだったことに安堵した。

 早る気持ちを抑え、たずねた。


「その書類を提出したいのですが?」

 私がそう言うと受付の女性は笑顔で私に用紙を差し出してくれる。

「必要事項を書き込んで提出頂いたら大丈夫ですよ」

 そう言って再度教えてくれた。

 全ての人が私の再出発を祝福しているかのように見え、私は心が躍った。


 私はその用紙に順に書き込んでいったが、ここで大きな問題に気づいた。


 店の名前! ヤバイ! 決めてなかった! なんたる失敗!

 一瞬、夢が遠のいた気分になり泣きそうになったが、いいえ。今決めればすむことだわ!

 そう、自分を鼓舞して思案する。


 スローライフ、癒し、ほのぼの、まったり? うーーん……

 頭の中に浮かぶフレーズは、どれも同じようなフレーズばかり。

 私ってネーミングセンス、ゼロね……

 

 ぽかぽか陽気でスローライフな感じ……陽気?!

 「ひだまり亭」これがいいわ! これにしましょう!


 「カフェひだまり亭!」 良いじゃない! 

 私はガッツポーズをして自分を褒めた。


 クスクスッ


 はっ! ヤバイ周りの人から変な目で見られた……

 浮かれ過ぎてたかも……直ぐに反省し、そそくさと振り上げた拳を急いで下ろし、私はその用紙に先程思いついたの名前を書き込んだ。


「うん! これ最高だわ!」

 私は自信たっぷりに受付に再び並び順番を待つ。

「次の方どうぞ~」

 受付の女性に呼ばれ、私はその用紙を提出した。

 あっさり受理されたことに少し驚き、感動の一瞬だと身構えていた自分が少し恥ずかしくなった。

 だが、ここで安心してはいけない。もう一つ大事な用事がある。この宝石をお金に変えてもらわねば。

「あの、ちょっとお聞きしたいんですけど、ここって買取ってしてます?」


「大丈夫ですよ? 何の買取でしょうか?」

 受付の女性が笑顔で言う。


 良かった! これで生活できるわ! 小さいから安いかもだけど、まぁ住むところはあるし、大抵の必要な物はアイテムボックスにあるしね。少しだけ現金があればやっていけるはず! 茶葉はボックスに山ほどあるから、パンと卵や野菜を購入すれば直ぐにでも店は開けれるはずだもの。


の宝石なんですけど……」

 そう言って私は先程無造作にポケットに突っ込んだ1センチ程の宝石をおもむろにカウンターに置いた。

「これなんですけど……」


 その瞬間、受付の女性が固まった。


「えっと……サーシャ様と、おっしゃいましたかしら?」


 え? 何か問題でもあったのかしら? 小さすぎて買取出来ないのかしら?

 それならもっと大きいの沢山あるけど?

 毎日ダンジョンや迷宮、各国との戦争を駆け巡っていた私、勇者パーティーでは戦利品は人数で平等に分配されていた。その為、このの宝石はゴロゴロと持っていたのだ。


「申し訳ございませんが、此方にお越し頂いてもよろしいでしょうか?」

 先程の受付の女性が、何故か小刻みに震えながら私に聞いて来た。

 え? これって買取出来ないってことかしら?

 困るわ……それだと明日からの生活費が……

 まぁ最悪調合すれば生活できるとは思うけど……


 言われるがまま、私はちょっと不安を覚えながらも、その女性の案内で奥の部屋に通された。




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