「きゃ、きゃぴ~ンっ!」


 幾つか乗り物を巡った末の、妙ににこやかな笑みを浮かべる女性スタッフの前。

 浦川は顔を真っ赤にしつつ、ポーズ付きで合言葉を言っていた。


「……はい、ありがとうございます。シートをこちらに、」

「……きゃぴ~ン、」

「お連れさんはもう言わなくて良いですよ?2回言ったら2回押せる訳じゃないですよ?」

「………………そうか、」


 無念そうに俯いた一義の横で、星が増えて来たシートを胸に、浦川は言う。


「ハァ。……まだ慣れない。馬鹿なの?なら一生言えるのに……」

「ポーズ付きになって来たのにか?」

「だって、横で毎回ポーズ取ってるから、やらなきゃいけない感じがちょっと……」


 とか呟き、浦川はちょっとそっぽを向き……それから言う。


「それより、次どこだっけ?ルート通りだと、……コーヒーカップ?」

「ああ。そうなんだが……思った以上に消化が早い。これなら別に、効率を求めなくても回り切れるかもしれん」

「ああ。空いてるし……そもそも雨で乗れない奴とか結構あったしね、」


 まさにジェットコースターがそれだ。雨天を理由に稼働停止になっていて、ジェットコースターの前で『きゃぴ~ン』だけ言ってスタンプを貰うのみだった。


 と、そんなことを言い合う一義と浦川を前に、ふと、スタッフが声を投げてくる。


「遊ぶ先に困っているのでしたら、レストランホールに行ってみては如何でしょう?売店だけでなくちょっとした遊戯施設もございますし、……今の時間ならまだ、さほど込んでもいないかと」

「レストランホールか、」


 読んで字のごとく、出店やレストランのある区画だ。土産物屋もあって昼過ぎや夕方辺りは込み合うし、確かに、あそこにはちょっとしたアトラクションもあったはず。

 そんなことを考えた一義へ、浦川は問いかけてくる。


「どうする?」

「せっかく勧めて貰ったんだ。行って見るか?」

「うん、」


 そう頷いて、それから浦川はスタッフに向き直ると、頭を下げた。


「ありがとうございます、御親切に」

「いえ、職務ですので。……あいにくの雨天ですが、せっかくのデート。楽しんでくださいね?」


 そうにこやかに言ったスタッフに、浦川もまたにこやかに「はい、」と答え……。

 そして次の瞬間、


「……………………え?」


 そう、硬直した。

 それを、スタッフの女性と一義は不思議そうに眺めている。


 そんな二人を前に、浦川は瞬きし、周囲を見回す。


 場所は、遊園地。

 そんな場所に日曜日、クラスメイトの男子と二人。


(…………デートじゃん、これ)


 カナ様グッズの事しか考えてなかった浦川は、今更、その事実に直面した。



 *



 レストランホール。そこは、ちょっとした屋根付きの商店街のような風情の、吹き抜けになった施設群だ。出店や売店、土産物屋にちょっとしたアトラクションが並んでいて、雨を凌いでゆっくりできるからか、遊園地内の他の場所よりも多少賑わいがある様に見える。


 アトラクションはゲーセンのようなモノやボウリング、果てはボルダリングに、変わり種だと多分、何かしらのアニメコラボの時に設置されたのだろう、スポーツチャンバラと銘打たれた屋内マットスペースもあった。


「甘いですね!その鈍い剣が当たると思ってるんですか、ニートォッ!」

「く……社畜の分際でェッ!」


 と、何やら見覚えのあるスーツとポロシャツが防具を付けてスポンジの剣を振りかざしていた。そしてそうやって火花を散らす二人の合間に、やっぱり見覚えのあるお姉様の姿が見える。

