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浦川リサ。
クラスでも目立つ方の、いわゆるギャルっぽいグループにいる女子であり、鉄平曰く割と人気があるらしい。明るい性格で誰隔てなく話し、……そして成績も良く、教師からの覚えも良いそうだ。金髪でピアス付けてる割に。
要は憎まれ難いタイプの陽キャという奴だろう。明るい分愛想が良いのだ。
その、愛想が良いらしい浦川リサが。
「………………、」
なぜだか苛立たし気に一義を睨みつけていた。
場所は、美術室。授業はそれそのもの、美術。そこにいる生徒は全員、肩に紐を掛けて画板を抱え、手に鉛筆を持っている。
人物画を描け、という授業だ。そしてその授業開始と同時に、教師は悪魔の呪文を囁いた。
『自由に二人一組に――』
その言ってはいけない死の呪文を食らい掛けたが、鉄平という盾を手にした一義にその呪文は効かないって言うか一義はそもそも余り気にしない。
とか思っていたら鉄平は女子に連れていかれた。ヴィランとハートレスに。
モテ期みたいだな。良かったじゃないか鉄平、モテたくてサッカー部に入ったけど全然モテなかったんだよな。結局永遠ソシャゲのホーム画面の美少女をタップし続ける毎日だったんだよな?
と見守っていた一義の前に、ヴィランとハートレスに押されて「え?ちょっと……マジ迷惑なんだけど、」とか言いながら浦川リサが連れて来られた。
そして、作業が始まり……。
「………………最悪、」
一義の真向かいで、浦川理沙がボソッとそんな事を呟き、そっぽを向いている。
そして、横ではそっちはそっちで向かい合っている鉄平とヴィランが言っていた。
「……なあ。どういう状況だこれ」
「知らない。わかんないからとりあえず様子見ってミキが言うから……」
そして、ヴィランはヴィランで、何やら忌々し気に一義を見ている。
何かしらをヴィランとハートレスが訝しんで、この状況らしい。その訝しむ理由は一義にはいまいちわからないが……まあ、好都合ではある。
そんなことを考え、何やら視線を合わそうとせずそっぽを向き続ける浦川に視線を向け、一義は言った。
「……どっかで会ったか?」
「それクラスメイトにする発言ではなくね?……つうか木島お前、人物画だからマスク取れって、」
「うっさい。喋んな廃課金」
「だから微課金だって……金ねぇって言ってんじゃん?」
とか、横は横で何やらわーわー言っていたが、まあ良いだろう別に。
それよりも、と視線を向けた先、浦川はチラリとこちらに視線を向け、それからまたそっぽを向き、言い切った。
「……知らない、」
「そうか……」
気のせいだったか。……というか、誰にでも愛想良いって話だったはずだが、その片鱗すら今感じ取れないんだが。
そんなことを思い、とりあえず授業中だからと鉛筆を手に人物画を描き始めながら、一義はボソッと言った。
「……リバカプ丸の名に覚えは?」
「くっ……、」
ありそうだったが浦川は頑なにそっぽを向き続けていた。
ちなみに、リバカプ丸は一義の妹、平泉双葉のペンネームである。
一×鉄がナマモノであった事にダメージを受け、ひらひらと言う妹の作ったハッシュタグも知っていたらしい……。
(……やはり、妹の関係者か?)
「…………どっかのイベントで会ったか?どうも、金に釣られて売り子に駆り出された兄です。理解はあるがノーマルです。腐ってないです」
「……喋んな、」
ぴしゃりと言い切られてしまった。
やはり知らない、訳ではないだろうが……どこで会った?妹は基本ネットで活動している。イベントに出る事は稀……絞り込めるはず。
「いつの即売会だ?一体どこのイベントで……、」
「喋んな。……授業中だから。私語とかマジあり得ないんだけど」
と、ぴしゃりと……浦川はギャルっぽい口調でクッソ真面目そうな事を言っていた。
と思えば小声でボソッと、浦川は付け足す。
「リアイベとか行かないし……」
あ、そう。じゃあ違うのだろう。イベントに参加したがらないタイプのオタか。影でこそこそ一人で楽しんでたいタイプなのだろう。
そう把握し、一義は考える。
(なら、何処で会った……?いや、やはり気のせい……?)
