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それから、長い戦いがあった……。
浦川の住所教えてください。
『え、でも……』
『……個人情報だし、』
と世知辛い世の中が立ちふさがり。
じゃあ連絡とってくださいとお願いして、了承して貰ったかと思えば。
『……リサ、電話でない。グスッ……私、そんなマジになってると思わなくて……だってキモTだし……』
『あ~、よしよし。後でリサにももっかいちゃんと謝ろうね?だってキモTだもんね~、』
とか目の前がキマシタワー。そしてもっかい俺に謝れ。
『……なあ。俺もう帰って良いか?』
とか言っていた鉄平は一旦スルーして話し合い、結果、木島と刈谷の二人が浦川の家まで呼びに行って引っ張って来る事になった。
そうと決まれば、……流石にキャラTで謝罪に行くのはヤバいだろう。だってキモTらしいし……。
と劣等感を自覚した一義が昨日買った高い服に着替えようとした所。
『ないから。それはマジないから。キモTのがまだマシだから』
『買わせたアタシが言うのもなんだけど、流石にそれはデリカシーないよキモT』
『なぜ火に油を注ぎに行こうとする?勇気と無謀は違うと、何度言えばわかるのだ兄上氏……』
と女子陣から総すかんを食らい、(……高かったのに、)とやるせなさを覚え。
そして後は菓子折り。
そう言った瞬間。
『………………』
『………………』
『……………クぅ、双葉の羊羹……』
とか、木島と刈谷から視線を注がれた双葉が悔し気にさっき貰ったばかりの菓子折りを差し出していた。
(……そっちは再利用可なのか?)
とにかくそんなあれこれの準備を進め、『なあ、この場に俺必要か?なあ、おい』と誰かが言っていた気がするが一義は今それどころではなく……。
とにかく。それで、外堀は埋まった。
*
「………………、」
そうして、いつぞやのスタバ。その窓際の席で、難しい顔で女子を待つ今日も結局
『きゃぴ~ン☆』と胸で幸子たんが言っているキャラT男が完成した。
脇には(リバカプ丸先生にお願いして借りた金で)一応買い直したデパ地下のお菓子の入った紙袋。
注文した飲み物には口を付けず、ただ難しい顔で木島と刈谷から連絡が来る予定のスマホを睨み付け……。
そして、窓の外から注がれる、道行く人々の視線がちょっと痛い。
(…………笑われてる気がする)
ちょっと前までなら一切気にならなかったスタバでのアウェー感が自覚した劣等感のせいでちょっと気になり、ただでさえ難しい顔をしているのが更に険しくなり、ちょっと日和って逃げ出したい気分になり……。
そんな一義の耳に、声が届いた。
「……なぁ。俺もう行って良いか?部活あるんだけど……」
「見張ってないと兄上氏が日和って逃げるかもでしょ!」
「いやもう……見張りなら一人でやれば良いじゃん」
「一人だと双葉が寂しいでしょ!双葉は寂しいと死んじゃうでしょ……」
「いや、双葉ちゃんは殺しても死なないタイプだと思うけど……」
「双葉アンデット系だった?……腐ってやがるだけに?誰うまかゆうま~」
「いやもう何言ってっかマジでわかんないんだけど……」
「アンデットコスしなきゃ。……ねぇ、鉄平。可愛いヴァンパイアコスが良い?リアル志向のゾンビコス?それとも……掟破りの巨・神・兵?」
「なんか今日テンション高くない?いつにもまして」
「お兄ちゃん怒ってなかった!」
「ああ、安心した反動ね。つうかもうわかったから、なあマジで俺部活――」
と、少し離れた席で、サングラスを装備した二人がほっとくと無限に続きそうなやり取りをしていた。
多分、双葉が付いて来た理由は面白そうだから、だけだろう。が、なんか心強い気がする。この間までまったく気にならなかったスタバでのアウェー感が安らぐ気がする。
(く……これが弱さか、)
明言化した瞬間からどんどんそれが顕著になっている気がする。劣等感、アウェー感、キャラTを着ているが故に浴びる奇異の視線……。
それを弾き返せるだけの、前まであったはずのメンタルの強さは今の一義にはない。
だが、だとしても挑まなければならない。今、日和る訳にはいかない。
(心を無にしろ。心を無にして謝罪の文言を考えろ俺……)
日和らない為の準備だ。なるべく誠意を持って、丁寧に。
『お呼び立てして申し訳ありません。本日お呼びさせていただいたのは昨日の当方の失言に尽きまして……』
(……いや違う。それだと心を殺し過ぎだ。業務連絡みたいになってる)
もうちょっと砕けるべきだろう。なら、
『急に呼び出して悪いな。昨日の事で謝りたかったんだ。昨日、俺は心にもない事……いや違う心の片隅にあった俺の劣等感が生んだ悪意ある言葉を吐いてしまったことを打ち明け本当に遊んでいると思っていた訳ではなく遊ばれても仕方がないのではないかと思っていた俺の無意識的な劣等感が――』
(……いや長い。ていうかこれさっき考えた奴、)
もうちょっと手短に、だ。手短かつちゃんと誠意が伝わるような文言を……。
と、また考えようとした一義の耳に、突如、だ。
ドン、と机を叩く音が響き、そして、その声は届いた。
「――好きなら好きってはっきり言いなよ!」
「――グッ、」
リバカプ丸先生である。なんかクリティカルヒットし呻いた一義を置いて、リバカプ丸先生は鉄平で遊んでいた。
「ヴァンパイアコスでしょ?鉄平、ヴァンパイアコス目当てにハロウィンの時期に微課金して爆死するんでしょ?ねぇねぇヴァンパイアコスして欲しい?トリック&トリート!悪戯するからお菓子下さい」
「今6月だしどっちにしろ年中悪戯してるしそもそも行事の趣旨変わってるだろソレ……ドM向けじゃん。悪戯がご褒美みたいになってるじゃん」
「……ご褒美じゃなかったの?」
「不思議そうな顔で俺を見るなよ……。なんで俺ドMだと思われてんだよ……」
とか直接振り回され頭を抱えている鉄平の向こうで間接的に振り回されている一義も頭を抱えた。
(紛らわしい……)
が、クリティカルヒットしてしまった。結局そこに繋がりそこで済む話ではある。
というか何なら、ちょっと前までの無敵状態だった一義が今の一義を見たら言ってきそうだ、ソレ。
『好きなら好きって堂々と言えば良いだろう?』
と大好きな幸子たんのキャラTを胸を張って着用したまま。
「………………、」
また難しい顔で考え込み、一義は目の前においてあるスマホの待機画面、結局幸子たんなままのそれを眺め……。
と、そこで、だ。
一義のスマホに電話がかかって来る。浦川の家に行った刈谷達からだ。
それを手に取り耳に当てると同時に、一義は言った。
「……どうだ?」
その一義の言葉に、どうもスピーカーモードにしているらしい。電話の向こうから、どこか浮かない調子の刈谷の声が聞こえてくる。
『うん……家行ってみたんだけど、リサいなくて。お母さんとは話したんだけど、なんか、今朝思い詰めた顔して出てったって』
「何……?」
不在だった。は、仕方がない事もあるのかもしれないが、思い詰めた顔?