 お姉様を取り合っているのか?いや、違う……。


「昇って来な……この高みまで。ヒック……」


 ラスボスだ、アレ。見覚えのある婚期遅れが片手にスポンジの剣持ちつつ逆の手に缶ビール持って見物してる。お姉様、一人で来た遊園地で大きなお友達に混じって昼間っから飲酒してる。そんなだから……コホン。


 というか……。

(なんか仲良くなったのかあの3人……)


 そんなことを思いながら、日曜日の昼間に遊園地の片隅でチャンバラごっこに興じている大人達を一義は遠目に眺め……それから、少し後をついて歩いてきている少女に視線を向けた。


「…………………、」


 さっきまでかなり楽しそうにしていたはずだが、今は借りてきた猫のようにおとなしくなっている浦川に。


(……デートと言われて気分を害したのか?)


 タイミング的にはそうだろう。デート扱いされるのが嫌だった、のか。


(………………、)


 なんだか少し残念なような、そんな気分で一義はチラリと、今日だろうとお構いなしに袖を通しているキャラTに視線を落とし……と、そこで、だ。


「平泉くん」


 ふと、浦川がそんな声を投げて来た。


「なんだ?」


 そう振り返った一義を前に、浦川は問いかけてくる。


「……これは、デート?」

「…………傍からはそう見えるんじゃないか?」

「だよね……」


 そんな呟きと共に、浦川は視線を逸らし……そのまま、問いを投げて来た。


「デートのつもりで誘った?」


 その問いかけに、一義は一瞬迷った。

 一般的に言ってそれに近い状況にはなるだろう、とは思っていた。が、それを意識していたかと言えば……。


「……いや、まったく。カナ様グッズが欲しいんだろう?」


 その答えは嘘かもしれない。なんとなく余計な言葉を足した一義を前に、浦川は小さく笑みを零し、また「だよね……」と呟く。


 それから、浦川は妙に真剣な顔で、一義に視線を向けると、言った。


「平泉くん。……ちなみに、こういう状況にキャラT着てくる女をどう思う?」

「…………………」 


 そう言えばこいつも着てたな、キャラT。

 そんなことを今更思いながら、一義は自身の服にまた、視線を向ける。

 

 『キャぴ~ン☆』と幸子たんが一義の胸でポージングしている。それを眺めた末……一義は言った。


「…………それを俺に聞かれてもな、」

「だよね……」


 3度、そう呟き、それから何やら深刻そうに、浦川は眉根を寄せ……と、思えば次の瞬間である。

 ふと、浦川は天を仰ぎ、叫んだ。


「……ていうかよく考えるとペアルックじゃん!?気付かなかった……」

「お前は何と戦ってるんだ?」


 ……なんかもう別に深刻に考える必要ない気がする。と、内心ちょっとホッとした一義を前に、思い悩むように額を抑え、浦川は言う。


「内なる乙女をガン無視していた限界化カナ様オタ……。オタは敵、倒すべき敵……」

「……もうそれオタが勝ってないか?」


 言い回し的に。

 と、そんなことを言った一義を前に、浦川はふと背筋を伸ばし、サッと視線をこちらに向け、元気よく言う。


「……乙女が勝ちました!」

「自己申告制だったか……。あ、等身大カナ様パネル」

「え?嘘~……マジじゃん!?ちょ、ちょっと写真撮って写真!」


 とか言いながら、多分コラボの販促物か何かだろう。

 レストランホールの隅っこで、『……馬鹿なの?』とおっしゃっている等身大カナ様パネルの元へと、浦川はすぐさま駆けて行った。


 そして……カナ様パネルの真横で、浦川はポーズ付きで言う。


「きゃぴ~ン☆」


 ……この女、ノリノリである。さっきまであんなに渋ってたのに……。


(カナ様への愛の力か……)


