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思い詰めた浦川が行く場所。……というか、一義のように末期のオタがリアルに悩み疲れ一抹の癒しを求めて吸い寄せられるように向かう場所。
その心当たりというか覚えは、一義にもある。あるが故に、思う。
(本当か……?)
本当にお前はそれで良いのか浦川、と。本当にそうだったら本当に一義並に末期だぞ、と。
そう、危惧というか疑問というか、一週回っていないで欲しいと思わなくもない一義の脳裏に、浦川との思い出が駆け巡る。
『カナ様ハァハァ、……うぅ、幸×カナうぅぅ……ハァ、ハァ、』
そんな、夜中の電話で聞いた声。
『……乙女が勝ちました!』
と、自己申告した数秒後に等身大カナ様パネルの横で『きゃぴ~ン☆』とポージングしていた遊園地。
オタバレしちゃいけないのに紙一重で名曲だったせいでアルバムの特典の通恥音を設定し、異性と遊園地に行く<<<カナ様抱き枕カバーで、ちょいエロ抱き枕カバーを指さされた感想は、『アレもちょっと欲しい』。
そして、特に用事がない時。用事がないけど何か話し掛けたい時に浦川から送られてくる、一義に対して一番辺り障りがないと思っているのだろう文言は、
『裏リサ:カナ様、うぅ、カナ様、ハァハァカナ様うぅ……』
「…………………、」
だから、本当にそれで良いのかお前、と思わなくもない。
思わなくもないが、逆に言うとそうであっても欲しいから、一義が探しに訪れる場所は一つしか思い当たらなかったのだろう。
木島と刈谷が絶対に探さない場所。色々と誤魔化そうとしている浦川が、誤魔化しのない時に訪れる場所。あるいは、ごまかしのない姿なのだろうと、一義がそう思いたい場所。
とにかく、双葉に逃げないと納得させ、そうしてスタバを後にその場所を訪れた一義の耳に、声が届いた。
『きゃぴ~ンっ!後悔なんて犬の餌☆明日は明日の風が吹く……エキセントリック☆幸子だぞっ!出たな、昨日街を壊しまくった極悪怪人Jめっ☆』
という、昨日も聞いた覚えのある、紙一重で神回な1期10話の幸子たんの声。
それが店頭モニターで眺めている最中、デパートの一角にある純然たるオタの居場所。
浮世のアレコレに疲れ切った末期のオタが癒しを求めて足を運ぶその場所。
アニメグッズ専門店、メイトである。
その店内に踏み込み、店員に愛想よく出迎えられながら、一義はその手狭な店内を覗いて回る。
すると、だ。
「…………ハァ、」
何所かアンニョイにため息を吐く少女が、手狭な店内の一角にいた。
八割方ないだろうとは思っていたが、やはり、身投げではなかったらしい。
浦川の姿がそこにあった。気取っていない落ち着いた服装で、眼鏡を掛けていて、いつかのように帽子を目深に被っている。
そんな浦川が、雑多な店内、本棚の手前で、気のない様子でただどこかぼんやりと、並ぶ本の背表紙を眺めていた。
趣味に囲まれた空間で癒されている、と言った雰囲気には見えない。どちらかというと落ち込んだ様子で、心ここにあらずと言った具合で、そして、大きくため息を吐く。
「ハァ…………」
そんな浦川を眺めたまま、一義は声を掛けようとして……。
「………………」
けれど、言葉が出なかった。普通にただ呼びかければ良いだけの話のはずだが、それだけの事にすら悩んでしまう。怯えてしまうと言った方が良いかもしれない。
仲直りをしたいとは思う。その他にも、言おうと決めた言葉はある。だからこそ、声を掛けようとする気分は重く……そうして逡巡している間に、浦川はどうも、自分に向けられる視線に気付いたらしい。
誰に見られているか確認しようとしたのだろう。浦川はチラリと、一瞬だけこちらに視線を向けると、すぐさまその視線をまた、目の前に並んでいる背表紙に戻した。
と、思えば、だ。
「…………………」
一瞬の沈黙、そして硬直の末、見間違えかな?とばかりに浦川はゆ~っくりと視線をまた一義に向けてくる。
そして目が合った。浦川は何やら気まずそうにやはりゆ~っくりと瞬きしていた。
それを目の前に、漸く覚悟を決め、一義は口を開く。
「浦川。……探してたんだ。話が、」
と、言い掛けたその瞬間である。浦川は何も言わないまま、突如またゆ~っくりと、どこかぎこちない動きでこちらに背を向けると、そのまま、サッと店の奥へと歩んでいき、やがて棚の向こうに消えて行ってしまった。
(…………逃げられた?)
