金髪ギャルの浦川さんはちょっと残念な隠れオタ。(もしくはキャラTの平泉くん)

蔵沢・リビングデッド・秋

1章 なんか残念な隠れオタ。(もしくは『我、3次元に興味なしっ!』)

 副都心、駅近のデパートの一角。

 漫画、本、フィギュアCDDVD、その他諸々が雑多に立ち並ぶサブカル全般専門店の店内で、一人の少年がレジへと歩んでいた。


 高めの背に、短めの髪。キリっとした眉をして、ひたすら生真面目そうで不愛想な表情をした、……雰囲気だけ見れば若干武士っぽい、少年。


 名は、平泉一義。お寺の子であり、剣道2段。

 そして身に纏うのは『きゃぴ~ンっ☆』という吹き出しと共に美少女がポージングしている、Tシャツ。キャラTである。今3期がやっている一義一押しの神作品、“超絶☆多次元魔法少女エキセントリック幸子たん”の応募者限定イベントの売店で買った限定Tシャツだ。


 例え限定品だとしても当然のように3着買った上でその後のネットでの一般販売で更に2着買ったから着たい時に来て良いのだ。家にまだ予備と保管用と観賞用と予備保管兼鑑賞用が控えている。


 だから着て良い。そう堂々と胸を張って、漫画キャラソン同人誌、物によっては全く同じ商品が3つ入っている籠を手に、一義はレジへと歩む。


 と、そこで、だ。


「……あ、」


 という何やら気まずそうな声が目の前から聞こえてきて、一義は眉を顰めた。

 見るとすぐ向かい、逆側から同い年位の少女が、籠を手にレジへとやって来る所だった。


 目深に帽子をかぶり、黒縁の大きな眼鏡を掛けている少女である。大人しそうな服を身につけてはいるが、染めているのか髪は金色で、耳にはピアスが付いている。


 そんな少女が、一義を前に何やら気まずそうに視線を逸らし、目深な帽子をさらに深く、かぶり直していた。


(………………?)


 知り合いだろうか。そう言えば、どこかで見た覚えがあるような気がする。

 一義はそう、首を傾げた。だがすぐに、こう思う。


(まあ、どうでも良いか、)


 そして、何やら気まずそうにしている少女を無視して、一義はレジで愛想笑いを浮かべていた店員に籠を差し出し、お会計を始めた。


 そんな一義の背中……にプリントされた“エキセントリック幸子”は堂々と語っている。


『我、3次元に興味なしっ!』


 その文字を、気まずそうな少女は引き攣った顔で眺め……そこで、店員が言った。


「あ、……幸子たんエキセントリック☆歌謡集をお求めですね。こちら現在キャンペーン期間中でして、合言葉を――」

「……きゃぴ~ン、」


 店員の説明も聞かず、当然キャンペーンの存在を把握している一義は堂々と言い切った。

 当然のようにポーズ付きで。


「ポーズはいりませんよ~、」


 と愛想笑いで言いながら、店員はキャンペーン特典であるエキセントリック幸子たんプロマイドをレジ袋に入れる。

 それを目の前に、一義は言った。


「……後2回言うから後2枚、」

「またのご来店をお待ちしておりま~す」


 ……貰えないらしい。まあ、それも道理。ただちょっと言ってみただけの事。


(また買いに来れば良いか……。金がある時に)


 バイトをしなければならない。マストで。

 そんなことを思い、レジ袋の中から『我に貢げよっ!』と元も子もないことを笑顔で言っているエキセントリック幸子たんブロマイドを取り出し、それを眺めながら、一義は満足げにその場を後にして行った。


 その背を、帽子を目深にかぶっていた少女は見えなくなるまで見送り、そして一義の姿が視界から消えた後、安堵したようなため息と共に、持っていた籠をレジに差し出す。

 そしてお会計を進め……その最中で、店員は言った。


「あ、……幸子たんエキセントリック☆歌謡集をお求めですね。こちら現在キャンペーン期間中でして、合言葉を言って頂けた方にメイト限定エキセントリック☆ブロマイドを差し上げています。合言葉は?」