 とか思いながら、要望通りに一義は自身のスマホで写真を撮った。

 パシャリと、シャッターが下りる。その直後、ササっと異様に素早く浦川はこちらに寄って来て、一義のスマホを覗き込んでくる。


「おお……アタシがカナ様に馬鹿なのって言われてる。おお……ハァ、ハァ、」

「……乙女が勝ったのでは?」

「…………………」


 指摘された瞬間、凄まじく複雑な表情で、浦川はそっぽを向いた。

 と、思えば、だ。浦川はため息一つ、上着の前を開け始め……そして次の瞬間、ガバっと躊躇なく上着を脱ぎ捨てた。


 そうやって露わになったのは純然たるキャラT。浦川の胸でカナ様が『……馬鹿なの?』とおっしゃっている、こないだ一義が上げたTシャツ。


 そんな恰好で、堂々と胸を張り、浦川は言った。


「……もうオタで良いです」

「自分に打ち勝ったんだな。おめでとう……」


 とりあえずそれだけ言って軽く拍手だけしておいた一義の前で、浦川は一義の服を眺め、自身の服を眺め……そして次の瞬間、その場にしゃがみ込んでボソッと言う。


「……でもこれでもう完全ペアルックじゃん……乙女になりそう、」

「長い戦いになりそうですね……」

「うぅ~……」


 とか唸り声を上げ、妙にフラフラと、浦川は手近なベンチへと歩んで行っていた。

 何やら無駄に疲れているようだ。……というか、観覧車以降結局乗り物にほぼ乗っていない以上、なんだかんだずっと立ちっぱなしである。


 浦川の中で繰り広げられている謎の戦い、がなくとも、歩きづめで普通に疲れたのかもしれない。

 そんなことを思い、ベンチに座り込んだ浦川を前に、一義は言った。


「飲み物とか買ってくるか?」

「……超絶☆限定エキセントリックドリンク~苦々し気なカナ様味~」

「下調べばっちりなんだな、」


 そんな風に笑みを零し、一義は飲み物を買いに行った。



 *



 遊園地の一角。天蓋付きのレストランホール。そのガラス張りの頭上、雨粒が見え隠れするそれを眺めながら、リサは胸中呟いた。


(……デートじゃん、これ。ペアルックじゃん)


 驚くほどそういう意識がなかった。もっと気にして、それこそ気合入った格好しようとか思ってもおかしくないと言うのに、悩んだのはキャラTを着るかどうかである。


 一義を異性としてまったく意識していない、という訳ではない。少なくとも、この間弾みで可愛いと言われた時は凄まじく気恥ずかしかったし、その後放課後、待ち合わせに誘う時は大分緊張した。


 逆に言えば、その時緊張を押して頑張って誘ってみたのが良かったのだろう。


 呼び出してみたらキャラT男は平常運転で、それになんだか安心したのだ。安心したまま、どこか甘えるように好きなモノの話をし続けて、気付いたら今日、デートみたいになっていた。まるで気構えることなく。わざわざ飾ろうともせず。


 イヤ、飾らない理由は……。


 と、そうぼんやり考えるリサの懐で、ふと、スマホが振動する。

 取り出してみると、一義からのメッセージが届いていた。


『一義:きゃぴ~ン☆』


 という文字と、ついさっきのリサ。等身大カナ様パネルの横でノリノリでポーズを取っているリサの写真が、送られてきている。


「フフ……」


 それを眺め、どこか自分に呆れたように、リサは笑みを零す。


 飾らない理由は、……その必要がない相手だからだ。


 自身の一番のコンプレックス。表に出すことがトラウマに近いような部分を、特に気にせず普通に受け入れて貰えているから、それ以上飾らずに済む。


 楽で、安心できる。だから、甘えられる。


(……せっかくだし、もう一枚くらい撮ろっかな、)


 二人で写ってる写真が一枚くらいあっても良いだろう。そんなことを思い、リサはまた、小さく笑みを零し……。


 だが、そこで、だ。

「……アレ?キモ川じゃん。何お前、髪とか染めてんの?」


 そう、嘲るような声が投げつけられ、リサはただ、硬直した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る