そう眉を顰めた一義の耳に、電話の近くにいるのだろう。木島の声が届いた。
『やっぱり電話でない。……リサ、どうしよ、身投げとか考えてたら……』
『いや、リサんな事する子じゃないから』
『でも、……私のせいで……、』
そんな、大分動揺しているらしい木島の呟きが聞こえてくる。
(身投げ……)
そんな事はしないだろう、とは思うが……一抹の不安がない訳でもない。
一義が昨日、相当酷い言葉を投げつけてしまったことは確かだ。一番言われたくないだろう言葉をわざわざ投げつけたのは、他でもない一義だ。
そう、険しい表情を浮かべた一義の耳に、声が聞こえる。
『せいって思うならとにかく探そ?……アタシらも心辺り当って、見つかったら連絡するから、そっちも』
「ああ。探してみる」
そう一義が答えると同時に、電話は切れた。
そんなスマホを、一義は一端耳から離し、少し弄ってから、もう一度耳に当てる。
とにかくまた、浦川に電話を掛けてみようと思ったのだ。暫く呼び出し音が鳴った後、聞こえて来たのは――。
『おかけになったお電話番号は電波の届かないところにいるか……』
そんな、さっきも聞いた不在着信。それが聞こえた瞬間、一義は電話を切り、今度はメッセージアプリを起動する。
『一義:今どこにいる?』
すぐさまそんなメッセージを送り、返事を待ってみるが……やはり返事はない。
どころか、既読すら付かない。
「………………、」
思い詰めて身投げする為に出て行って、だからスマホを持って行っていない。
その可能性は、無い訳ではないだろう。だが、浦川の事だ。
(……普通に置き忘れたか、充電切れてるだけじゃないのか?)
なんかそんな気がする。思い返すと両方実際にあったし、浦川はそう言う部分の迂闊さが止まらない奴だ。
それに、身投げ……なんてしたら周りがどうなるかわからない奴じゃないだろう。人間関係を壊したくないと自分の趣味を隠す、という事は、裏を返せば相手が何を思うか常に考えて、気を遣い続けていると言う事だ。そんな奴が身投げなんてするはずないし、何よりその可能性を口にしたのが、嫌っていたはずの一義に素直に謝りに来るくらい参ってしまっている木島だ。
(身投げは、考え過ぎだろうな……)
もちろん、だから探さないと言う訳もないが。
(思い詰めた浦川が行く場所……)
心当たりはない訳ではないが……いろんな意味で本当にそれで良いのかと思わなくもない。いろんな意味で。
(……とにかく、行くだけ行って見るか、)
そう考え、席を立とうとした一義の横に、……いつの間にやら寄って来ていたらしい、リバカプ丸先生が立っていて、サングラスを少しずらし、言った。
「じぃ~~~~~~~~~~、」
なんか非難の目で。……アレだ。多分、事情を知らないから一義が日和って逃げ出そうとした、とでも思ったのだろう。
そんな双葉を横に、一義は言う。
「……浦川はいなかったらしい。お前達も、探してみてくれないか?」
「と、言いつつ逃げる?」
「違う。本当にいなかったんだそうだ。逃げない」
そう言った一義を、尚も疑う様子で、双葉は「じぃ~~~~、」と言いながら眺めている。
日和った疑惑が消えないらしい。
(そこまで逃げ腰に見えてたのか、俺は……)
そんなことを思い、「じぃ~~~、」と見続けてくる双葉を眺め、それから手に持っていたスマホ、メッセージアプリが開きっぱなしになっているそれに視線を向け……。
(忘れてる。もしくは、充電切れ……)
恐らく浦川がすぐにスマホを見る事はないだろう。
そんな諸々を考え、それから、イタズラばかりの妹に視線を向け、やがて一義は一つ思い付き、言った。
「……わかった。逃げない。証明する。だから、浦川を探すのを手伝ってくれ」
そして一義はスマホを持ち上げ、そこに文字を打ち込み……自分の手で、退路を断った。
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