 そう、営業スマイルのまま言い切った店員を前に、少女は「え?」と声を上げ、それからさっき一義が去って行った方向をチラリと眺め……。

 それから、また帽子を目深に、か細い声でこう言った。


「きゃ、……きゃぴ~ン、」


 ……物凄く恥ずかしそうに。



 *



「と、言う訳で、俺は無事幸子たんブロマイドを手に入れる事が出来た……」

「ああ、」

「だが、まだ1枚だ。これの他に観賞用と保管用で後2枚欲しい」

「……ああ、」

「だからくれ。俺に金を。いや、あえてこう言おう。……我に貢げよ、」

「なんでだよ……」


 と、あれから数日後。県立上岡高校2年B組の教室で、一義の一つ前の席の男子生徒は、呆れたように呟いて、ソシャゲでもやっていたのか、横向きに持っていたスマホを下ろした。


 セットされた茶髪の、人当たりの良さそうな少年だ。

 名前は、黒田鉄平。サッカー部員で、重度のソシャゲ中毒者であり、そして……。


「アレか?またバイトさせてくれって話か?」

「ああ。……お姉様に言っておいてくれ。いつでも、いくらでも働きますと、」


 ……一義が良くお世話になっているバイト先の息子、だ。


「ああ、わかったよ。言っとく。……言っとくから人の母親お姉様って言うの止めろ」

「本人にそう呼べと言われたから呼んでいるに過ぎない」

「……なんで俺の周りこういう奴ばっか……あ、スタミナ回復した」


 とか嘆く途中で鉄平はソシャゲを持ち上げ、真剣な表情で弄り出した。

 それを前に、一義は視線をクラスに向ける。


 高校の一室だが、クラスメイト達の服装は様々だ。制服がない訳ではないのだが、同時にそれを着る義務もない。


 一時完全に制服が廃止されかけたが、着たいという意見が一部から上がり、廃止が撤廃され代わりに着る義務が権利になった、らしい。


 とにかくそういう中途半端、というか、割と自由な校風の比較的進学校。


 それが、上岡高校である。クラスメイト達は朝から自由気ままに、各々勝手に、くっちゃべって過ごしている。


 それを何となく眺めた一義は、ふとその一点で目を止めた。


 視線の先にいるのは、女子グループだ。クラスの中でも目立つ方の、派手めな女子3人組、だろうか。


 制服の上着代わりにパーカーを着た、小柄で茶髪のボブカット、常時黒いマスクを付けている女子。

 それから、制服を着る気がないのだろう、ジーンズにラフなシャツの、スタイルが良く長髪の、少し年上にも見える女子。

 お揃いのピアスを付けているそんな二人が集まっているのは、これまた別の女子の机の周りだ。


「え?……マジ?」


 とか言いながら笑っている金髪の少女である。着崩してはいるがしっかり制服に袖を通していて、髪方はポニーテールに近く、耳にはやはりお揃いらしい、ピアス。


 その3人組……の中の金髪。なんかどっかで見た事があるような気がする、ピアス。


(…………?)


 一体、どこで見たんだったか。そう、本当に思い出せず首を傾げた一義の前で、鉄平は言った。


「来い、来い……クソ。ドロップ率低すぎだろ……。あ?どうした、一義。浦川たちがどうかしたのか?」

「……浦川?」

「ああ。…………お前、クラスメイトの名前把握してねえの?」


 そう呆れたように言った鉄平を前に、一義はふと立ち上がると、今日も今日とて、学校だろうとお構いなしに着用しているキャラT、その背中を見せつけた。

 その背中では今日も、エキセントリック幸子たんは堂々と語っている。


『我、3次元に興味なしっ!』


「……わかった。わかったから誇らしげにすんな」

「無駄に偉そうで無駄に誇らしげに無駄にどや顔をし続けるのは幸子たんのチャームポイントだぞ?いっそ殴りたいくらいのその笑顔こそが人気の秘訣だと言うのに、お前はその幸子たんのチャームポイントを否定しようと言うのか?……わかる」