以外に解釈のしようのない行動である。顔を合わせたくない程に怒っている、のだろうか。
追いかけるか?いや、追いかけない選択肢はないのだが、かといってあの調子だと単純に追いかけてもまた何も言わず逃げて行くような気もする。
と、そうごちゃごちゃ考え掛けた一義は、けれどすぐさま一つ息を吐き、浦川の去って行った方向へと歩み出した。
(……一々日和ってどうする、)
それでは何も進展しない。こうして無事エンカウントを果たしたし、声もかけた。後は話すだけだ。
どのみち、一義はもはや退路を断っているし、ここまで来たら進むのみ。
そう気合を入れ、一義は浦川の去って行った棚の影へと歩んでいき、その向こうを覗き込もうとし……。
と、その瞬間である。
「「………………」」
棚の影からにゅっとこちらを覗き込む誰かの顔が、一義の目と鼻の先に現れた。
誰か、というか浦川だ。逃げたと見せかけて留まっていたのか……とにかく、様子を伺おうとしたらしい浦川が目の前に現れた。
そう、すぐ目の前だ。同時に棚の向こうを覗き込もうとしたせいで、それこそ文字通り鼻先に、浦川の顔がある。
気を抜いている時はいつも掛けている眼鏡の向こうに、浦川の大きな瞳があり、至近距離でそれを覗き込んだ一義の前で、浦川はまたゆ~っくりと瞬きする。
そして次の瞬間。
「~~~~~~っ!?」
覗き込んでいた瞳が、なんかぐるぐるし出したような気がする。
浦川は突如頬を赤らめ、声にならない悲鳴を上げ、サッと異様に素早く、背後へと飛び退いて行く。目をぐるぐるさせたまま。
そして、その素早い勢いのまま、また逃亡しようと言うのだろうか。浦川は明後日の方向へと駆け出し掛け……だが、だ。
「……………………ぐ、うぅ……、」
という呻き声と共に、浦川は駆け出そうとする姿勢のまま、また硬直した。いや、フリーズ、だろうか。
何かが浦川の中でせめぎ合っているような気がする。なんでだろう、逃げ出そうとする浦川とそれを制している浦川が浦川の中で戦っている気がする。混乱と動揺の極致で固まっているような気がする。
そしてやっぱり目がぐるぐるしているような気がする。
……まあ、とにかく。
(逃げようとはしたが、逃げないようにもしてるようだし……、怒ってる訳じゃなさそうだな、)
どっちかというと、気まずくてつい逃げ出してしまった、と言った感じだろうか。
追い詰められると変な行動を取りがちな奴だし、ある意味これも平常運転ではある。
そんなことを思って、少し安心した一義の前で、浦川はまた動いた。
スっと、姿勢を改める。逃げようとする自分に打ち勝ったかのように。
と、思えば、だ。次の瞬間には突如、ガバっと崩れ落ちるように、浦川はその場にしゃがみ込んだ。一瞬勝ったけど結局負けたかのように。
そんな風に、まるで言語を発していないのに浦川はやたらガチャガチャと騒がしく……それを目の前に、一義は声を投げた。
「浦川。その……大丈夫か?」
とりあえず一旦落ち着いて貰いたいと、そう声を投げた一義の前で、浦川はしゃがみ込んだまま、フルフルと弱々しく首を横に振る。
それから、浦川はちらっとこちらを見上げ、……蚊の鳴くような声で言った。
「…………ちょっと、お時間を頂けないでしょうか……」
動揺なのか何なのか、若干涙目でまだ、頬を赤らめたままに。
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