なのかもしれない。どっかで見たような気がしただけ、なのだろうか。
そんな風に暫く、目の前でそっぽを向き続けている浦川を眺めながら考え……それから、一義はこんな結論を出した。
(……まあ、どうでも良いか、)
所詮、3次元の事だ。躍起になって探る必要もないだろう。そんなことを思いながら、一義は鉛筆を走らせる方に意識を集中させる。
一義は3次元にあまり興味がないのだ。なんで、と言われても困る。興味を覚えるような出来事がなかったからとも言えるし、親の影響で早期に2次元に染まった結果頭の中がそっちばっかになったとも言える。
あるいは常時キャラTを着てるせいで女子が寄り付いて来ないからか。まあ別に寄り付かれたいと思った事もないし、マジでどうでも良いのだが。
と、そんなことをつらつら考えつつ鉛筆を走らせる一義を、浦川はどこか警戒するような風情で眺め、それから、あっちはあっちで鉛筆を動かし始めた。
そんな浦川の顔を一義は観察する。
言われてみれば、人気、と言われるだけあってその顔は確かに可愛い。整った顔立ちをしている。
(3次元にしてはな……)
そう書いてどうでも良いと読む。幸子たん>>>>次元の壁>>その他だ。
そんなことを思いつつ、だが、気付けない伏線が喉元に引っかかるとどうしても暴きたくなるのもまたオタの性。
いったん気になるとどうしても謎を暴きたくなってくる。
(く……俺の人生にWikiがあれば、)
こういう、自分で気づけない奴も、他人ならあっさり気付いていたりもするのだ。
どうでも良い事に妙に苦心してしまうのもまた、オタの定め。逆にまた気になって来た一義の耳に、ふと、だ。
声が届いた。
『きゃぴ~ンっ!メッセージが届いてるぞ☆』
一義の設定した通知音である。大変ぶん殴りたくなる幸子たんボイスだ。
それが鳴り響いた瞬間、鉛筆を走らせる音ばかりが響いていた美術室の最中を、
「「「…………………」」」
……奇妙な沈黙が覆い隠した。
その最中、けれどそもそもキャラTを着てきている少年は一切表情を変えず、さも当然とばかりにポケットからスマホを取り出し、言った。
「マナーモードにし忘れたな……」
その様子に、(なんだただのキモTか……)とクラスメイト達は全員納得し、また鉛筆を走らせだす。
だが、その最中、一義だけはスマホを前に眉を顰めた。
(……?何の通知もないぞ?)
いや、そんなはずはないだろう。さっきの大変殴りたくなる幸子たんボイスはこないだ買ったアルバムの特典の一つだ。
“超絶☆多次元魔法少女エキセントリック幸子たん”は名作だから、あのアルバムを他に買った奴がいるのはまるで不自然ではないと一義は言い切れる。全人類が3枚買うべきだ。
が、その特典ボイスを日常的に聞こうと言う酔狂な奴が一義の他にいるとは思えない。その辺は一応ちゃんと客観視出来ている。
だからこその圧倒的疑問。一体、大変殴りたくなる幸子たんボイスを通知音、いや通恥音に設定する奴は、一体どこのどいつなんだ……。
そう眉を顰めた一義の前に、答えがあった。
「~~~~~~~~~~~っ!?」
浦川理沙がなんか真っ赤になっている。真っ赤になり、慌ててスマホを取り出して何かしら弄り、何やら激闘を終えたかのように「ハァ、ハァ、」と荒い息を吐いている。
マナーモードにし忘れたか?あるいは、テンション上がって何となく設定したまま忘れてたとかか。とにかく、浦川リサもどうやら“幸子たんエキセントリック☆歌謡集”の購入者らしい。
………………。
「あ、」
「喋んな」
「どこで会ったのかと思ったら、思い出したぞ。きゃぴ~ン……」
「喋んな。……セルフ効果音すんな、」
「3曲目が紙一重で名曲だったと思わないか?スーパーエキセントリック幸子たん音頭(クラシック風味)。まさか、1分無音を貫いた後のシャウトから始まる超ロックな――」
「……喋んなぁぁあああああああ!?」
何かに耐えかねたのだろうか。
突如浦川はシャウトし、真っ赤になったまま一義を思い切り睨みつける。
そして……。
「「「……………………」」」
……その突然の絶叫に、クラスはまた沈黙に包まれた。
「……リサ?どしたの?」
ヴィラン木島が心配そうにそう声を掛けている。その言葉、そしてクラス中から注がれる視線を前に、
「~~~~~~~~~!?……ハァ、ハァ、」
浦川はなんかそのまま死にそうなくらいに勝手に追い詰められていた。
と、思えば次の瞬間、浦川は画板をその場に置き、勢いよく美術室を後にして行った。
「リサ?」
「……どうしたんだ、アレ」
ヴィランと鉄平が横でそんなことを言っている。
それに、一義は応えようとして……けれどそこで気づいた。
美術室の外。廊下から、浦川が何かこちらに必死にアピールしている。
口の前に人差し指を当てながら、逆の手でちぎれんばかりの勢いでこちらに手招きしている。
目は追い詰められた獣のようだ。何かの瀬戸際で一人戦っているらしい。
それを前に、一義もまた画板を置き、それから手を上げ堂々と、言った。
「先生。……ちょっとサボって来ます、」
その一義の言葉に、先生の返事は「好きにしたら?」だった。
……自由だし割と緩いのである、この学校。
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