「わかるじゃねえよ。お前が何を言ってんのかがわかんねえよ。……つうか幸子たんじゃなくてお前の話な?」

「……俺の、話……?」

「なんで不思議そうなんだよ……」


 そう呆れたように言った鉄平を前に、一義は言う。


「で?……どれだ?その浦なんとかは、」

「浦川だっつうの。川くらい覚えろよ。つうかお前覚える気ないだろ。ハァ、……だから、」


 そう呆れたように言いながら、鉄平は向こうで話している女子グループを指さす。

 と、あっちはあっちでその鉄平の仕草と一義の視線に気付いたらしい。


 マスクを付けた小柄な少女が、言う。


「なんか廃課金とキモTこっち見てんだけど。……キモくない?」

「……あのマスクに隠れた口が悪い奴が木島だ。木島瑠璃」

「悪いマスク……ヴィラン木島か、」


 そうボソッと呟いた声が届いたのか、向こうで女子グループの内の一人、スタイルの良いジーンズがどこか呆れた様子で言った。


「ヴィラン木島って……売れない芸人じゃん。ウケるね」

「……あの、ウケるって言ってる割に目が笑ってなさそうなクールっぽい奴は刈谷だ。刈谷美希」

「目が笑ってないクール……ハートレス刈谷」


 という事は消去法で、浦ナントカがあの金髪だろう。


 そう、視線を向けた一義へ、浦ナントカもまた視線を向け……と、思えば直後、どこか慌てたように視線を逸らした。


 その様子に、ヴィランとハートレスが口々に言っている。


「リサ?……どしたの?」

「キモTとなんかあった?」

「え?……いや、別に。何もないけど。なんか、キモいのに見られてるなってだけだけど、」


 浦ナントカはそんな事を言っていた。それを眺め、鉄平が言う。


「……あの、お前をキモイって言ってるのが浦川理沙だ」

「なるほど……。キモイ?俺が?」

「なんでそこに疑問持てんだよ……。そのTシャツ着てる時点で言い逃れ出来ないだろ」

「何?……幸子たんがキモいと言うのか?」

「学校で堂々と幸子たんを身に着けてるお前がキモイって話だろ」

「そうか。……ならしょうがないな、」

「しょうがなくねえよ。その服脱げよ……」


 と、呆れたように言った鉄平を前に、咎めるように一義は言った。


「鉄平。その発言は危険だ。妹が喜んでしまう可能性がある」

「何の話だよ……」

「最近ナマモノもイケるようになってしまったらしい。もはや逆にジャニもイケるそうだ。我が妹ながら、あらゆる意味で恐ろしい話だな……」

「だから何の話だよ。何に怯えてんだよお前は。……つうか何の話してたんだっけ?」

「妹の裏垢の創作絵に一×鉄って書いてあったって言うホラー?」

「意味がわかんねえよ……絶対その話してなかっただろ、」


 と、そう鉄平が呆れた所で……やはりここでのやり取りが聞こえていたのか。

 金髪の浦……浦川だ。浦川がこちらに視線を向け、何やら目を見開いた直後、思い悩むように額を抑え、何やら小声で呟いていた。

 それに、ヴィランとハートレスが言う。


「え?リサ何、ひらひらって」

「……ああ。鉄平と平泉?」


 ………………。


 浦川。見た目が派手だが、腐ってるのか?何故その妹のつけたハッシュタグを知っている?やはりこちら、というか妹の関係者?見覚えがある気がするが……。


「いったい、どこで見たんだ?おかしい、思い出そうとすると幸子たんの歌謡集しか思い出せない……。3曲目のオリジナルソングが紙一重で名曲だった事しか、」

「何言ってんだお前……」


 と、鉄平がこちらを見て呆れ……向こうは向こうで何か言っている。


「……リサ?何に頷いてんの?キモTがどうかしたの?」

「もしくは廃課金の方?」


 それを、浦川は何やら誤魔化そうとしているようだが……。


「廃課金じゃねえよ。んな金ねぇよ、金ねぇからタダで遊べるゲームしてんだろうが。……つうか、そうだ。浦川の話じゃん。アイツがどうかしたのか?」


 そんな事を言う鉄平を前に、


「ああ、」


 曖昧に頷き、一義は考え込んだ。


 …………一体、どこで見たんだったか、と。

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